第5話 ラディカル・マッドスピード
いやいやいやいやいや。なにが、起こったんだ。
言わずもがなである。どう見ても重病人、命の火が燃えつきる寸前としか思えないセントールが……人馬一体、神速のランスチャージをくり出し、シャルを遥かかなたに吹っ飛ばしたのだ。
観客席に攻撃がとどかないようにするための、透明な魔導シールド。それにぶつかってずり落ちてきたアイツが……地面にへたりこんで、目を見ひらいている。
『突進が決まったあああああ――! なんとなんと! 目にもとまらぬ速さの爆速チャージ! 通常のセントール全力疾走の、3倍以上のスピードですうううううう――っ!!』
アナウンサーのバンシーが、ノリに乗っている。
彼女――シャルの左肩に、巨大なかさぶた。おそらくヴァンパイアの能力が発動して、自動で止血したのだろう。痛々しい、きずあとだが……苦痛よりも、驚きのほうが勝っている表情だ。
セントールは……と見ると、シャルから50メートルほどはなれた、コロッセオ外周。そこで、同様に驚愕の面持ちでたたずんでいた。
最初の一撃で、決めるつもりだったのだろうか。シャルに攻撃がいったのは、飛行能力をもつハーピーを先に仕留めようとする意図に、ほかならない。もし、俺が狙われていたら……即死だった。
セントールが、人間ぶぶんの両手を口にやる。すると、その指のすき間から……とんでもない量の、吐血がほとばしった。コロッセオの地面の砂が、みるみるうちに赤く染まっていく。
どうやら、死病におかされているのは事実らしい。そして神速のチャージは……やはり、カラダに絶大な負荷をかけるようだ。ならば……!
「うおおおおおおっ! 氷矢! 氷矢! 氷矢――!」
絶叫しながら、敵めがけて水魔法の連射。なにをかくそう、俺の魔術属性は水。勇者のオヤジは雷、聖女の母親は光、なのだが……なんとも、情けないハナシだ。
セントールに向かってすっ飛んでいく、何発もの凍結弾が――ぼぼうっ! 馬上の槍兵がはなった、ファイアボールでかき消えた!
魔術の撃ちあいは、互角。そうこうしてる間に、吐血から立ちなおったセントールが……ぎろり。俺のほうを、向いた。
「ひいっ……!」
視界のかなたには、座りこんで放心状態のヴァンパイア。あいつ、ワンパンとか言っときながら、ぶざまに吹っ飛ばされやがって……! いや、それどころでは、ない――!
「や、やばい……! チクショウ、氷筍陣――!!」
ぱきぱきぱき……ずずずん! 俺とセントールの間をはばむように、何本もの氷柱が地面から出現! 螺旋剣メイルストロムを抜きはなち、迎撃の構えをとる。だが――
ぱぱぱぱぱぱりぃん! セントールのすがたが消え、ほぼ同時にすべての氷柱が粉砕! あっ、これ、無理……
「うああああああ――!」
ばきん! いまいちど氷筍陣! ターゲットは……自分の、足もと! 直下に発生した氷柱が、俺の尻をぶったたいて上空へ離脱! あがっ、ケツが、ケツが割れるぅ……っ!
そのゼロコンマ数秒あと、真下をセントールが通過! ばきぃん!
「しまった、剣が……!」
痛恨のミス。螺旋剣メイルストロムが敵の突進に引っかかり、取り落としてしまった!
どどどどど! こんどはスピードを落とさずに、コロッセオを旋回するセントール。
ああ、落下にあわせて、再チャージをかけるつもりか。死んだな、俺。女王さま、ほんとうに、申しわけ――
「つかまりなさい、血袋――!!!」
ばひゅん! これまた超高速で飛来したシャルが、右手で俺の胸ぐらを引っつかむ! 必死によじのぼり、彼女の腰に抱きついた。うわっ、情けねぇ……!
「はぁ、はぁ……左手が、動かない! ダメージも……長くは、飛べないわよ……!」
文句のひとつも、言ってやりたいが……敵の突撃に反応できなかったのは、俺もおなじ。そこは、ぐっとこらえる。
「どーなってんだよ、アイツ……ハチャメチャに、強ぇーじゃねーか……! おい、アレをやるぞ! 空中から、封殺してや……ん?」
『お――っと! エスロー選手が足を止めて……パートナーのライオネル選手が、下馬しましたあ――! いったい、どうしたんだ――っ!? なお、シャル選手! 客席の魔導シールドより上空に達したばあい、戦線離脱で失格となりますので、ご注意くださああ――い!!』
中空にホバリングしたまま、見守る俺とヴァンパイア。敵のパートナー――槍兵ライオネルが、セントールの傍らにひざまずき……両前脚の鎧のカバーを、あけた。
「なんだ、あれ……色が、ちがうぞ? しかも、カラダ以上にボロボロじゃねえか……」
エスローの両太ももの真ん中ぐらいまでは、フツーのくり毛色。しかしそこから下は……漆黒に限りなくちかい、灰色だ。皮膚が半分ちかく、はがれ落ち……ピンク色の肉と、腱が露出している。
パートナーが、慣れた手つきでバンデージを巻き……
「ヒィッ……!! あ、う、嘘、でしょ……!?」
シャルの体が、こわばり――右手をふるわせながら、セントールの脚を指さした。
「ど、どうした、おい……!」
翼のうごきが悪くなり、高度が下がってあせる俺。彼女は、一点を見つめながら、
「ひづめじゃ、ない……! あの、カギ爪は……間違いない、魔族、ヘルハウンド族の、両足……! あ、アイツ……命を、なんだと思ってんのよ……!!」
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