橋を渡れない村
「この先に川魚の美味い店がある村があるんだよ!」
ティヒカイトが嬉しそうに歩く。
「お主、来たことがあるのか?」
「かなり昔だけどな。まだ店が残ってるといいが」
「確か、この辺りには橋を造ったはずじゃ。橋が完成すれば流通も良くなり、村も栄える。報告では無事完成しておった」
「前の町みたいに、また報告と違うってことはないよな?」
「今回は違う。王都から文官も派遣し、完成を確認したと報告を受けておる」
シュングは本を読みながら歩いている。
「シュングよ、歩きながら本を読むのは危ないぞ」
「大丈夫です。周囲を感知する魔法を使っていますから」
「そんな便利な魔法があるのか……」
三人が笑っていると、小さな村が見えてきた。
「おお、あれじゃ」
「こじんまりしておるが、良い村そうじゃな」
「俺は宿を取ってくる」
「頼んだぞ。わしらは橋を見ておる」
◇
「イデアール様! 橋が見えました!」
「おお……」
立派な石橋だった。
幅も十分あり、大きな荷車でも余裕で渡れる。
「見事な橋じゃ」
しかし。
「……誰も渡っておらんな」
橋の下を見る。
小さな渡し船に大勢が並んでいる。
「何故じゃ?」
橋の入口には兵が立ち、人を通していない。
その時。
「おい! まだ順番かよ!」
魚を積んだ荷車の男が叫んだ。
「早く市場へ行かねぇと魚が傷んじまう!」
別の農夫もため息をつく。
「橋があるのに遠回りだ。渡し船代まで取られちゃ儲けが減る」
さらに老婆が困った顔をしていた。
「向こうの村へ薬をもらいに行きたいんだけどねぇ……」
イデアールは静かに目を閉じる。
「……橋は民のために造ったはずなんじゃが」
兵へ近付く。
「すまぬ。この橋は修繕中なのか?」
「初めて来たのか、爺さん」
「ああ」
「なら渡し船を使え。この橋は使えん」
「何故じゃ? こんな立派な橋があるのに」
「村長命令だ」
「理由は?」
「知らん。さっさと行け」
兵はそれ以上答えようとしなかった。
そこへ旅人が話しかけてきた。
「あんた達、初めてか?」
「そうじゃ」
「橋を使わせると渡し船が儲からねぇんだとよ。だから村長が封鎖してる」
「……そうか」
イデアールは小さく息を吐いた。
そこへティヒカイトが戻ってくる。
「宿取れたぞ! ……って何だ、この橋」
◇
食事処。
「なるほどな」
ティヒカイトが焼き魚を頬張る。
「橋があるのに渡し船か」
「完成だけ確認して、後は好き勝手ということじゃな」
イデアールは静かに頷く。
「橋とは、人が行き交うためのもの。それを止めてしまっては意味がない」
「村長を調べるか?」
「頼む」
「まずは飯だな」
「シュング。魚もちゃんと食べなさい」
「……苦手なんです」
「好き嫌いはいかん」
「ったく。本当に孫と爺さんじゃねぇか」
◇
翌朝。
「橋が完成したと聞いて安心しておった」
窓の外を眺めるイデアール。
「だが、書類だけでは国は見えぬものじゃ」
コンコン。
「起きてるか?」
「入れ」
ティヒカイトが入ってくる。
「調べてきた」
「どうじゃ」
「村長が渡し船を管理してる」
「ふむ」
「渡し船代でかなり儲けてるらしい」
「やはりか」
「橋を使うと利益が無くなるから閉鎖したそうだ」
「馬鹿な……」
イデアールはため息をつく。
「橋が出来れば物流は良くなり、もっと村は豊かになるというのに」
「しかも商人はこの村を避け始めてる」
「本末転倒じゃな」
少し考え、
「村長より上役へ文を送れ」
「分かった」
◇
数日後。
「そろそろ来る頃じゃな」
イデアールは橋へ向かう。
兵が立ちはだかる。
「またお前か」
「今日は橋を開けてもらう」
「出来ん」
「なら……仕方ない」
ティヒカイトが前へ出る。
「悪いな」
一瞬で兵の武器を叩き落とす。
騒ぎを聞き、多くの村人が集まってきた。
「何事だ!」
豪華な服を着た男。
村長だった。
「貴様ら、何をしておる!」
イデアールは静かに答える。
「橋を本来の姿へ戻しに来た」
「捕らえろ!」
村の兵が動く。
「またか」
ティヒカイトが剣を抜く。
シュングも杖を構えた。
「エアフレーム!」
突風が兵たちの動きを止める。
そこへ一団の馬車が到着した。
「大村長様のお着きだ!」
村長が慌てて駆け寄る。
「大村長様! この者たちが橋を――」
「嘘をつくな!」
村人の一人が叫んだ。
「橋を使わせねぇのは村長だ!」
「そうだ!」
「渡し船で金を取ってる!」
次々と声が上がる。
大村長は厳しい視線を村長へ向けた。
その時。
イデアールは静かに一本の短剣を取り出した。
陽の光を受け、王家の紋章が輝く。
大村長の表情が変わる。
「そ、その短剣は……」
「元ルーエ国王、イデアールである」
全員が息を呑んだ。
大村長はすぐさま膝をつく。
「建国王陛下……!」
村長も青ざめ、その場に崩れ落ちた。
イデアールは橋を見上げる。
「橋とは、人を止めるために造るものではない」
静かな声が辺りに響く。
「人が行き交い、商いが生まれ、村が豊かになる。そのために国費を投じた」
村長は震えている。
「それを己の利益のため封鎖するとは、民を裏切る行いじゃ」
大村長は深く頭を下げた。
「私の監督不足でした。視察の際は橋が使われておりましたので……」
「民の前だけ取り繕ったのじゃろう」
「……はい」
「後の裁きは任せる」
「必ず厳正に対処いたします」
◇
翌日。
橋は開放された。
魚を積んだ荷車が橋を渡る。
商人も笑顔で行き交う。
子どもたちは橋の上を元気に走り回っていた。
「ああ、これでようやく橋が橋として役目を果たす」
イデアールは満足そうに頷いた。
「イデアール様!」
ティヒカイトが笑う。
「今日はちゃんと魚が食えますぜ!」
「私は……少しだけ食べます」
「好き嫌いはいかんぞ」
「またそれですか!」
三人の笑い声が橋に響く。
そして三人は、次の町へ向かってゆっくりと歩き始めた。




