第6話:学園のテラスと、留守宅のフラグ建築
学園ではなんとか取り繕いたいお年ごろ…
気品あふれる白亜の校舎、瑞々しい緑に囲まれた貴族学園のカフェテラス。
そこは、選ばれし名門貴族の子女たちが優雅に談笑する社交の場である。
「まあ、今日の日替わりパスタ、少しトマトの酸味が強すぎますわ。わたくし、半分残してしまいますわね」
「こちらのスコーンも、少々パサついていて口に合いませんわ。紅茶だけで十分ですわね」
ふふふ、と扇子で口元を隠しながら笑う友人令嬢たち。
彼女たちにとって、出された料理を少し残すのは「少食で上品な淑女」のアピールに過ぎない。
だが、そのテーブルの対面に座るエレノアの脳内は、完全に**『修羅の国』**と化していた。
(……リボ払い。闇金。公園の雑草。泥の味。胃がねじ切れる痛み。……今、このアマども、なんて言ったかしら? 残す? 口に合わない? トマトの酸味? じっくり煮込んで酸味を飛ばさない厨房の怠慢も万死に値するけれど、それを作った農家に土下座して一粒残さず貪り喰えぇぇぇ!!)
「……エレノア様? どうかなさいましたの? お顔が少々般若のようになっておられますが……」
友人令嬢の一人が、怯えたように尋ねる。
エレノアは、前世の「極限の飢え」からくる破壊衝動を必死に抑え込み、令嬢としての完璧な笑みを顔面に貼り付けた。
「いいえ? 何でもありませんわ。ただ、食べ物を粗末にする不届き者は**『全員ブチ殺して生ゴミ以下にリサイクルして差し上げようかしら』**と、そう思っただけですわ。うふふ」
「えっ……? 今、ブチ殺……って聞こえたような……?」
「あら、皆様の聞き違いですわ。鳥のさえずり(バード・ソング)が心地よいですわね、と言いましたのよ」
エレノアが優雅にティーカップを持ち上げた瞬間、**ミシ、ミシシッ……**と陶器が悲鳴を上げた。よく見ると、エレノアの指がカップの取っ手にめり込んでいる。
「あ、あら? エレノア様、お使いのカップが歪んでいるように見えますわ……?」
「気のせいですわ。太陽の光の屈折による、見間違いではあられなくて?」
そう言ってエレノアが微笑むと、背後から立ち上る目に見えない漆黒のオーラ(生活魔法の暴走)の圧力により、テラスの噴水の水圧がピタリと止まった。
しかし、学園の令嬢たちは「名門カトリーヌ家の令嬢がそんな野蛮なわけがない」という偏見フィルターがかかっているため、全てを「見間違い、聞き違い」として華麗に脳内処理していくのだった。
(耐えろ、私……! ここは学園、私は伯爵令嬢……! 帰ったら、あの残されたパスタとスコーンを、こっそり無限収納に回収して夜食にリメイクするのよ……!)
エレノアは血の涙を流さんばかりの執念で、静かにスープを口に運ぶのだった。
◇◇◇
一方その頃、カトリーヌ伯爵邸は――かつてない解放感に包まれていた。
「ふはははは! 奴がいない! 魔王がいないぞ!」
リビングのソファに贅沢に寝そべり、ポテトチップス(のような魔獣の皮の揚げ物)を食べているのは、兄ジュリアンだ。
普段ならエレノアの監視の目が光り、1ミリの姿勢の乱れも許されないが、今は学園の授業中。彼女が帰ってくるまで、まだ数時間は猶予がある。
「ジュリアン、あなた、はしたないわよ。……でも、本当に静かで平和ねぇ」
母親の伯爵夫人も、優雅に紅茶を飲みながら、お気に入りの高級焼き菓子を口に運んでいた。だが、少し飽きたのか、お菓子の端を少しだけ皿に残して侍女に下げさせた。
厨房でも、料理長が鼻歌を歌いながら仕込みをしていた。
「へへん、お嬢様がいない隙に……この硬いカブの皮くらい、ゴミ箱にポイしちゃってもバレやしないさ。毎回ベジブロスにするのは骨が折れるんだよ」
さらに玄関では、メイドたちが雑巾を放り出して駄弁っていた。
「ねー、玄関のチェックって夕方、お嬢様が帰ってくる直前に一回やればよくない? 今はお茶にしちゃおー!」
「「それ最高ー!」」
彼らは、つかの間のパラダイスを満喫していた。
この数日間、エレノアによって叩き込まれた「完璧な家政」の反動で、少しだけ、本当に少しだけ、昼間の手抜きをしてしまったのだ。
「まぁ、夕方までに全部綺麗に戻しておけば問題ないわよね!」
ジュリアンたちがそう言って笑い合っていた、その時。
ガタガタガタガタガタガタ……!!!!
突如として、屋敷全体が地震のように細かく震え始めた。
いや、地震ではない。地響きとともに、凄まじい「殺気」と「魔力」が、屋敷の遙か遠方――学園の方角から、地を這うように伝わってきたのだ。
「な、なんだこの圧は……!?」
ジュリアンがソファから転げ落ちる。
料理長がゴミ箱に捨てたカブの皮が、恐怖で震えるようにカタカタと音を立て、メイドたちがサボっていた玄関の扉の隙間から、ヒュゥゥゥと冷たい呪いの風が吹き込んできた。
彼らは知らなかった。
学園のテラスで友人令嬢たちの食べ残しを目撃し、怒りのボルテージが限界突破に達したエレノアの感覚が、生活魔法を媒介にして、留守宅の「手抜き」を本能的に察知してしまったことを。
「……ま、まずい……! 片付けろ! カブの皮を拾え! 玄関を磨けぇぇぇ!!」
ジュリアンが絶叫した瞬間、パカン、と屋敷の正面扉が左右に開き、そこには――。
夕日を背に浴びて逆光になり、顔が完全に影で隠れた、微笑むエレノアが立っていた。
「ただいま戻りました、お兄様、お母様。……なんだか我が家から、**『リボ払い』**の時と同じ、破滅の臭いがいたしますわね?」
「「「「ひ、悲鳴を上げる暇すらないぃぃぃぃぃ!!!!」」」」
つかの間の平和は終わりを告げ、カトリーヌ伯爵邸には、いつも以上の倍の密度の「食育(物理)」の嵐が吹き荒れるのだった。
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