第3話「なんだろう、ツン期?」
■
エルザから修道女たちへの挨拶も兼ねた案内と、簡単な一日の流れの説明を受け、最後に自分たちが暮らすことになる居室へと連れて行かれた。
質素な二台のベッドでほぼその面積を占められ、その間には飾り気のない文机と椅子が一つずつあるだけ。
埃っぽさはなく、掃除が行き届いているのだろう。清涼なハーブの香りがするのは、窓際に吊るされた虫よけのポプリからか。
公爵邸の私室と比べるべくもない狭さに、思わず黙って見入ってしまう。
「ふん、お貴族様にはショックが大きかったかしら? でも、質素倹約をモットーとする修道院では、これが当たり前よ」
ヴィオラは、エルザは男爵家の出であると言ってなかっただろうか? と、頭の片隅で思いながら苦笑を返す。
「ショックではありませんわ。趣深いな、と思っただけです」
「……ふうん。泣いたり、喚いたりしないのね。ここに来たばかりのご令嬢は、大体そうだったわ」
「まあ、生活の基準ががらりと変わってしまいますからね、年頃の子女にはキツイものもあるのでしょう」
ヴィオラ――いや、三十代日本人男性には、兄がいた。
かつて兄と二人で一部屋を与えられ、この部屋と同じように、ベッドが床を埋め尽くしていたことを思い出す。
「衣装箱はベッドの下よ。鍵はないから、貴重品があるなら院長にお願いして預かってもらいなさい」
「ありがとうございます。貴重品については先ほど面会したときにご説明いただき、すでにお預けしておりました」
エルザに返答しながらも、ヴィオラは、
――ベッドの下か、懐かしいな。エロ本を隠したりしたっけ。
と、どうでもいい思い出を浮かべていた。
「あんた、随分荷物少ないのね」
「ええ、こちらでのお勤めに、必要な分だけを持参したつもりです」
持ってきた荷物は、精々が数枚の簡素な着替えと幾つかの化粧品程度。
後に聞いた話ではあるが、ここにやってくる令嬢たちは多すぎる荷物の処分についても、一悶着を起こすのがお決まりらしい。
エルザはつまらなそうに鼻を鳴らすと、衣装箱を指さして、言った。
「そこに修道服が入っているわ。もう少しで夕食の鐘が鳴るから、それまでに着替えて食堂へ向かうわよ」
「はい、エルザ先輩」
ヴィオラはその言葉に素直に従い、着替えを始める。ツンデレらしく、きちんと世話焼きなんだななんて感想を抱きながら。
この夜、ヴィオラは固いベッドに身を預け、枕からする藁の匂いを嗅いだ。
なんとなく、人肌が恋しくなる。誰かの重みをこの腕に感じないからだろうか。
かつては一人で眠ることなどなかった。いつも側には誰かしら恋人たちがいた。
――いいえ、恋人と思っていたのは、私だけだった。
修道院には、その思い上がりを正しに来たのだ。知らず下腹部へと伸びかけていた手を、意志の力で止める。
――今度は上手くやらなきゃね。地位なんて関係ない、ただのヴィオラとして。あー、彼女欲しー!
些か邪な思いはあれど、こうして、ヴィオラの修道院での生活が幕を開けることになった。
■
修道院での生活は、公爵家にいた頃と比べると決して楽なものではなかった。
朝は日が昇るより早く起き、祈りと教義について学ぶ。
日中は、水汲みや洗濯、炊事などの家事もあれば、畑仕事やハーブの加工などの労務作業もある。
そして、夜が更けるまで再び祈りと学びの時間。
なるほど、これは貴族の暮らしに慣れた者ほど、順応するのが大変だろう。
かく言うヴィオラも、初日の起床はエルザに起こされ、ようやく目覚めることができた。
家事は日本人だった頃にしたことがあるとはいえ、環境の差が激しく、まるで勝手が違った。
特に火起こしが難しく、何度火打ち石を打ち付けても火花さえ飛ばせない。
畑仕事一つとっても、クワをふるい始めて少しの時間で手の皮が剥ける。
「なによ、だらしないわね。これだから温室育ちは」
エルザの評ももっともだと思う。ヴィオラは分からないことは素直に頭を下げ、
「エルザ先輩、どうかご教示くださいませ」
と、教えを乞うた。エルザは得意気に鼻をふくらませ、「仕方ないわね」と丁寧にヴィオラへ指導を行い、きちんとこなせたことは「よく出来たじゃない」と労われもした。
――プチデレいただきましたぁっ! なんだかんだ言って面倒見いいよね、エルザ先輩。
決して口にはしないが、ヴィオラはそのような調子で、日々、海綿のように、エルザの教えを吸収し、学んでいった。
そして、それが半月も経つと、エルザの手を煩わせることも減り、ヴィオラにも「結構できているのでは?」と自信が芽生え始めていた。
ハーブを小分けにして、袋に詰める作業は明らかにスピードが上がり、好きだった掃除は周りの修道女たちから「丁寧な仕事」と褒められた。
――ちょうどその頃だった。エルザの態度が目に見えて硬化したのは。
これまでと同じように、分からないところをエルザに尋ねると、教えてはくれるものの言葉の端々にトゲを感じる。上手くこなしても褒めてくれることはなくなった。
作業の出来を確認しに来ては、重箱の隅をつつくように細かいミスを指摘する。
以前までは居室で雑談程度は交わしていたが、今では事務的な会話以外することはない。
「いつもはあのような感じではないのですけれど」とは、近くで作業をしていた修道女の話だ。
――なんだろう、ツン期?
流石のヴィオラも、自分で考えておかしいと否定する。
これまで何度も質問をしたのが鬱陶しかったのかもしれないし、小さなミスの指摘も神に仕える以上、常に完璧を目指すようにという、エルザなりの愛の鞭なのかもしれない。
「もっと精進しなくてはいけませんわね」
両手で顔を張り、気合を入れる。
「さあー、頑張りますわよ! 今日は食堂の清掃当番でしたわね!」
ヴィオラは袖を捲くり上げ、空の木桶を持って井戸に向かう。
――かすかに、舌打ちのような音が聞こえた気がした。
お読みいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや★ポチ、感想をください。寂しいので励みになります(´・ω・`)




