第4話:スーパー家政婦のガチ指導〜ゴミ箱の中にお宝が眠っている〜
みんなが同じ方向を向いて働いていくことが大切ですね。
カトリーヌ伯爵家の朝は、地獄のような緊張感とともに始まった。
主である伯爵夫妻と若旦那ジュリアンが、毎食お皿をピカピカに舐めあげるほど綺麗に完食するようになって数日。ついにその矛先が、使用人たちへと向けられたのだ。
「――料理長。今、ゴミ箱に捨てようとしたそれ、何ですの?」
厨房に、冷徹な鈴の音のような声が響き渡った。
ビクゥッ!と肩を震わせたのは、この道30年のベテラン料理長だ。彼の前に立つエレノアは、腕組みをしたまま、ゴミ箱の中を冷たい目で見下ろしている。
「は、はい……? 野菜の皮やヘタ、それに肉の脂身のクズですが……。お嬢様、これらは料理に使えない『ゴミ』でございますが……」
「ゴミ、ですって?」
エレノアの額に青筋がピキリと浮かぶ。厨房の温度が急速に下がり、料理人たちがガタガタと震え出した。
「リボ払い……じゃなくて、前世の……いえ、私の夢に出てきた飢餓の地獄ではね、その野菜の皮一枚、根っこ一つで、何人の人間が命を繋ぎ止められたか。それを『ゴミ』と呼ぶなんて、いい度胸ですわね?」
「ひ、ひえっ……!」
「いいですか。玉ねぎの皮、ニンジンのヘタ、セロリの葉……これらには野菜本来の強烈な旨味と栄養が詰まっているのです。綺麗に洗ってじっくり煮出せば、極上の野菜出汁になるのを知らないのですか? あと、そこのパスタの茹で汁! なぜ捨てるのです!」
「えっ、茹で汁なんてただの湯では……!」
「ただの湯なわけがないでしょう! 麦のデンプンが溶け出したその茹で汁は、ソースにとろみをつけ、味を一体化させるための最高の『魔法の水分』です! 料理長、貴方ほどのプロが食材の可能性を殺してどうするのです。今日から、この厨房で何かを『捨てる』時は、私の許可を取りなさい。さもなければ――」
エレノアは流し台の横にあった大理石のすり鉢を、素手で**ミキィ……**と握り潰した。
「――貴方の職人生命を『ゴミ』にして差し上げますわ」
「すべて出汁にします!! 茹で汁も家宝のように保管します!!」
料理長は涙目で鍋にすがりついた。こうして厨房の調教(意識改革)は完璧に完了した。
◇◇◇
厨房の次は、館全体の清掃を担当するメイドたちの番だった。
エレノアは白いレースの手袋をはめ、メイド長をはじめとするメイド一同を従えて廊下に立っていた。
「さて、次は皆さんの番ですわね」
エレノアが向かったのは、まず**【水回り】**――浴室と洗面所だ。
一見、綺麗に磨かれているように見えるが、エレノアは蛇口の裏側を指でスッと撫でた。
「メイド長。これは何かしら?」
手袋の先に、うっすらと白い水垢がついている。
「あ、あの……毎日お掃除はしておりますが、どうしても水滴が……」
「言い訳は聞きません。水回りは『運気と衛生の源泉』。ここに曇りがある家は、いずれ財政も心も腐ります。生活魔法『乾燥』と『研磨』をこう組み合わせるのよ!」
エレノアが指先から微弱な魔力を放つと、魔力を含んだクエン酸(のような成分)が蛇口を包み込み、一瞬にして新品の鏡のようにピカピカに輝き出した。
「ひ、一瞬で……!?」
「これは魔法の力だけではありません。毎日の『水気の拭き取り』を怠らなければ、魔法を使わずとも維持できる基本です。水回り一箇所につき、水滴一つ残すことは許しません!」
「は、はいっ!」
そして、エレノアが最後にメイドたちを連れて向かったのは、邸宅の**【玄関】**だった。
エレノアは玄関マットをめくり、扉の蝶番の隙間を指でなぞる。そこにはうっすらと、外から風で運ばれてきた砂埃が溜まっていた。
「皆さん、よーーーくお聞きなさい」
エレノアは振り返り、メイドたちを鋭い眼光で見据えた。
「**【玄関は、家の顔】**です!!」
その言葉には、前世で数々の大富豪の家を仕切ってきた「スーパー家政婦」としての絶対的なプライドがこもっていた。
「ここを通って、お客様が来られ、お父様がお仕事に向かわれるのです。家の顔が泥にまみれていて、どうして伯爵家としての威厳が保てるというのですか! ドアノブの指紋、床のタイルの隙間の砂、扉の上の埃……これらが少しでも残っていたら、その日のカトリーヌ伯爵家の格式は『地に落ちた』と同義ですわ!」
「お、お嬢様、しかし玄関は外からの汚れがすぐに……」
「すぐに汚れるからこそ、1日に3回、気配を察して磨き上げるのです! 良いですか、明日から玄関の掃除チェックは、私がこの白手袋で行います。もし少しでも黒い汚れがついたら……」
エレノアはにっこりと、しかし般若のような威圧感を放ちながら微笑んだ。
「――皆さんの部屋のベッドのシーツを、生活魔法でガチガチの氷漬け(アイスベッド)にして差し上げますわ。朝まで凍えて過ごしたくなければ、顔が映るまで玄関を磨き上げなさい!」
「「「ひ、ひいいいぃぃぃ!!!」」」
メイドたちは一斉に雑巾とブラシを掴み、狂ったように玄関を磨き始め、料理長は野菜くずを愛おしそうに鍋で煮込み始めた。
こうして、カトリーヌ伯爵家は「一粒の食材も無駄にせず、塵一つ落ちていない、異世界最強の超ホワイト(物理的強制)屋敷」へと変貌を遂げたのだった。
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