第21話 ディスコミュニケーション
「申しわけありません、ニュートさん。どうやら、まっとうに強いタイプのようです。しょうじき、地力で上回るしかないかと……では、ご健闘をお祈りします」
「最後、見とったかの? ただの空気を蹴って、ジャンプの軌道を変えよったぞ……うーむ、血沸く血沸く……血沸きすぎて、ちくわになったのぅ……」
「何しにきたんだよアンタら」
2回戦第4試合の、終了後。ライオネルとサジは、素人なみのコメントをして去っていった。
かくいう俺も、エラソーなことは言えない。サテュロスのリンケ……きのう見たユウェル以上に、攻略の糸口がつかめないのだ。それこそ酒を奪いとって、弱体化させるぐらいしか……
「ニュート、気持ちは分かるけど、まずは準決勝のトレントを何とかしないとね。日ざしもキツくなってきたし、宿舎に帰るわよ」
「ああ、そうだな……って、女王さまは?」
うんうん唸っていたところ、いつの間にか貴賓席に、マレーネ女王のすがたがない。
「ハァ……『あいさつ回りに行くので、先に帰っといてくださいまし』って、言ってたじゃない。いちおう私たちも、4強の一角だから。優勝したときに向けて、いろいろ根回しをしとく必要があるんでしょ」
「す、すまん、シャル」
◇◆◇◆◇
俺たちが貴賓席から出て、コロッセオの関係者用エントランスに、差しかかったとき……
「遅い、お帰りだねェ……待ちくたびれて、根っこから根が生えるかと思ったよ。さては、VIP席でまたイチャコラしてたのかい? ククク……」
「お、お前は……!」
サイズを3メートルぐらいに縮めた、トレントのメアーディ。彼女が、パートナーのニンジャを従えて待ち構えていた。
「ふ、ふざけんじゃ、ないわ――」
反論しようとしたシャルを、かばう様に前に出る。コイツほどの実力者が、イヤミを言うためだけにここにいるハズがないからだ。
「なんの用だ、トレントチーム。まさか、俺たちに棄権しろとか言うんじゃ――」
「へ、どうして、分かったでござるか……!?」
トレントの横のニンジャが、びっくらこいたのポーズ。おいおいおい、バカにしすぎだろ……!
「話がはやくて、助かるよ。アンタたちもさっきの戦いを見てたら、分かるだろ? ノッカーとサテュロス……どっちも、一筋縄じゃいかない強敵さね。セントールとスライムごときに苦戦してたヤツらのために、養分をムダづかいしたくないのさ」
「ごときとは、よくも言ってくれたわね。彼女たちも、誇りをかけて立派に戦ったのよ。私のハーピー真空波で切り株にされるまえに、その言葉、取り消してもらおうかしら」
うしろから、シャルがトレントに反撃。“イカれ馬”とか言ってたのは、どこのどいつなのか。
……あの2人を先に帰しておいて、よかった。サジはともかく、ライオネルは逆上して突撃しかねなかっただろう。
「アーッハッハッハ! よりによって、試合中におっ始めちゃうようなヤツらが誇りを語るとはね。こいつは、お笑いぐさ――」
あざ笑うトレントを無視して、シャルが俺の正面に移動。そのまま両手で俺のアタマを固定し……ブチュリ。
「ん、んん、んんん――!! ぷはっ、ゲホッゲホッ」
こいつ、またチッスを……! むせる俺を、よそに――
「……ぷはぁ。ふん、アンタたちはね、そんな変態ペアにボッコボコにやられんのよ。分かったらさっさと森に帰って、ムシの死骸の汁でもチューチュー吸ってるがいいわ」
相手のほうに向きなおり、手の甲で口をぬぐいながら、シャルが大見得を切る。
「こ、この、トリ女……!」
あーあ、怒っちゃった。
「ああ、そうかい。穏便に出てやったら、いい気になりやがって……ハーピーチームは、急に生えてきた樹にカラダを貫かれて、不慮の事故でリタイアさ。なぁに、クレームがついても、国力の差でゴリ押して――」
ずももももも! エントランスの床をつらぬいて、生えてきた木の幹が――
「ざ~こ♡」
ばきゃきゃん! まわりを一陣の風が駆けぬけ……ぜんぶ、砕け散った。さっそうと現れたノッカーのユウェルが、俺たちとトレントチームのあいだに陣取る。
「圧力かけて勝ちを拾おうなんて、はずかしくないのぉ~? だっさ♡ 根性なし♡」
ビックリした……あいかわらずの、煽り性能の高さだ。だが、これで丸くおさま――
「よわ~い2チームは、ここでなかよく、おわっちゃえ~♡」
おなじみ、デコピンの構え。ああ、クソッ、そう来るのか……!
「どいつもこいつも、舐めやがって……ブッ殺してやるよ!!」「ニンニン!」
「ハーピー超絶大旋ぷ……」「やめろシャル!」
「ムキになっちゃって、ちょろ~い♡」
暴発寸前の3チーム。その中央を、突っきるように……
「まっすぐ帰るだけアル! ひとりで戻るアル! ワタシ嘘はつかないアル!!」
「だ、ダメだよ、リンケお姉ちゃん……! 昨日もそう言って、ゲロまみれで道ばたに寝てたんだから……!!」
サテュロスのリンケが相棒のアルケミストを引きずりながら、ずりずりと外に出ていった。
『……』
しばし、静寂がおとずれる。そして――
「チッ、興がそがれた。行くぞ」「ニンニン……」
「おね~さんたち、命びろいしたね♡」
帰っていくトレント組とユウェル。ここで大乱闘をしては、サテュロス組が漁夫の利を得るだけだと気づいたのだろう。
俺とシャルは顔を見あわせてうなずき合うと、待たせていた馬車に向かった……
◇◆◇◆◇
「……なあ、シャル」
「なによ」
宿舎にもどる、馬車の中。沈黙に耐えきれなくなった俺は、魔界と魔族についてシャルに質問してみることにした。
「俺たちがトーナメントを優勝して、オマエを帰すために魔界ゲートをひらくだろ? その瞬間に大量の魔族が、再侵攻……攻めこんでくる可能性はあるのか?」
いちばん大事なことを、最初に聞いておく。もちろん答えにかかわらず、シャルには死んでもらう……つもり、だ。
「ありえないわね。理由は、ふたつ。敗戦で、人口がメチャクチャ減っちゃったこと。あと魔族の意思決定が、遅すぎるからよ。このセカイのニンゲンとちがって、指揮系統が統一されてないの」
「人類も、ぜんぜん一枚岩じゃないけどな……」
「異世界への移民とかの大事なことは、6氏族……デーモン、バフォメット、サキュバス、デスナイト、ヘルハウンド、あとヴァンパイアの族長の話しあいで決めるのよ。これじゃ、速やかな再侵攻なんてムリね」
「なるほど……」
そのあとも、いろんな話をした。
魔族が俺たちの世界にやってきた理由は、魔界の太陽が寿命をむかえ、世界からエネルギーが尽きかけているから……とか。
人魔戦争の開戦の原因は、はっきりとは分かっていないこと……とか。俺は魔族が一方的に攻撃してきたと教えられたが、相手のがわではどうやら逆のようだ。
おそらくデタラメの、プロパガンダだろうが……もし仮に、魔族が嘘をついていないとするなら、コミュニケーション・エラーだろう。
自然現象をあいての攻撃と勘ちがいして、なし崩し的に戦闘がはじまったり。友好をアピールするジェスチャーが、たまたま相手にとって侮辱的な意味だったり……そーいう例は、いくらでもある。
ふと馬車がゆれた拍子に、となりに座っていたシャルの手が、俺の腕にふれた。そこに走る、激しい痛み。
「いたっ……え、なんだ、これ?」
見ると、俺の右前腕にたくさんの水ぶくれができている。嘘だろ、あれぐらいの、日焼けで……!?
「あっ、これは……」
それを見た彼女が、顔をくもらせた。おいおいおいおいおい、ま、まさか……!
「安心して、ニュート。一時的なもの……だから。短期間のうちに何回も血を吸われたり、その……チューしたり……したでしょ? 私の体液がアンタのカラダに、入って……ちょっとだけ、ヴァンパイアに近い状態に、なってるの」
「あわあわあわわばわわわ」
彼女は俺の両肩をつかみ、声をひそめて――
「だから落ちつきなさいって、言ってるでしょ。そのうちヴァンパイアの細胞が免疫で取りのぞかれて、フツーに戻るから。ものすごく大量のヴァンパイアの血を一気に受け入れないかぎりは、同化は起こらないわ」
「そ、そうか、わかった……」
ま、まずはひと安心だ。チクショウ、油断もすきも、ありゃしない……おのれ、魔族め……!
一時的とはいえ、憎むべき敵のカラダに近づいてしまった事実。俺はそれを苦々しく受けとめながら、準決勝までの日々を過ごしたのだった……




