第14話 <回想>らくだのお母さん
地下室で少女が、泣いている。石づくりの、座敷牢だ。部屋のなかには、粗末なベッドとバケツがふたつ。壁から伸びた太い鎖が、彼女の足かせにつながっている。
俺の意識が、部屋の天井からバケツを見る。ひとつの中には、排泄物。そしてもうひとつは……赤黒い液体で、満たされていた。
粗末な服に身をつつみ、がりがりにやせ細った金髪の少女。彼女が、液体の入ったバケツを、持ちあげて……少しだけ口をつけて、おえっとえづいた。
その顔は、俺が以前見たときより、何歳か年齢をかさねている。バケツに涙がしたたり、水面に波紋がひろがった。
「アンタ、またベソかいてんの? いーかげん、慣れなさいよね。上むいて、じーっとしてるだけじゃない。アタシなんか、1日おきに呼ばれてるんだから」
となりの部屋から、声が聞こえる。金髪の少女――シャルが、そっちのほうに、這っていって……壁に背中をあずけ、ふたたび座りこんだ。
「ドミナさん……きょうは、誰、だったんですか」
「ふん、それがね……ケッサクよ。ついにあの辺境伯の、奥方サマがご登場ってわけ。かなり気合いの入った、ムチさばきだったわ。嫉妬って、コワいわね……あんなヘンタイと結婚した、自分が悪いってのに。っつう……うつ伏せで寝るなんて、久しぶりね」
「そんな……ぐすっ、ひぐっ……」
両ひざを抱えこんだシャルが、再びしゃくり上げはじめる。
「ハァ……わざわざ近くで、泣かないでよ。よけい、痛くなるじゃない。……いい? こんなの、ずっと続くはずないわ。そのうち人類連合のササツ? ってやつが入って、あの豚もオシマイよ。それか、勇者パーティみたいな人たちが、助けにきてくれて……」
「……勇者パーティは、全滅しました」
「ちょっとぉ。夢も希望もないこと、言わないでよね。あーあ……魔族がいなくなったとたん、攻められちゃうなんて……どっちが未開の蛮族だか、分かりゃしないわ」
徐々に、事情が飲みこめてきた。北の辺境伯……人魔戦争の終盤にいい所だけかっさらっていった、いけすかない大貴族……の、囚われの身となったシャル。
そして隣人は、おなじく人狩りでさらわれてきた、さらに北の蛮族だか遊牧民だかの娘のようだ。で、彼女たちを待ちうけていた、運命は……ここから先は、言わなくても分かるだろう。
「それにしても、シャル……看守が持ってくるアンタの食事、いつも変わってるわね。バケツ入りの水? だなんて……ちゃんと喋れてるから歯を抜かれたり、アゴが割れてるわけでも、なさそうだし……ホント、謎多きセンパイだわ」
「……」
彼女たちの部屋は、壁でへだてられている。なのでドミナはシャルが魔族――ヴァンパイアであることを、認識できていないのだ。
「ふぅ……まあ、どーでもいいか。じゃあ、暇つぶしにまた、なんか喋ってあげるわね。うちの部族の昔ばなしにする? 隣の部族とスモウ勝負したときの話とかも、おもしろいわよ」
シャルが顔をあげ、ほんの少しだけ、おだかやな表情になった。
「では、らくだのお母さんと、子どもの話のつづきを……」
「おっ、アンタも、なかなかお目が高いわね。えっと、どこまで――」
そのとき……がちゃり。シャルの座敷牢の、扉が開き……2人の男が入ってきた。
「ヒヒヒ……ご主人さまたちが、お呼びだぜ。おっと……また、飲んでねぇのかい。せっかく新鮮な、死刑囚の……あっ、なんでもねえよ。すまねえ」
いやらしい笑みをうかべた男が、「隣に聞こえるだろう、バカ」みたいな顔をしたもう一人にわき腹を小突かれ、黙りこんだ。足かせのカギを外し、彼女を外につれて行く。
彼女が一瞬だけ、となりの座敷牢のほうを振りかえる。中は、見えない。しかしのぞき穴にはまった鉄格子を、隣人の手が力づよく握りしめていた……
◇◆◇◆◇
場面が飛ぶ。だだっ広い、城の地下室。すえ置かれているのは、10メートル四方ぐらいの鉄製の檻。
そのまわりを貴族――でっぷりと太った辺境伯と、仮面をかぶり豪華な服を着た人間たちが、ぐるりと取り囲んでいる。いわゆる、“暗黒VIP”ってヤツだろうか。
「ほっほっほ……だいぶ、弱っておるようじゃのう。1日じゅう日ざしを浴びても、杭で……ぐふふ……貫かれても、つまらん反応しかせんかった貴様じゃが……シンプルな兵糧攻めがいちばん効果的とは、盲点じゃったわい」
「……」
辺境伯をにらみつける、檻のなかのシャル。
「ク、ク、ク……まさか吸った血といっしょに、記憶やら感情やらが流れこんでくるから、悪人の血は受け付けんとはの……貴様ら魔族じしんが大罪人というのに、こいつはケッサクじゃて。グヒヒ……」
『ハハハハハ……』
「血をもらわないと生きていけない寄生虫のぶんざいで、えり好みとは……片腹痛いですわ。オホホ……」
嘲笑とともに大貴族から告げられる。驚愕の事実。それに同調して、まわりのVIPたちも笑う。
「よいかえ、皆の衆……いちばん辛いのは、食べ物がないことではないぞ。目の前に料理や水があるのに、口をつけられんのが最も心にくるのじゃ。さて、今宵の余興は……」
「はやく、殺してください」
もう聞きたくないとばかりに、彼女が吐きすてる。
「おおっ……いつもの、はや殺が出たのう……ククク……いやいや、慈悲深いワシには、とっておきのアイデアがあるぞよ。罪人の血は飲みたくないという貴様の願いを叶え……運動不足も解消してやろうという、一石二鳥のとっておきじゃ。ホラ、連れてこい」
デブ辺境伯が、パンパンと手をたたくと……5人ほどの使用人がおのおの鎖を持って、地下室に入ってきた。暗黒VIPたちから、おおっと歓声があがる。5本の鎖のはしに、繋がれていたのは……
「ひぃっ……!」
体長2メートルを超える、大イノシシ。5人がかりでなんとか拘束されていたソイツが、檻に入れられ……がちゃん。扉がふたたび閉じるとともに、鎖のいましめが外された。
「ほっほっほ……こやつは、近隣の山のヌシ。薬で、ちっとばかし狂暴になっておるがの……罪のない善良な、一匹のケモノじゃ。ほれ、好きなだけ飲むがよいぞ。せいぜい、牙に貫かれんようにな」
ふたたび、大貴族が手をたたく。VIPたちが手もとに配られていた剣を見て、すべてを察したようにニヤリと笑った。
ひとりが、檻に剣を投げつける。金網にはばまれ、からんと落ちる。もう一人が投げる。獣のそばの地面に、突きささる。笑いながら、ひとり、またひとり……
一本の切っ先が、獣の表皮を貫く。したたる血と、怒り狂うイノシシ。赤黒くにごった目がシャルをとらえ、「ブモオオオオ」とさけび、突進――
「ううっ、ごめん、ごめん、なさい……」
彼女の両手の爪が伸び、魔族のそれに、変わった。
◇◆◇◆◇
ふたたび、石づくりの座敷牢。ベッドに仰向けに寝ころがったシャルが、顔を手でおおって泣いている。わき腹には、痛々しい傷あと。
すべすべとした、美しい少女の指。口のまわりは……赤く濡れていた。
「アンタ、元気だしなさいよ……人間だって、いろんな人がいるからサ……勇者パーティは死んじゃったかもだけど、その家族とか気持ちを受けついだ人が、ぜったい助けてくれるはずよ」
「ぐすっ、ひっぐ、ううっ……」
「じゃあ、お話のつづきをしてあげるわね。らくだのお母さんは、ストレスでお乳が出なくなっちゃったんだけど……」
独房のなかに、シャルの嗚咽と隣人――ドミナの声が、響きつづけていた……




