第26話 <回想>辺境伯、ざまぁに散る
ふたたび、俺の意識が辺境伯の屋敷に飛ぶ。いつもの、地下室……かつて、シャルが大イノシシと対峙していた場所だ。
だが、今回はすこし様子がちがう。
まず、シャルのすがた。また少し年をかさねた彼女は、ぼろをまとった姿でイスに縛りつけられている。両腕はひじ掛けに、両足首はイスの足にそれぞれ固定されていた。
そして、彼女の目のまえに立っているのは……これまた薄着の、赤毛の女性。手にダガーを持って、目を見ひらき、ぶるぶるとふるえている。
まわりを囲むのは……にやにや笑うデブ辺境伯と、暗黒VIPたち。もしかしなくても、これからビッグなイベントが始まる雰囲気だ。
「ほっほっほ……ドミナよ、慈悲深いワシは、貴様に大チャンスを与えてやることにしたえ。そこの、人類の敵……にっくきヴァンパイアをその手で刺し殺せば、晴れて自由の身にしてやるでな。ひと思いに心臓をつらぬくも、ジワジワなぶり殺しにするも、貴様の自由じゃ。さあ、好きにせい。ククク……」
『ハッハッハッハ……』
「人類連合の査察がはいる前に、このような形でヴァンパイアを片付けるとは……ほんとうに、旦那さまは頭の切れる方ですえ。オホホホ……」
シャルたちとは別の美少女ふたりを、侍らせている辺境伯。ソイツから少しはなれた所に立っているオバサンが、デブに負けず劣らずの高笑いをあげる。彼女が、せっかん大好きな例の夫人だろうか。
嘲笑をうかべるVIPたちの視線を浴びながら、赤毛の女性――ドミナが、シャルに近よっていく。50センチメートルほどの距離で、じろりとシャルを見おろした。
「ねえ、お隣さん。アンタ、ヴァンパイアだったのね。バケツの水は、お食事……血だったってワケかぁ。こりゃ、盲点だったわ」
「……」
こわばった表情で言いはなつドミナと、無表情のまま彼女のおなか辺りに視線をやっているシャル。
「仲間のカタキ、魔族とは知らずに、昔ばなしやら子守り歌やらをペラペラと……アタシって、ほんとマヌケよね」
シャルが顔をあげ、ドミナの瞳を見すえる。
「ドミナさん、騙していて、すいませんでした。私を殺して、自由になってください。おはなし、ありがとう、ございました」
ヴァンパイアの目から流れる、ひと筋の涙。ドミナはすこし、優しい表情になって……目線が合うように、しゃがみこんだ。彼女はシャルの耳もとに、顔をよせると――
「ふん、バカにするんじゃないわ。あのデブが、すんなりオモチャを解放すると思う? ヴァンパイアの処刑ショーを、見とどけたあと……アタシも、処分されちゃうこと間違いなしね。ほら、見なさいよ。いい感じの新しいオンナノコが手にはいったから、もう用済みってわけ」
小声で、そう言った。
「……えっ。ひ、ひどい……ぐすっ……」
ドミナは、しゃくり上げそうになるシャルの、頭をなでて――
「あのさ。ヴァンパイアって、血をいっぱい吸ったらメチャクチャ強くなるんでしょ? ここにいる奴ら全員、ぶっ殺せるぐらい。アンタは、どーなのよ……うなずくか、首振るかぐらいはできるでしょ」
「えっ、そんな、こと、ううっ……」
「ええい、はよう始めんかい……ふむ、血を見たら、ええ感じに狂暴になるかの。おい、槍で、ちょいちょいと突っついてやらんかえ。ぐふふ……」
辺境伯の号令で、衛兵たちがじりじりと2人にせまる。ドミナは、まわりをぐるりと、見わたすと――
「いい? シャル。いっかいしか言わないから、よく聞いてね。私の血をぜんぶ、アンタにあげるから……コイツら全員ブチのめして、自由になりなさい。けっきょく勇者パーティは、来てくれなかったけど……アンタが、じぶんで勇者を、見つけんのよ。じゃね。楽しかったわ……」
そう言って、ダガーでシャルの手のいましめを、切り……みずからの首を、つらぬいた。
その瞬間、シャルの瞳が、魔族のそれに変わる。しなだれかかってきた、ドミナを抱きしめ……彼女の首に顔をよせて、ごくごくと喉を鳴らす。あっけに取られる、まわりの人間たち――
シャルの体に、変化がおきた。髪の金髪が、徐々に赤みがかっていく。禍々しいフォルムに膨れあがった両足が、拘束具をはじき飛ばした。翼も、どんどん大きく、力強く……
「む……むおっ、いかん、いかんぞ! さっさと、殺せ! 殺さんかえ――!」
狼狽する、大貴族とVIPのめんめん。ふたたび肉薄する、衛兵たちを――血の刃が、なぎ払った。スピアごと上下に両断され、何が起こったのか分からないといった顔のまま、どしゃりとくずれ落ちる。
ドミナの血で形作った刃を、見つめ……無造作にそれを、飛ばすシャル。デブ辺境伯の、肩をつらぬき……豪華なイスの背もたれに、縫いとめた。
惨劇を目の当たりにして戦意を失い、われ先にと逃げ出すVIPに衛兵たち。偉そうにイキっていた夫人も、いつの間にかこつぜんと消えている。
シャルは真っ白になったドミナのなきがらを、地面に愛おしむように横たえた。そして顔をあげ、ゆったりと歩みをすすめる。その、先には……
「ひっ、ひぃっ……! お、おつとめ、ご苦労であった……! そなたは、もう、自由……! どこへなりとも、行ってよし! じゃから、いのち、命だけは……」
「ふん、今さら命乞いとか、舐めんじゃないわ。死んだ兵士たちにも、家族がいるんだから。キッチリ責任、取りなさいよね」
彼女は、動けない辺境伯の“辺境”を、異形の手でつかむと――
「こんなしょっぱい杭で、チョーシこいてんじゃないわよ」
「う、うぎゃあああああ、ああああああああ――っ!!!」
地下室に、何かがつぶれる音と、断末魔の叫びが響きわたった……
◇◆◇◆◇
場面が飛ぶ。森のなかの山小屋で、ウサギの血を飲みおわったシャル。髪は、金髪にもどっている。彼女は、獲物に手を合わせると……机の上の1枚の紙に、目を落とした。
そこに書かれていたのは、ほかでもない。
各国対抗、旧魔王城エリア争奪戦……比翼連理杯の、出場モンスターを募集するというものだった。
俺の今回の夢は、ここまで。たぶん、最後だと思う。




