第28話 人間牧場
かえりの馬車に揺られながら、ノッカーとサテュロスの、試合のことを思いだす。いろいろあったが、終わってみればあっけない幕切れだった。
まず、試合開始と同時にあそびにん――ノッカーのパートナーが戦線離脱。まあ、これは予想通りだ。
つぎに、アルケミストが手持ちのガントレットを放りなげ、サテュロスが両手にそれを装着。
モンスターの武器持ちこみは、認められていない。しかし、パートナーの装備をたまたま拾ったというていにして、ルールの穴をついたようだ。……ガバガバじゃねーか。
んで、それを余裕の表情でながめていたノッカーと、サテュロスの拳法対決……これが、すごかった。
『ぬっ……うおぉ……くっ……ああっ……やばい……みなさま、たいへん、申しわけございません……わたくし、決勝戦までに武術の勉強を、しておきます――!!』
なんと、あのアナウンサー……バンシーが、実況を放棄するレベル。
一撃で骨格を粉砕する秘孔突き……“ノッカー神拳”と、カポエイラと酔拳を組みあわせた全く新しい格闘術……“サテュロス・アーツ”のぶつかり合い。両者の制空圏のあいだに、無数の残像が生まれる。
おびただしい数のフェイントを、おりまぜた攻防――たぶん、俺は3割ぐらいしか把握できていない――は、ほぼ互角。
しびれを切らしたアルケミストが、背中の筒を両手持ちにかまえて、2人に向けた瞬間……戦場に、動きがあった。
高みの見物を、決めこんでいると思われていたあそびにん。彼がじつは、コロッセオ外周をゆっくり歩いて、移動しており……奇声をあげながら、アルケミストのうしろから襲いかかったのだ。
「うおおおっ、たあああ――っ!!」とか叫んでいたので、水属性術でも撃つのかと思ったら……そのままばたりと、倒れこみ。顔面を強打して、苦しみだした。
どうやら慣れない勇気を出したせいで、足がもつれて転んでしまったようだ。アルケミストが、あきれながら彼に手持ち筒をむけ、引き金を……ぼかん。
ハンドキャノン、あえなく暴発。その衝撃で、アルケミストの腰の“麻酔”と書かれたビンが割れ……彼も失神。男性ふたりは、仲良くダブルノックアウトとなってしまった。
いやいや、ちょっと待ってほしい。怒らないでほしい。おそらくあそびにんが使ったのは、ものすごーく限定的な条件下でのみ使用可能な、因果律操作のスキル……
もしくは、とんでもない代償が彼に降りかかる、運命干渉のスキル……とか。そういうことに、しておこう。……して、おきませんか?
顔をしかめたサテュロス――たぶん、酒瓶も割れたからだ――と、腹をかかえて爆笑したノッカーの戦闘が、再開される。
しばしの後、ついにノッカー神拳が、サテュロスの両手のガントレットを破壊。これで決まるかと、思われたが……
ぶわっ。ガントレットの内部におさめられていたと思われる、イカスミのような漆黒の粒子が、2人のまわりを完全に覆いつくした。
おそらくパートナーのアルケミストが考えた、物体破壊の魔眼をなんとかしようという試みのひとつだったのであろう。だが――
あとで分かったことだが、ノッカーは落盤事故の被害者だった。暗所・閉所にかかわるトラウマを呼びおこされた彼女の精神は、たちまちシャットダウン。
普段のマセガキ口調は、どこへやら。うずくまって悲痛な声で泣きじゃくっているところに、とどめの一撃が、お見舞いされたというわけだ……
◇◆◇◆◇
「ねえ、ニュート……ノッカー、かわいそう、だったね……」
「ああ、うん」
がたんごとん。馬車がゆれる。なかには、俺とシャルだけ。マレーネ女王は例のごとく、決勝戦の打ち合わせがうんぬんとかで、コロッセオに居残りだ。
「……わたしたち、勝てる……かな」
「なに弱気になってんだよ、お前らしくない」
ほんのりとしなだれかかってくる、シャル。うつむく彼女の右手は、俺の左手をいじいじしている。ううっ、せっかく広めの馬車を、選んだのに……これでは、ほぼ空気を運んでいるようなものだ。
「……あのね、話って、いうのは……優勝したあとの、こと、なんだけど……そのうち、ニンゲンと同じ生活ができなくなるのは、理解してる?」
「ああ、ヴァンパイアになったからな。分かってるぞ。まだ、食事はおいしいけど」
「よかった。でもね……そのうち、血を飲まないと生きていけなくなるわよ。動物の、でもいいけど……やっぱり、ニンゲンのがいちばん、栄養価が高いから」
「しかも、記憶が流れこんでくるから、極悪人のはダメなんだろ? 世直しついでに……ってのができないのが、難しいところだな」
「なによ、詳しいじゃ……あっ、そうか……。ちなみに、ヴァンパイアどうしもダメよ。私、もうアンタの血は吸えないから」
「おっ、そりゃ、助かったぜ……っていうか、魔界のヴァンパイアは、どーしてるんだよ。まさかお腹が減るたびに、ゲートを起動するわけにも、いかないだろ」
「……それ、聞かないほうが、いいわ」
彼女が、俺の手をつよく握りしめた。あー、そういうことか。
「たぶん、人間牧場てきなヤツが、あるんだな。たまたま発生した小規模なゲートで、魔界に迷いこんでしまった人間を、つかまえて、繁殖させて……」
「……」
「人魔戦争のまえから、サキュバスとかバフォメットは、ちょくちょくこの世界に来てたらしいからな。その逆があっても、何らおかしくない。当たってたら、答えなくていいぞ」
「……ごめんね……」
しばしの沈黙。馬車の外に見える、夕焼け。もうすぐあのお日さまとも、折り合いが悪くなってしまうのか。
「……アンタ、魔界に来る気は、ないの?」
彼女が、とつとつと口をひらいた。優勝したあとの話の、つづきだろう。こんどは、移住のお誘いというわけだ。ハーピーの里じゃ、あるまいし……
「……そうだな、この世界でも、生きにくくなるだろうし……シャルといっしょにいるってのも、悪くないかも。ちょっと、考えとくよ」
「えっ、ほんと……? ちゃんと、考えといてね。ぜったいよ」
彼女が顔をかがやかせ、上目づかいで俺を見た。
な、わけねーだろ。ボケ。
人間牧場の件で、魔族に対する憎しみが、じゃっかん復活していたのだ。いまの返事は、布石……油断してくれていたほうが、殺しやすいからな。せいぜい、その首を洗って待ってろ。
カラダはヴァンパイアになったとしても、人類の誇りまで捨てるわけにはいかない。ハラワタが煮えくり返って顔がゆがみそうになるのを、必死にこらえる。
がたたん。馬車が宿舎についた。俺はうやうやしく彼女の手をとって馬車を下りながら、気合いを入れなおすのだった……
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準決勝第2試合
〇リンケ(サテュロス)&アレン(アルケミスト)
vs
✕ユウェル(ノッカー)&ケケレ(あそびにん)
(8分32秒 決まり手:携帯型ブライン・ミスト発生装置)
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