第4話 さーて、お待ちかねの吸血よ
ふたたび、比翼連理杯会場のコロッセオ。1回戦第1試合、セントール組との試合開始5分前。
俺は、選手入場ゲートの、手まえの物かげで――くされヴァンパイアに、壁ドンをくらっていた。
「さーて、お待ちかねの吸血タイムよ。この1週間、アンタの匂いで、頭がおかしくなりそうだったんだから……!」
こないだの夜泣きは、どこへやら。目をらんらんと輝かせたシャルが、犬歯を見せつけてくる。服のほうもゴシックなドレスではなく、ハーピーらしい胸当てに腰布。色は……さすがに黒だ。
「ち、チクショウ、好きにしやがれ、このボケ……!」
観念して、鎧をずらし――左の、首すじを差しだす。
「右のほうが、心臓にちかいんだけど……静脈なら、関係ないわね。じゃあ、いっただっきまーす!!」
がぶり。彼女の犬歯が、俺の皮膚と血管――おそらく、外頚静脈――を、貫いた。そのまま、じゅるじゅると吸いあげる。
「ぐっ、うううっ……! ってか、腕から採血して、それを飲めばいいじゃねえか……! この世界のニンゲンは、汚いんだろ!? なんで、直接……ああっ!」
力が、抜けていく。血圧が下がるほどは、飲まれてないはずだが……おそらく、屈辱のせいだ。
「はへよ。ふこひでもふーひにふれはら……ごくん……ほーはが……なくはっひゃうの……ごくん……はあっ、ほいひぃ……!(ダメよ。少しでも空気に触れたら、効果がなくなっちゃうの。ああっ、おいしい……!)」
一心不乱に、俺の血をむさぼり続けるシャル。そのあいだに、これまでのことを思いだす。
羽根ぶっ刺しフェスから、2日後。彼女は元気に、空を飛びまわっていた。コウモリ翼だったときよりも、空力が安定しているらしい。
その翌日、俺とシャルとマレーネ女王、護衛のみなさんで国を出発。4日かけて、比翼連理杯の会場……永世中立をうたっている国の、コロッセオ付近の貴族の屋敷に到着したというわけだ。
彼女……シャルの能力についても、復讐――じゃなくて復習しておこう。飛行能力と、血液操作は言うまでもない。
あと怪力と、強靭な皮膚に……そこそこの、風魔術がつかえる。この世界の一般モンスターは魔力をもたないので、明確なアドバンテージだ。
弱点は、日光。ながい時間、屋外で戦っていると……皮膚に、水ぶくれができるとのこと。
「じゅるっ……はい、ごちそーさま。うわっ、すっごい……! 力が、みなぎってくるわ……! いまの私、魔王軍の幹部よりも、強いかも……! ヒューッ! たまんないわね……!」
へたり込む俺をよそに、ノリノリのヴァンパイア。心なしか、顔もツヤツヤしている。おのれ……!
『ではこれより、栄えある比翼連理杯、1回戦第1試合を行いまああああ――っす! 東ゲートから入場! “勇者の血脈”ニュート! ハーピーのシャル! どうぞおおおおおお――!』
『うおおおおおおお――っ!』
開会式のときと同じ、バンシーのクソデカアナウンスが轟く。
「さ、行くわよ、血袋。試合がはじまったら、壁ぎわでつっ立ってなさいよね。セントールごとき、ワンパンで終わらせてあげるんだから」
言うが早いか――ばしゅん! 勢いよく、コロッセオ中央に飛んでいった。鎧をなおし、よたよたと追いかける。辺りをながめると貴賓席で、マレーネ女王がハンカチを握りしめているのが見えた。
その後ろでは……ハーピー族の長老のみなさんが、“大空に羽ばたけ シャル”と書いた横断幕を掲げている。女王が、うまいこと根回しをすませているようだ。
『おおっと、ハーピーの元気がいいぞおおお――っ!? では、西ゲート! “一閃槍”ライオネル! セントールのエスロー! 出てこいやあああああ――!』
ぱかっ……ぱかっ……ぱかっ……
やけにゆっくりとした、ひづめの音が響く。
『う……うおおおお……っ!?』
観客席からもどよめき。それも、そのはずである。開会式のときは馬着――馬服ともいう――におおわれていた、その体。どっからどう見ても……ボロボロだった。
女性の上半身とウマの下半身は、いずれもガリガリにやせ細っている。皮膚のいたる所が腫瘍でおおわれ、体毛も抜け落ちてまばら。口のまわりには、真新しい吐血のあとが残っていた。
防具は、上半身をおおう最低限のレザーアーマーと、あぶみ……両前あしの、太ももから下だけが、金属製の鎧で包まれている。
ひゅうひゅうと言いながら――いや、こっからでは聞こえないのだが、たぶんそうだ――開始位置についたセントールに……これまた軽装の、槍兵がゆっくりとまたがった。
パートナーの髪――それも、脱毛が目立つ――を、やさしくなでて……ランスを構え、俺たちを見すえる。
『エ……エスロー選手も、気合い十分! いったい、どんな戦いを見せてくれるのでしょうかあ――!』
アナウンサーの煽りも、じゃっかん雑だ。
「な、なによ、あれ……さすがに殺しちゃったら、寝覚めが悪いわね。手加減したほうが、いいのかしら……」
となりで戸惑うヴァンパイア。
『決着の条件はあああ――っ! ひとつ! ペアどちらかの、明らかな死亡! ふたつ! ペア両者の失神! みっつ! 闘士もしくは後援国の王から、ギブアップの申し出があった場合――』
ふと、セントールと目があう。開会式のときは、楽勝だと思っていたが……眼光が、するどい。油断しないよう、クソ魔族にひと言、釘をさしておくか。
「おい、あんまり、気を――」
『では、はじめええええええええ――!!!』
「ぎゃうんっ!!」
セントールが、土けむりだけを残して、視界から消えた。同時に横から聞こえてきたのは、ヴァンパイアの悲鳴。
うしろをふり向くと、コロッセオの観客席を守る、透明な魔導シールド。そこの地上10メートルぐらいの場所に、彼女が激突し……ずるずると滑りおちていく光景だった。
「……へ?」
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