第5話「あんたは這いつくばって、神に祈りを捧げるべきなのよ!」
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エルザから言いつけられた、燭台の手入れが終わった後、ヴィオラは礼拝堂の石床の掃除に加わった。
複数人の修道女たちで、箒で塵を掃き出し、それが終わったところから、石畳を水拭きしていく。
周りの修道女たちが雑談混じりに作業をこなしていく中、ヴィオラは黙々と雑巾がけに熱中していた。
修道服のチュニック越しに感じる、石材の小さな凹凸。
数多の修道女たちがその上を歩いて摩耗し、つるつるとした感触もあるそれを、ヴィオラはどこか愛おしく感じた。
「ヴィオラさん、真面目よねえ」
おっとりとした口調で、シスター・アリサがヴィオラに話しかけてくる。ヴィオラはつい、彼女の顔より先に、その豊かな双丘に目を向けてしまった。
「真面目だなんて、そんなことはありませんわ。ですが、褒めていただけたことは、嬉しく思います、シスター・アリサ」
傍からは開いているか分からない細目に、いつもニコニコと人好きのする笑みをたたえていた彼女を、ヴィオラは「属性盛り過ぎでは?」などと常々思っていた。
「ヴィオラさん、貴族なんでしょう? 来て早々、ここまでしっかりお勤めをするご令嬢も珍しいわ」
「……ええ、まあ。そんなに分かりやすいものでしょうか? 私としては、貴族の身分などとうに無いものと思っているのですが」
「話し方とか、仕草でわかるものよ。育ちの良さが出ちゃっているのね」
そう言って、アリサはクスクス笑う。
なるほど、そういった所がエルザに貴族気分が抜けないと指摘される部分なのかもな、とヴィオラは思う。
「シスター・エルザ、厳しいでしょう? 彼女に泣かされてきたお貴族様は、たくさんいるわよ」
「厳しくしていただける方が、私としてはありがたいのです」
「本当に珍しい性格をしているわあ……。でも、ちょっと心配よ。最近のシスター・エルザの指導は、今までよりも随分と、その、力が入っているようで……」
「それだけ、私に至らぬ点があるということなのでしょう。過ちを教えてくれる人がいるのは、幸せなことですわ」
そのための指導が、昨夜のような奉仕活動であるのなら、どんどん厳しくしてほしいとさえ思う。
「個人の事情を尋ねることは許されていないけど、ヴィオラさんがどうしてここにやってきたのか、不思議で仕方ないわ。ご家族もさぞ自慢だったでしょうに……」
そう言いながらも、深く聞き出そうとはせず、アリサは石畳拭きの作業に戻る。
ヴィオラは当たり障りのない礼を述べ、自分もまた石畳を磨くのだった。
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礼拝堂の入り口から祭壇まで一直線に敷かれた石畳は、他の場所とは違いうっすら青みがかった石材が使われていた。
摩耗もあるのだろうが、元々しっかりと研磨されていた事がわかる表面は、丁寧に磨けば磨くほど輝きを増し、ヴィオラの達成感を充足させていった。
――あら、顔も映ってるわ。
ステンドグラスから透ける多彩な光とともに、ヴィオラの端正な顔立ちが石畳に反射していた。ちょっとキメ顔を作ったりして遊び、くだらなさに苦笑する。
その時、鐘が六度鳴る。正午を告げる音は、同時に作業の区切りの合図でもあった。
顔を上げれば、同じく掃除をしていた修道女たちが片付けを始めていた。ヴィオラも自分の担当箇所の仕上がりに満足し、立ち上がる。
「シスター・ヴィオラ! 終わったの!?」
木靴の底を石畳に打ち付けながら、エルザがヴィオラの元へとやって来る。
ヴィオラは満面の笑みで、エルザを迎えた。
「ああ、エルザ先輩。これから片付けを始めるところですわ。いかがでしょう? とても綺麗になったと思いませんか」
エルザはヴィオラの言葉には答えず、掃除の終わった石床をじっと見つめ始めた。
――なにか不備があったかしら……。
一抹の不安がヴィオラの胸をよぎりつつ、エルザの表情をうかがう。
エルザは苦々しそうに、眉間にしわを寄せていて、歪んだ唇から舌打ちが漏れる。
酷く響いたその音に、周りの誰もが息を呑み、ヴィオラとエルザを注視した。
静寂が礼拝堂を支配する。
エルザが顔を上げ、ヴィオラを睨む。その視線に、まるで自分を観察されているような違和感を抱いた。
ややもして、エルザが口を開いた。
「……あんた、これで本当に終わったつもりなの?」
その声はわずかに強張り、震えていた。
ヴィオラは慌ててエルザに尋ねる。
「も、申し訳ありません、エルザ先輩。不手際がございましたか?」
「不手際ですって? 本当にこれだから、貴族のお嬢様は、気位ばかり高くて嫌になるわ! 神に仕えることの何たるかを、まるでわかっちゃいない!」
周囲からどよめきが起きる。かすかに聞こえるのは、「なにか問題があるのかしら?」「十分な出来だと思うけど」といった囁きだった。
エルザが再び舌打ちをする。
「よ、よく見なさい! 膝をつき、床に顔を近づけて!」
「は、はい!」
咄嗟にその場へ、伏せるように屈み込む。
精進が足りず、怒らせてしまった――という悔恨と、低くなった視野を占めたエルザの靴に、昨夜の感触が口内によみがえった。
――ああ、いけない。今は真剣に床を見ないと。
そこまで考えた時、エルザの片足が視界から消える。次いで、頭頂部に衝撃。理由のわからないまま、ヴィオラは石床の冷たさをその頬で味わう。
ヴィオラのものではない、いくつかの悲鳴が上がった。
「シスター・エルザ! 何をなさっているのです!」
「黙りなさい、シスター・アリサ! これは必要な教育なのです! シスター・ヴィオラが貴族意識を捨て去り、神に仕える一人の修道女として変わるために!」
驚きこそすれ、痛みらしいものはなかった。ただ、周りの反応から、どうやら頭を踏みつけられているらしいことを、ヴィオラは知る。
そして、最大限低くなった視線が、散らばる金糸の髪と、石畳の隙間に挟まった極わずかな土汚れを見つけた。
――あ、こんなところにまだ汚れが。
「シスター・ヴィオラ! わかった!? あんたは這いつくばって、神に祈りを捧げるべきなのよ!」
――ああ、エルザ先輩。その通りです。私はやりきった気になって、汚れを残したままでした。
謝罪と教導への感謝は、押しつぶされた頬から、うまく出てくれなかった。
ヴィオラをかばうような言葉を発するものも、もう誰も居なかった。
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