第18話 屍山血河百豚衆
「ユウェル! 手を……!」
天井の梁がきしみ、土砂が滝のように降りそそぐ。わずかに触れた、親方の指。だが、むなしく手がはなれ……私は、無限の暗闇の底に吸いこまれていった。
人魔戦争終盤、人類軍の天才軍師による落盤作戦。その実行部隊だった私は、約1キロメートルの地下にひとり、とり残されてしまった。
あったのは、空気と水だけ。足を負傷し、動くこともままならず。
鼓膜が破れそうな静寂のなか、自分の嗚咽だけを聞いていた。
何日、たっただろうか。絶望のなか目をあけた私の、眼前の岩肌。星のようなきらめきが、浮かんでいた。
やぶれかぶれになって、拳でなぐりつける。そこが、ぼろぼろと崩れた。
……これだ。物質は、すべて脆さを抱えている。ここが“よわよわ”なのだ。
私をつき動かした、生への執着……殴る、崩れる。殴る、崩れる。這って、前進。
指がつぶれ、肉が裂ける痛みも、歯をくいしばってこらえた。
永遠に続くと思われた、地獄の螺旋……崩落から1か月後、ついに外の風が吹きこんだ。
朝の日ざしを浴びて、泣きじゃくる私の視界に、うつるのは。建物、稜線、そして駆けよってくる、仲間たち……
全てに、“よわよわ”の光点が、見えていた。
ああ、この世は、すべて雑魚。見えて触れるのなら、星だって砕いてみせる。
◇◆◇◆◇
赤ちゃんの泣き声が聞こえるたび、喜びが胸の奥からあふれ出すようだった。
百の胎動を経験した私は、世界一の幸せものかもしれない。
では、百の骨壺を抱いた私は、世界一の不幸ものだろうか。
多産なオーク族のなかでも、とくに子宝に恵まれた私。
悲しいかな、娘たちはみな戦士としての才能にあふれていた。特Aランクのウォーリアーとして前線に出ていく彼女たちを、複雑な気持ちで見送った。
魔族との戦いが、終わったあと。終戦管理省から送られてきたのは、百の遺骨。
バカなことに、娘たちは全員が同じ部隊で、戦うことを選んだそうだ。
屍山血河百豚衆。魔将の首7つと引きかえに、全滅の憂き目にあった伝説のオーク軍団……
泣き暮らす私のもとに、トーナメント出場国のスカウトが訪れた。
血縁者がパーティにいると、ネクロマンシーの再現度が上がるんだとか。どうでもいい。
ああ、私をのこして旅立った、親不孝な娘たち。その憎らしい顔を、もう一度見せておくれよ。
◇◆◇◆◇
どどどどどどど! むくつけきオークの群れが、ノッカーのユウェルに殺到する――
『えー、ただいま審議が終わりました! 会場におりますオーク軍団は、ネクロマンシーの土人形! そのため、ネザリウス選手の武器あつかいとなります! 続行! 続行で――す!!!』
「大勢で分からせようなんて、かっこわる~♡」
ノッカー、両手をでこぴんの形にして、迎撃態勢!
「えいえい、壊れちゃえ~♡」
びしびし! ががん! オーク軍団の打撃をかいくぐりながら、的確にでこぴんを当てていく。撃ちぬかれる度にがらがらと崩れ、土くれに戻るオークのカラダ――
「うーん。体術も、かなりのものね。あの攻撃、ちょっとずつカラクリが見えてきたわ。たぶん、常時発動型の、防御力無視スキル……」
ビジョンを見ながら、シャルがうなっている。
「それにしては、オーク1体ごとにデコピンを当てる場所が違うのが、妙じゃないか? オヤジの元パーティメンバーから、物質の弱点とか破壊点を見さだめる魔眼があると、聞いたことがあるぞ。それの、亜種みたいなヤツかも……」
「どちらにせよ彼女の前では、鎧とかは全く意味がない、ということですわね……紛うことなき、規格外の強敵ですわ」
「はぁ、はぁ、ちょろ~い……♡」
またたく間に、30体ちかくのオーク土人形を撃破したノッカー。地面には、役目を終えた遺灰が点々としている。だが――
「ふん、下の娘たちを倒したぐらいで、いい気になってんじゃないわさ! ほら、次だよ、次!」
「デュフ……お姉ちゃんたちの力を借りる以外、ありえないですぞ!」
アンマーが、ふたたび白いもの――遺灰をばらまき、ぎゅいいいいいん! ネクロマンシー、再発動! さらに生まれ出た数十体のオーク軍団が、ウォークライを叫びノッカーを襲う!
そのあと数分間、ノッカーとオーク軍団の激闘が続いた。ようやく残っているオークが、3分の1ほどになったころ……
「うぐうっ……!」
1体のオーク土人形の蹴りが、ノッカーのどてっ腹をとらえた。吹っとぶノッカーに、3体のオークが前後につらなってショルダータックル! 迫撃、トリプル・豚! がががん!
『クリティカルヒットだあああ――! ついにオーク軍団の攻撃が、ユウェル選手に届きはじめましたあああああ――!! 形勢、逆転かあああああ――!?』
「よわよわじゃ、ない……! 後ろの方ほどつよつよなヤツを残しとくなんて、こわ~い♡」
顔をしかめるノッカーに、ひときわ大きな体格のオーク2人が、前後からラリアット! さらに別のオークが後ろから羽交い締めにして、アンマー本体が左手で腹パン! どすん!
「あがぁっ……!! け、結構やるじゃん、おばさん……!」
「いーかげん諦めな、嬢ちゃん!!」
「むり……むりぃ……!」
ばちばちん! 羽交い締めオークの腕にデコピンして、脱出!
「土人形のくせに、なんつうコンビネーションだよ……!」
「魔王軍のネクロマンサーが、言ってたわ。死霊術は、恋人とか肉親が近くにいると出力が上がるって……たぶん、百豚衆のお母さん……敵ながら、悲しいわね」
シャルが腕組みをしながら、つぶやく。
オーク軍団の、流れるような猛攻! たまらず後ろに下がった、ノッカーに――
「いくよォ――! 圧殺豚玉!」
アンマーの、号令一喝! オーク軍団がノッカーのまわりをぐるりと、とり囲み……押しつぶすように、中心に向かって突進! だが――
「足場くずしは、こ~やって使うんだよ、おばさん♡」
どすん……がらがら! オーク兵がノッカーにブチ当たらんとした、直前! 彼女が足で地面を蹴りつけると、大規模な崩落が発生! 次々と奈落に飲まれていく、オーク軍団……
『地盤沈下だあああああ――っ! い、いえ! 闘技場の耐震強度に、問題はありません! みなさま、席を立たずにご観戦くださあああ――いっ!!』
まさかの手抜き工事疑惑に、ざわめく会場。こないだの暗殺未遂といい、ホスト国も大変だな。
地面をブチ抜いた勢いで大きく跳びあがったノッカーが、アンマー本体に迫る!
「いっちゃえ~♡」
「大人を、ナメるんじゃないよ……!!」
空中で、デコピンと鉄拳が激突! どかぁ! 悠々と着地するアンマーに、またも腹パンを食らって片ひざをつくユウェル……これは、決まったか?
「フン、残念だけど、どーやらおばちゃんの負けみたいだね」
オークが、ぽりぽりと頭をかく後ろで……がらがらと崩れる、残りの土人形軍団! そして――
「オゥフ……」
オークの相棒――ネクロマンサーのネザリウスのローブに、穴があいている。足もとを見ると、魔導具らしきモノの残骸が……
「いたた……。そこがキモすぎネクロマンシーの、いちばんよわよわな場所~♡ でも、殺すつもりで来られてたら、見つける前に分からされてたかも♡ おばさん、つよつよだったよ♡」
「……お見通しってわけかい。ああ、目ざといガキは、嫌だねぇ……」
どうやら空中でふたりが交錯した瞬間、石つぶて的なものを、ノッカーがぴんっと飛ばし……魔導具――ネクロマンシーの触媒を、破壊したようだ。
あとオークチームは、不殺での決着を狙っていたもよう。異種族とはいえ、若者の命を奪うことに耐えられなかったのだろう。もしかするとそれが彼女の、最大の弱点だったのかも……
勝ち目がなくなったオークチームは、ギブアップを宣言。アンマーとユウェルは拳をあわせ、堂々と退場していった。
……っていうか、あそびにん! マジで、なにもやってねーじゃねーか……
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2回戦第3試合
〇ユウェル(ノッカー)&ケケレ(あそびにん)
vs
✕アンマー(オーク)&ネザリウス(ネクロマンサー)
(12分43秒 決まり手:ざこぴん飛ばし♡)
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