第25話 “かねて血を清めたまえ”
ゆっくりと、目をあけた。
場所は、たぶん宿舎の、ベッドの上。
なんとか、視力はふだんの4分の1ぐらいまで、もどっているようだ。
だが、手足はまったく動かない。っていうか、ほぼ感覚がゼロ。
勇者のカンとかではなくひとりの人間として、自分が死に向かいつつあることが分かる。
……がちゃり。部屋に、だれかが入ってきた。
ぼんやりとしか見えないが、左足を、引きずっている……にっくき、ヴァンパイアだ。
彼女のせいで、俺はこんなザマに……いやいや、もう、どーでもいい。
いまは、ふたつの命が助かったことを喜びつつ、両親の待つところへ向かおう。
「服、汚れちゃうと、いけないから……」
ふと、ヴァンパイアの輪郭が、黒から肌色に変わる。
そのまま、こっちに寄ってきて……俺の上に、覆いかぶさってきた。
生まれたままのすがたの、シャル。いったい、なんのつもりだ。
死にゆく戦士を、なぐさめる女性……魔族ごときが、神話のワルキューレ気どりか。へっ、笑わせんな。
彼女は、俺の頭のよこに両手をついて、顔を真っ正面から、見すえて言った。
「ニュート、聞こえてる? 聞こえてたら、まばたきをして」
ぱちり。垂れさがった彼女の金髪が、頬にさわさわと触れる。
「よかった。じつはね……もう、ほとんど脈が触れないの。心臓が、ダメになりかけてるんだと思う。このままだと、数時間もしないうちに、呼吸が止まるわ」
ぱちり。
「でも、ひとつだけ助かる方法を思いついたの。よく聞いてね。この部屋には、いいって言うまで、誰も入らないようにしてるから」
ぱちり。
彼女がカラダを起こし、両手を俺の目のまえに持ってくる。
「ん、んんっ……」
シャルが力むと、両の人差し指の、爪がばぐりとめくれ……ストローぐらいの太さの、血管の針が、あらわれた。彼女は、てらてらと光る2本のそれを、眺めながら……
「気持ち悪いでしょ? これ、私の血管。これをアンタの、首のなかに入れて……動脈から血を抜いて、私のカラダの中で毒を中和して、また静脈から戻すの。ヴァンパイアの内臓なら、不可能じゃないと思う。現に、試合のとき吸いこんだ毒は、もう処理できたから……ぐすっ……」
ぱちぱちぱちぱち。いや、拍手ではない。必死にまばたきを、くり返す俺。そんなことが、可能なのか。
しかし、彼女の表情は暗い。暗いどころか、泣いている。とめどなく溢れる涙のしずくが、俺の胸をぬらしていた。
「でもね、それをやると……私の血も一気に、大量にアンタのカラダに入っちゃうの。ニュート……アンタ、ヴァンパイアに、なっちゃうわよ……ううっ、ぐすっ……」
ぱちり。そう、来たかぁ……そーいえば、こないだ、立てちゃったなぁ……フラグ。
「ゆっくり考えて……って、言いたいんだけど。もう、時間がないわ。血圧が下がりすぎると、血を抜けなくなるから。やってもいいなら……ぐすっ……2回、まばたきして」
しばし、思いをめぐらせる。たしかに、ヴァンパイア……魔族になど、なりたくない。だが座して待っていれば、訪れるのは100パーセントの死。
国民のため、そして全裸で俺の上に乗っているコイツを、ブッ殺すために……ここは恥をしのんで、命をひろうべきでは、なかろうか。
俺の血が、彼女のカラダの中を、通り……また戻ってくる様子を、想像する。なぜか、そんなに悪い気は、しなかった。あーあ。もうテンプテーションが、脳髄の奥まで回ってしまったのだろうか。
――ぱちり、ぱちり。
彼女が、ふたたび目を、涙でうるませ……俺の首に、両手をそえた。
◇◆◇◆◇
――同化の秘儀。
血管針をあいての体内に、挿入し……ヴァンパイアの魔血を送りこむことで、強制的に同胞を作りだす。ロード一族にのみ可能なその技を、あろうことかニンゲンの命を助けるために、使う日が来るとは。
……いや、もの思いにふけっている場合ではない。刻一刻と、彼の血圧が下がりつつあるのだ。
「……いくわね」
まずは、静脈。左手の針を、皮下に刺しいれる。脂肪組織を、かき分け……ぺちゃんこになった、頚静脈を発見。ぶじ、静脈どうしの吻合に成功した。
さて、つぎは動脈だ。ほんらいは供血・脱血路ともに、静脈が好ましい。しかし今の彼の血圧だと、動脈からでないと血を奪えないだろう。
言うまでもなく動脈穿刺は、危険度がはね上がる。1ミリでも狙いが狂ったなら、大量出血からの即死は避けられない。寸分たがわず彼の動脈の中央をつらぬき、すぐに止血する必要がある。
「はぁ――っ、はぁ――っ……」
息が荒くなり、右手がふるえる。こんなことなら、動物とかで練習しておけば……いや、もう、やるしかない。彼の献身に、全身全霊で報いなければ。気力と勇気を振りしぼって、手の振戦をとめた。
「A――aaaaaaa――」
彼の首すじに顔をよせ、超音波を発生させる。限局的なエコーロケーションで、動脈の場所と深さを特定……呼吸を止めて、一気に右手の針を、突きこんだ。
「……うぐ」
血管壁をわたしの針が、切りひらく瞬間……彼がうめき声を、もらした。ただちに血小板と凝固因子をフル稼働させて、止血。
果たして、私の針の先端は……彼の頸動脈の内腔に、とどまっていた。ああ、うまくいった。全身の力が抜けて、ニュートの胸板のうえに突っ伏す。
ブラッド・アクセスの準備が、できて……さて、最終確認だ。
「ひぐっ……ごめんね、ニュート……もう、ニンゲンには、戻れないから……覚悟が決まったら、まばたき、を……ぐすっ……」
――ぱちり、ぱちり。
「あり、がとう……」
彼に口づけをすると同時に、血管針の弁を解放。
2つの世界を通して、おそらく史上はじめての、血液浄化療法……透析が、はじまった。
◇◆◇◆◇
そこからの6時間は、地獄の苦しみだった。いや、俺がではない。
異種生物の血を、経口摂取ではなく直接受けいれ……肝臓や腎臓――そんなのがあればだが――で毒を濾しとって、また戻す……彼女の苦しみは、どれほどだっただろう。
覚えているだけで、失神3回、嘔吐4回、失禁5回……それでも、彼女はやり通した。
徐々に動くようになってきた腕を、動かして……シャルを、弱々しく抱きしめる。彼女は苦痛に顔をゆがめながらも、両脚をからめてきた。
体力の続くかぎり処置をおこない、ついに力つきて、眠りにつくシャル。
俺も、彼女の指の血管針がおさめられているのを、確認して……2人の血と、吐しゃ物と体液のなかで、抱きあったまま、まぶたを閉じた。
勇者の息子ニュートは、立派な魔族になってしまったというわけだ。
めでたし、めでたし。




