第7話 <回想>亡き女王のための慟哭
夜闇のなかに、城が、燃えている。
眼下のそこかしこでは、人類とモンスターの兵士たちが、ときの声。
杭にくくり付けられた人型魔族の死体や、うず高く積みあげられた獣型魔族……ヘルハウンドに、オルトロスの亡きがらが、かがり火に照らされている。
雨あられと射かけられる矢をうけ、ついにデスナイトが倒れ伏す。ひざまずいて命乞いをするインキュバスの後頭部に、槍が突きたてられた。
俺の意識が、城の最上階の一室を目指して、飛んでいく。巨大なステンドグラスをくぐり抜け、内部へ――
「注進、注進――! ドゥヴデバン様、ガルテニズィヤ様、討死――! 敵の将軍を道連れに、壮絶な最期を遂げられました――!」
謁見の間っぽい場所に飛びこんできた、黒い鎧のデスナイトが声を張りあげる。彼の背中にも、数本の矢が突きささっていた。部屋に詰めている何十人もの魔族から、どよめきが上がる。
「むうう……っ! バフォメットの長老と、デスナイト族の百人斬りまでもが……! 帰還ゲートの確保は、まだなのかえ……!」
部屋の最奥の、いちだん高い場所。玉座のそばに立っているサキュバスが、ひじ掛けに爪を立てた。彼女の豪華なドレスも、ところどころ破れている。
「そ、それが……! 8番ゲート確保に向かったはずの、ヴァンパイアの精鋭部隊からの連絡が、ありません……もしや、自分たちだけで、帰ってしまったのでは……!」
灰色に濁ったまま、ウンともスンとも言わないクリスタル。デーモン族の若者が、それをこすりながら顔をしかめた。
「そんなことは、ありえませんよ。ゲート確保部隊を率いているのは、ヴァンパイア族のロード。ましてや自らの妻や娘をおいて、逃げかえるなど……戯れ言は、ほどほどにしておきなさい」
玉座に座っている妙齢の女性――ヴァンパイア・クイーンだろうか――が、彼に厳しい視線を向ける。その膝の上には……母親とおなじ金髪の、少女がすわっていた。
「も、申し訳、ございません……ああっ、モンスターどもさえ、余計なことをしなければ。おのれ……!」
デーモンの若者は呪いのことばを吐くと、またクリスタルに呼びかけはじめた。
――彼の言うことは、正しい。魔族の襲来ではじまり、数十年いじょう一進一退の攻防がつづいた、人魔戦争。その終盤に人類連合は、乾坤一擲の手をうった。
一定レベル以上の知性を持つ、モンスター――この世界に住む、女性型クリーチャーの総称――の基本的人権を保障するかわりに、人類側への全面協力を要請したのだ。
これによって、戦争のパワーバランスは、大きく崩れ……いま俺が見ているような状況に、至っているというわけだ。中には、魔族に協力しつづけたモンスターも、いたらしいのだが……
「しかし……我々はともかく、幼いシャルラーハ様に万一のことがあっては。地下の……あの隠し部屋の0番ゲートは、使えないんかの?」
壇上のバフォメット族が、腕組みをしながら言う。
「不可能です。すでに城の1階は、敵に占拠されており……それに、0番は5日前、第7次帰還部隊をかえすのに、使ったばかり。マナのチャージが、不十分かと……」
と、先ほどの黒い鎧のデスナイト。
ふと、若いヴァンパイアの一団が、玉座にすわるクイーンのもとに近づいて耳うち。俺の意識も、そっちに向かった。
「おそれながら、クイーン……いかがでしょうか。いったん我々がシャルラーハ様を連れて、脱出し……ほとぼりが冷めたころ、ふたたび忍びこんで0番ゲートで帰還する……というのは。いや、もちろん、族長を信用していないというわけでは、ありませんが――」
クイーンも、彼の耳もとに顔をよせ……小声で、
「……それが、賢明な判断かもしれません。ご存じの通り、彼は冷酷なところがあります。幼いシャルラーハを、徹底抗戦の旗じるしに使うため、今にいたるまで魔界への帰還を許さなかったぐらい、ですから……。わが夫ながら……いえ、聞かなかったことに、してください……」
「くうっ、心中、お察しいたします。ご一緒できず、申しわけありません、クイーン……」
クイーンの膝のうえの少女――どう考えても、昔のシャルだ――が、目に涙をうかべて母親を見あげた。
「いやです、いやです。お母さまと、離れるなんて……」
クイーンは彼女を抱きしめると、
「わきまえなさい、シャル。あなたがいては、ここにいる方たちの足手まといになるでしょう? 母は、心配いりません。必ずまた、魔界で会えますから……では、よろしくお願いしますね」
そう言って、彼女の額にキスをした。
3人の若いヴァンパイアに手をひかれ、何回も母親を振りかえりながら、部屋を出ていくシャル。その光景を広間の魔族たち全員が、安堵の表情で見つめていた。
時間がとぶ。城のちかくの、森のなか……
「よし、では身をかくす場所を決めねばな。たしか北東の、渓谷のなかに、ちょうどいい洞窟が……がっ!? き、貴様ら……! ぐふっ」
先ほどクイーンと話していた、彼の……後頭部と心臓を、うしろから爪がつらぬいた。
「バカかこいつ。なんで俺たちがそんな危ない橋を、渡らにゃならんのだ。デカいこと言って魔界から連れてきたくせに、負け戦かよ……あー、マジでムカつくぜ」
「ホントよ。あっ、姫ぎみをニンゲンに引きわたして、便宜をはかってもらうのはどう? ヴァンパイア・ロードの娘なら、高く売れるでしょ。異世界の田舎でスローライフってのも、悪くないかもね」
ほかの2人のヴァンパイアが、爪をぬぐいながら言う。
「い、嫌ぁ……!」
さらに時間がとぶ。城の正門前、人類・モンスター連合軍の幕舎……地面に、先ほど裏切った2人が倒れている。その体は……ずたずたに、切り刻まれていた。
「ほっほっほ……何かとおもえば、つまらぬ命乞いとは……裏切り者にお似合いの、末路でおじゃる。しっかし、僥倖、僥倖……我が辺境伯領も、こたびの戦で大きな被害を受けたからの。この雌コウモリを、とっくりと慰みものにして……ちっとは、もとを取らせて貰うとするかの……!」
まわりには、人類連合軍の兵士たち。でっぷりと太った貴族がイスにすわって、にやにやと笑っている。
「ひっ、ひぐぅ……っ! お母さま、お母さま……!」
「ほっほ、母御が恋しいかえ……!? ほぅら、見い! 崩れるぞ! ああ、壮観じゃのう……!」
縛りあげられたシャルの、視線の先で。魔王城の天守閣が、がらがらと燃え落ちていった……
「あ、あああ、あああああ――!!!」
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