第6話 愚かなアマルガム
――走るのが、好きだった。
風鳴りは歌、蹄鉄の音は地の鼓動。飛び散る朝露は、星屑のように――
じつのところ、人類・モンスター連合軍の伝令馬のなかでは、そんなに速いほうではなかったのだが。
とある要塞からの、撤退戦。
要人を乗せて全力疾走する私に追いすがってきたのは、3体のヘルハウンド。
下り坂、雨天、岩場……いろいろな条件が、災いし……私の前脚に、次々と毒牙が突きたてられた。
友軍の援護もあって、なんとか任務は達成したのだが……結果は、両ひざ上切断。ああ、せめてひざよりも下なら、よかったのに。
義足をこしらえてもらい、よたよた歩きながら、余生を全うするはずだった。
しかし、ひとつのニュースが入ってきた。魔族の体液を原料にした、免疫――体内の異物や細菌を、除去する能力――を抑えこむ薬。それの、開発に成功したと……
迷わず、脚の移植を決めた。どうせなら、もともとの私よりも速い生き物がいい。新鮮なヘルハウンド族上位種――オルトロスの遺体から、脚を回収し……接合手術は、無事に終わった。
代償は、一生涯にわたる免疫抑制剤の服用。とうぜん、感染症がおこる。最初は抗生物質で、対処できていたのだが……
私の体――おもに、腸管と肺臓――を徐々にむしばむ、抗生物質が効きにくい病原体。すなわち耐性菌や、真菌に原虫……
なんども、脚の除去をすすめられた。でも、決断できず。オルトロスの前脚が地表をつかみ、セントールの後脚が地盤を蹴りぬく、唯一無二の快感。
ああ、私は、希望に蝕まれたキメラ。風になることを選んだ、愚かなアマルガム。
◇◆◇◆◇
「お、落ちつけ、馬鹿! 上をとってるのは、こっちだ! 手はず通り、いくぞ!!」
「う、ううっ……魔族の、誇りを……殺して、やるぅ……っ!」
俺の水魔術で、大気中の水蒸気をあつめる。それを凝集・凍結させ、黒雲を形成――
「合わせろ! 風魔術だ――!」
「あああああああああ――!!」
黒雲内に巻きおこる、急激な上昇・下降気流! 氷粒が高速でこすられ、電荷が、高まっていき――
「――食らえ、サンダーボルト!!」
ばりばりばり! ばしゃあああん! 稲光が、地上の人馬をおそう!
「……!!!」
よろけたセントールが、また吐血。よし、雷の連打で、終わらせてやる……!
『おお――っと!!! これは、超レアな雷属性だああああ――! 人類初、2属性の使い手だとでもいうのでしょうかああああ――!? 勇者の血脈、ここに炸裂うううう――っ!!!』
アナウンサーが、いい感じに勘ちがいしてくれている。ありがてえ……ん?
敵のパートナーが、さっき俺が落とした螺旋剣のほうにダッシュ! 引っつかむと……ぶすり! セントールのちかくの、地面にぶっ刺した!
ばりばり! ごろごろ! ばしゃん! ばしゃあああん!
「クソッ、避雷針、味なマネを……!!」
螺旋剣に吸いよせられ、届かない落雷! 黒雲が、しだいに薄くなっていく。もう、MPが……!
ぼぼうっ! 敵の槍兵の手に生まれでるは、炎の槍! ぶんっ! 火槍、投擲――空中で、無数の小火球に、分裂! 炎のぶどう弾が、俺たちをおそう!
「きゃああああああ――っ!?」
ダメージは、さほどでもないが……ハーピーの羽に、引火!
「ヤバいぞ、早く火を消さないと、正体が……!」
「ええい、分かってるわよ!!」
ヴァンパイア、急降下! 着地して地上で転げまわり、消火――投げ出された俺の目が、とらえた光景。両脚装甲のカバーを閉じて、槍兵が騎乗……ふたたび突進体制にはいる、セントールのすがた――
「間に合え、うおおおおお――っ!」
前方に、全力ダッシュ! 刺さっている螺旋剣メイルストロムを、回収――敵が、トップスピードに、入るまえに――あっ、ダメだ。俺の眼前から、セントールの姿が、かき消えた。
しかし……奇跡、起こる。メイルストロムが、なぜかひとりでに敵の方向に、吸いよせられていき――
「おらあああああああ――!」
「ぎゃあああああああ――!!」
ずばん! 人馬の、右前脚を装甲ごと両断! 馬体にブチ当たり吹っ飛ぶ俺と、横転しあさっての方向に滑っていくセントール!
あとで分かったのは、こうだ。
掘削ドリルのようなフォルムをした、螺旋剣の形状。それに沿ってサンダーボルトの電荷がぐるぐる流れることで、剣の内部に強力な磁場が発生していたのだ。“こいる”とか“それのいど”とか、言うらしい。
その磁力でもって、鋼鉄製の前脚カバーに剣が引きよせられた、というわけだ。千載一遇の、ラッキーパンチ!
――なお螺旋剣には、刺突ではなく斬撃する場合にそなえて、切断の魔術がかけられている――
『ニュート選手、あいての突進を止めたあああああ――っ!! まさかの、相打ちに持ちこんだぞおおお――っ! 勇者、ここに覚せ……ん?』
意識を取りもどした俺の目に、うつるのは……ヴァンパイアの顔と、白い羽根。覆いかぶさって、まわりを翼でかこって、おいおい、まさか、嘘だろ……!?
がぶり。
「うっぎゃあああああ――っ!!」
『なんとおおおおお――!!! ハーピーペア、戦闘中にまさかのチューでございますううう――!! ご覧ください、ばたばたと動く、勇者の足……いったいあの羽のなかで、何が起こっているんでありましょうかああああ――!!』
『うおおおおおおおお――っ!!!』
会場から、今日いちばんの大歓声。
「や、やめ、死ぬ、死ぬぅ……っ!」
彼女のツインテールをつかんで、引きはがそうとするが……うーん、こりゃ無理だわ。
「ほはわりよ! ほれへ……じゅる……ほわらへてはる!!(おかわりよ……これで、終わらせてやる!!)」
十数秒後。本日2回目の吸血を終え、振りかえったシャル。あと、辛うじて首だけ持ち上げる俺。その目に、飛び込んできたのは――
「……」
ふざけたプレイを見せられ、怒り心頭といったかんじの、敵――槍兵ライオネルと、人馬エスローの顔。
騎乗しているのは、今までと同じだが……たび重なる酷使でボロボロの左脚には、切断された右脚が結わえつけ、補強されている。
そして、切断された右脚の断端には――ランスが、刺さっていた。
『なんという……なんという光景でしょう――!! 死闘! 激闘! 超熱闘!! 信じられません!! まだ、1回戦!! それも、第1試合でございますううう――っ!!』
アナウンサーが絶叫する。
「あんなんで、まともに動けるわけ……いや、もう、油断しないわよ……!」
ヴァンパイアが俺の全身と、自らのカラダをふたたび羽で包みこむ。羽の内側からじわりじわりと染みだしてくるのは……血液! それを凝固させ、外が羽毛、中が凝血のトーチカを形成!
不俱戴天の敵に、守ってもらうしかない現状。悔しさに、涙が出そうになる。……敵の声が、聞こえてきた。
「いきますよ、エスロー! これが、真の……人馬一体! ――ソニックスラスト!!」
「ええい、来なさいよ、イカれ馬!! ブラッ……フェザー・フォートレス――!!」
おいおい、いま“ブラッディ”って、言おうとしただろ……と思う間もなく、チャージが炸裂!
ぱっきいいいいいいん!! 全員が、吹っ飛んだ。
◇◆◇◆◇
「うっ、うぐぅ……っ!」
数瞬あと、光が、もどってきた。もう、ゆび一本うごかせない。うつぶせの状態から、顔を前に向けると、
「……」
30メートルほどむこうの地面によこたわっている、敵の槍兵――ライオネルと目があう。奇しくも、同じ姿勢。そして――
がりっがりっ。いまだ屹立し、前脚のかぎ爪で地面をひっかく、セントールのすがた。全身の穴から、とめどなく血をながす彼女の、視線の先には!
「はぁ――、はぁ――っ……」
よろよろと、ヴァンパイアが立ちあがった。だらりと垂れている、左手。右腕を、腰だめに構えると……少しずつ、びきびきと、形状が変わっていく。
爪が伸びて、禍々しい、魔族の腕へ――
「ば、バカ、や、止め、ろぉっ……!」
それに呼応し、人馬エスローが前傾姿勢をとる。必殺の、チャージの予備動作。一瞬おくれて、彼女から、裂帛の気合いが――
……
あれっ?
セントールが、動きをとめた。視界のなかで固まっていないのは、流れでる血潮だけ。……10秒、20秒。槍兵ライオネルが、彼女のそばに這っていって……
すがりついて、泣きだした。
選手入場ゲートから、救護班が走ってきて――馬体とヒト、それぞれの体に聴診器をあてる。アナウンサーのほうに向くと……大きく、腕をクロスさせた。
『……エスロー選手、心肺停止……ぐすっ……比翼連理杯、1回戦第1試合は。勇者アンド、ハーピーチームの、勝利です……』
アナウンサーのバンシーが、勝ち名乗りをあげる。へたり込んだシャルの右手は、すべすべとした肌に戻っていて。しずまり返る会場を、見ながら……俺は、ふたたび意識を失った。
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1回戦第1試合
〇シャル(ハーピー)&ニュート(見習い勇者)
vs
✕エスロー(セントール)&ライオネル(ランサー)
(9分49秒 決まり手:肺炎)
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