第9話 誰もが勇者になれるはず
「さ、サイン会イベントおおおおお――っ!?」
宿舎の一室……セントール組との激闘から、2日後。
けっきょく、相手のスライムの攻略法とかは謎のままだった。どうやら、ガチガチに情報戦対策がされてるっぽい。
2回戦を明日にひかえ、分からないなりに、ぼちぼち作戦会議でもと思っていたのだが……
「はい……きょうの早朝、実行委員会が通達してきましたの。大会のPRと、トーナメント開催費用の補てんもかねて、一回戦突破ペアによるイベントを開催すると……」
こまり顔のマレーネ女王。その横では、ヴァンパイア――シャルがいすの上に、体育座りをしている。
「イヤよ。なんでこんな炎天下に、ホイホイ出てかないといけないの。それに左腕だって、まだ痺れがとれないんだから。血袋だけで、すませなさいよね」
彼女が、口をとがらせる。クソッ、自分勝手な……! いや、こればっかりはシャルが正しい。陽ざしを浴びまくっては、明日のコンディションに差しつかえるだろう。
「それが……ほかのペアは、全員参加するそうなんですの。ご存じのとおりわが国は、大陸ダントツ最弱……優勝したときに、物言いがつくようなことがあってはなりません。国民を助けると思って……ひらに、お願いいたしますわ」
深ぶかと頭をさげる女王。くうっ、しょうがない……!
「分かりましたよ……おい、シャル、日傘をよこせ。布をかさねまくったら、なんとか――」
彼女が、ぎろりと俺をにらみ付けた。おいおい、サイン会は俺のせいじゃないだろ。
「……なんだよ、その顔。決定には、従ってもらわないと困るぞ。文句があるなら、今からほかのモンスターを、スカウトしても――」
「違うわよ。名前で呼ばれると、やっぱり気持ち悪いわね。やめてちょうだい」
「んなっ……!?」
一生の不覚、やらかした……! となりの女王が、地獄から派遣された家政婦のような顔でこっちを見ている。オノレ、魔族め……!
◇◆◇◆◇
「はい、“誰もが勇者になれるはず”……と。お嬢ちゃん、お名前は? よしよし、応援ありがとうね」
会場のコロッセオ、夕方。8組16人の闘士が勢ぞろいしたサイン会は、バチボコに盛りあがり……そろそろ、終わろうとしていた。
むろん、招待されているのは、地元の有力者・貴族やその縁者たち。闘士に何かあっては、開催国のこけんに関わるからだ。
人類で人気があったのは、俺(ふふん)と、つぎの対戦相手のサムライ。試合内容から考えたら、当然か。ほかは、モンスターの前に人だかりができていた。
「アイヤー!」(ズバァ)
「あっ、色紙を……! ありがとうございます……! これ、差し入れです……!」
「感謝アル」(グビィ)
足刀一閃、サイン色紙を両断したサテュロスのリンケが、酒をあおっている。
「あ、あわれな存在……で、お願いします……! ブヒブヒィ」
「うわっ、おくち、くさ~い……♡」
ノッカーのユウェルの前には、その手の方々がせいぞろい。なお、先ほどの彼はオーク族ではない。モンスターは、女性しかいないのだ。
美しきセイレーン……ピエスィニアの前にも、長蛇の列。だが、彼女の声は聞こえない。バトルの様子と、なにか関係しているのだろうか。どう考えても、そうだ。
サインと一緒に種もみを配るトレントのメアーディに、執拗に飴ちゃんを押しつけようとするオークのアンマー……そして、それを首を伸ばしてつまみ食いしようとする、ドラゴンのナールング……
ヴァンパイアは、まさかボロを出してないだろうな。となりを、見ると……
「はぁ……はぁ……え? 愛は負けない? くっ、ふっざけんじゃ、ないわよ……!」
案の定、だいぶしんどそう。上空からの陽ざしは日傘でガードしていたのだが、地面からの照り返しというのがある。
あと、何を勘ちがいしたのか、ヘンなリクエストが多いようだ。1回戦での公開チッス……じっさいは、吸血だったのだが……が、災いしている模様。自業自得……と、言っていいのかどうか。
日陰でやらせてもらおうかと、思ったのだが……怪しまれては、まずい。おなじく日光に弱そうなスライムも日なたでやっている手まえ、言い出せず。
『終了! 終了でええええ――っす! 闘士のみなさま、ありがとうございましたああああ――! あしたの2回戦も、おたのしみにいいいいいいい――っ!!』
日が落ちて……バンシーのアナウンスで、サイン会が終わった。机に突っ伏しているシャルに、水を持っていく。
「おい、さすがに、ちょっと医務室で横になってから――」
「いらないわよ。はやく帰って、休みたい……ああっ、全身が、ヒリヒリする……!」
苦しそうな彼女。顔や長袖からのぞく手の甲が、真っ赤っか。正体バレ対策のために、完全防備するわけにはいかないのだ……
◇◆◇◆◇
コロッセオを出た馬車が、がたごとと宿舎へ向かう。まわりは、ハーピー族や人間の兵士たちの護衛、十数人。乗っているのは、俺と――
「ううっ……」
顔にぬれタオルをかぶせたシャルが、座席で横になっている。彼女の事情もあり、馬車に窓はない。こんなんで明日、全力で戦えるのか。
ん? 回復呪文? それが使えるのは“聖女”“聖人”クラスだけで、俺の母親をさいごに確認されてないんだなぁ、これが。
ムカつくが、臨時ボーナスで血を吸わせてやるか。嫌だなぁ、なんて思っていると……
どっかああああああん!!
とつじょ、轟音と振動! 馬車がみしみしと揺れ、周囲から悲鳴。もしかしなくても、襲撃だ――!!
「ニュート様、お逃げくだ、がふっ!」
馬車のとびらを開けて叫んだ、我が国の兵士。その胸から、矢じりが生えた! くずれ落ちる彼の横をすり抜け、飛びだす俺とシャル――
「マジかよ……!」
街路の両がわのアパートっぽい建物から、火矢に手投げ弾、魔術の雨あられ! チクショウ、奇襲してくださいって言わんばかりの、地形じゃねーか……うちの国の担当者、平和ボケしすぎだろ……!
「――氷矢! おらぁ! おっ死ね!」
ぱきん! ぱっきぃん! 窓の人かげに向かって、水魔術の連打! 上半身を凍りつかせた黒づくめが、地面に落ちてくだけ散る!
「ううっ……ウィンド・カッ……食らえ、ハーピー真空波……!」
ずばずばぁ! シャルも、風魔術で応戦! しかし疲れと日焼けのせいか、狙いが定まらず。飛んで逃げるのも、無理そうだ。
だだだだだ! 護衛兵の死体を踏みつけて、殺到する黒ずくめ集団! 螺旋剣メイルストロムを抜きはなち、迎撃――
「勇者を、舐めるなァ――!!」
ずばん! ずばばん! なます斬り! いちおう俺も、わが国で10本……いや、20本の指にはいる剣士である。暗殺者など、相手になら……ん?
ひゅるるるる! 火矢が何本も突きささり、炎上している馬車。その真上に飛んでくる、クソデカ手投げ弾! そして地面に膝をついている、ヴァンパイア――
――燃え落ちる城と、泣く少女のビジョン……カラダが、勝手に動いてしまった。彼女をかばうように、覆いかぶさる。
どっか――ん!
「うぐえぉあっ……!」
背中に、馬車の破片がブチ当たり……ばたっ。クソッ、よりによって場外戦でリタイアかよ。死因は、サイン会? ありえねぇ……!
「ぎゃあっ!」「ひいぃっ!」「アンタ、なんで……ぐがっ!」
ふと、まわりの建物から響きわたる、断末魔! おっと、わが国の援軍か? まだまだ捨てたもんじゃないなと、思っていると……
「ふぅーむ……間一髪、間にあったかの。まったく、余計なことをしおって……おっとっと、こやつらと我が国は、いっさい関係がないゆえ、その辺よろしくじゃ。ホントじゃぞ?」
着流しに身をつつんだ、初老の男性……2回戦の対戦相手、サムライが立っていた。その肩には、スライムのすがた。彼はカタナについた血のりをとばし、鞘におさめると……
「なかなか、重症のようだの……しかし身を呈してパートナーを守るとは、見あげた心がけ。ほれ、これを使うがよい。ブリーなんとかいう、カエル型モンスターの油じゃ。切りキズ打ち身に、よう効くぞ? ああ、2回戦は、延期の申しいれをしておくでな……では、さいなら」
放心状態のシャルに小びんをわたして、去っていった。
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