幕間:専属侍女マルタは見た 〜お嬢様の「尊き」葛藤〜
可愛いところもあるんです❤︎
カトリーヌ伯爵家の使用人たちは、我が家のエレノアお嬢様を「飢餓の魔王」だの「生ゴミ回収の死神」だのと言って恐れている。
確かに、食べ残しをした若様(ジュリアン様)を万力のような力で掴み、大理石のテーブルを素手でひび割れさせるお嬢様は、この世の者とは思えない迫力がある。
けれど、専属侍女である私、マルタだけは知っているのだ。
誰もいないお部屋に戻られた時のお嬢様が、実はとっても、年相応で可愛らしい女の子だということを。
「……はぁ。マルタ、大変ですわ」
夜、お部屋でパジャマに着替え終えたお嬢様が、姿見の鏡の前で深刻な顔をして溜息をついた。その手は、ご自身の白く細いお腹のあたりを、おそるおそる触っている。
「どうかなさいましたか、エレノアお嬢様」
「……増えていますの。ほんの少し、本当にわずかですけれど、ウエストのラインが昨日より、コンマ数ミリほど、わたくしの『わがままボディ』へと進化を遂げている気がいたしますわ」
お嬢様は鏡に向かって、これ以上ないほど絶望的な表情を作ってみせた。
私から見れば、絹のような肌に、折れそうなほど華奢な体躯。太るどころか、もっとお肉をつけた方がいいくらいなのだが、お嬢様にとっては死活問題らしい。
「当然ですわよね……。お昼に学園のテラスで、友人たちが残したスコーンをこっそり無限収納に回収して、夕食前に全部わたくしの胃袋に納めましたもの。それに、お父様が残したステーキの脂身も……。ああ、でも、お菓子の神様と牛さんに罪はありませんわ! 残すなんて、そんな不届きなこと、私のソウル(魂)が許さなかったのです……!」
頭を抱えてベッドにごろごろと転がるお嬢様。
その姿は、昼間の凛とした伯爵令嬢とは程遠い、ただの「食べすぎて後悔している少女」そのものだった。
前世で餓死しかけたというお嬢様(時々口にされる『リボばらい』という謎の暗黒魔術のせいらしい)は、「食べ物を無駄にしない」という鉄の意志を持っている。
けれど同時に、現世の彼女は「年頃の伯爵令嬢」なのだ。お洒落もしたいし、綺麗なドレスだって着こなしたい。
「残したくない、けれど太りたくない……! ああ、神様、どうして人間の胃袋は無限ではないのですか! なぜ食べた分のカロリーは全て脂肪という名の貯金になってしまうのですか!」
「お嬢様、落ち着いてください。何が何だかは分かりませんが、お嬢様は毎日、若様を裏庭で引きずり回したり、全力で玄関を磨いたりして、凄まじい運動量をこなされています。これくらい、すぐに消費されますわ」
私が温かいハーブティー(もちろん、お嬢様直伝の『出汁用に使った果物の皮』で作った特製エコティーだ)を差し出すと、お嬢様はベッドから起き上がり、嬉しそうに両手でカップを包み込んだ。
「マルタ、いつもありがとう。貴方のその言葉だけが、わたくしの脂肪細胞への免罪符ですわ……」
ふにゃりと、本当に幸せそうに目を細めてお茶を飲むお嬢様。
この顔を料理長や若様が見たら、きっと腰を抜かすに違いない。
「……でも、やっぱり明日からは、少しだけ生活魔法で『強制脂肪燃焼』の術式を開発した方が良いかしら。ついでに、お兄様のお腹周りの贅肉も一緒に燃やし尽くして差し上げましょう。あの方は最近、少しサボり気味ですからね」
「それは良いお考えですね。若様も喜びますわ(物理的に)」
「ふふ、決まりですわね。……ん、マルタ? このハーブティー、ほんの少しだけ柑橘のピールの渋みが出ていますわ。お湯の温度が2度ほど高かったかしら? 次はもう少し低めで淹れると、皮の甘みが引き立ちますわよ」
「……っ、失礼いたしました! 精進いたします!」
一瞬だけ「スーパー家政婦」の鋭い目が光り、私は思わず背筋を伸ばした。
優しくて、食いしん坊で、ちょっと体型を気にする可愛いお嬢様。けれどやっぱり、家事に関しては一ミリの妥協も許さない、我が家の完璧なる支配者なのであった。
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