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第の四 さぁ、異世界Phantasie



 湿地帯にはモンスターの山が積まれている。やはり、魔王城に近づけば近づくほどに強く、多くなっていく。亜種も増えていく。




 凶暴で少々厄介なんだよね。特殊スキル持ちもたまに居るし。でもまぁ、経験値高いから狩り得ではあるよ。



「魔王城到達までの第一関門、王城を囲む毒沼」



 これはエクタルを近づければ自然と引いていくから突破出来る。リツトミの意識が戻りかけるが、そこは眠気を堪えるみたいなもの。何とか気合で持ち切る。




 エクタル…ありがとう。君までは実際に顔を合わせた事があるが、君は、命懸けの戦闘をするには幼すぎたね。けど今は、俺よりも歳上なんじゃないかい。




 君だけは戻れない。この病が治ろうと。



「……来たか。エノム」


「うん。アマツ、ここから先はエクタル…って、もう解決済みのようだね」


「ああ、エクタルを持つ俺の周囲のみ毒沼は引く。つまりは、エノム」


「OK、アマツ。後ろにくっついていれば良いんだね」


「話が早いな。流石に何度も経験してるだけはあるよ。………行くぞ」



 槍を地面に突き立てながら、地に線を引いていくようにしてエノムと共に毒沼を進む。城までを囲む毒沼はかなり広く百メートル以下のいくつかといったところ。




 平和的に進んでいきたいが。



「エノム」


「OK」



 空からコウモリのような触手のあるモンスターが複数匹飛来してきた。口と思われる穴からは、たった今通り抜けようとしている毒沼と同色の消化液が垂れ流しになっている。そう、毒沼は言い換えるとこのコウモリの涎の水溜りなのさ。




 かぁー!汚ねぇ!



「エノム!」


「引き……」


「ぶっ放つ!」



 インベントリから弓矢を手に移し入れ、エノムと共にコウモリモドキを次々に撃ち落としてゆく。涎以外も、ヤツの体液は毒沼色。落ちてきた死骸はきっちりと避けて駆ける。




 走れば割とすぐにここの沼は抜けられる。さぁ、コウモリモドキがリスポーンする前に沼を抜けようか。




 足元は石のタイルのように走りやすい。沼というのなら足を取られて然るべきなのだろうが、俺とエノムには関係ない。…NPCである事も関係ない。




 何故だと思う?




 俺達兄妹はバグってきているのさ。数十回のループと勇者達のルート開拓により、少しずつ本来のルート軸から外れてきているのさ。




 俺達は本来なら今、既に王城内にいる頃合いだ。だからスタスタと石のタイルの上を進むように足を運べるのだ。攻略が遅延しているというのに、身体的に及ぼされるはずの影響はそのまま。本来のルート軸で進行するらしい。




 つまり、エノムに残る時間は少ない。




 俺の妹は明日を迎えずに首をはねられ息絶える。そして生き返り…また死ぬまでの行動を。いや………勇者が来るまではギルド内の隅で直立不動か。




 恐ろしいもんだよ。立って勇者を待ち続け、来ない日は首が飛び死ぬ。俺がその立ち位置を変われるのなら変わりたいところだ。…が、不可。この世界には俺にしかできない役がある。エノムには申し訳ないが…病を解決するまでは生と死を繰り返してもらう他ないんだ。




 全ては魔王。今回こそ。俺の手で。



「沼を抜けたね。次は…」


「エクタル。今回もまた…頼むよ」



 沼を越えた先。王城まではまだ距離があり、開けた殺風景な大地が見られる。しかし侮るなかれ、この視界に映る大地にはこれでもかと増殖バグを起こした地雷がパンパンに詰まっている。




 俺は今からエクタルを地面に突き立て雷を放出する予定だ。全ての地雷を起爆させる。と、いうことだ。




 そんな事をしたら巻き込まれるんじゃないか?王城に対してダメージ与えられるんじゃないか?…が、否。否、否、否。



「はぁ…!」



 地面に突き立てたエクタルを介して、自身の魔力を大地全体へ行き渡らせる。そこから魔力の変換を。




 ただの魔力を雷へ変換。




 瞬時に視界を眩ませる閃光。肌を揺らす轟々とした空気。俺達には影響はないが、魔王城周囲の大地は隕石にでも当たられたかのように崩壊している。




 そんな、大地を。



「さて、地雷は片付いた。ニューレコードじゃないかい?エノム」


「エクタルを見つけて貰えなかったらまたやり直しだったね。危ないところだったよ。…あれはアマツが?」


「ああ、少しだけ干渉してエクタルを取らせた」



 石のタイルの上を進むように、崩壊した大地を無視してスタスタと駆けゆく。モンスターは襲われたら倒す程度の塩梅で。




 崩壊した大地を抜けて魔王城内部へ。




 先の爆発なんて無かった。そう錯覚させられるほどに静かで、装飾の整っている長く暗い廊下。天井を見上げると黒。いいや…コウモリモドキが密集しているのか。




 なにぶん、ここまで進むのは久々でね。覚えていない事とかあるんだよ。




 廊下をカツカツと靴を鳴らして駆け通る。




 なぜリツトミの身体を乗っ取っているのか?…まぁ、簡潔に述べると、この世界には役がある。一般人A、村人C、戦士B、王様E。そして、勇者。




 俺は産まれながらにして勇者と呼ばれた。アマツという名よりも先に、勇者という役を天から与えられたんだ。




 そして、この世界の人間は役以外のことが出来ない。自身に課せられた役以上の行動が禁じられているんだ。あぁ、出来はする。僕らは禁じられているだけだからね。……破った時に歪みが生じてバグってしまうんだけど。




 俺は勇者として魔王と戦った。と、記憶している。最後の一撃を叩き込む。その役を持つ勇者としての責務を果たした。と、俺は記憶している。




 だが、なんだこの有様は。




 …でも、この有様には納得もしている。




 俺は度重なる禁止事項破りを繰り返し過ぎたんだ。故に身体を失った。故に乗っ取らないといけなくなった。




 別に魔王を倒すのは異世界から呼んだ勇者で良い?わかるよ。でもね、この世界には役があるんだ。一人一人にね。




 俺はこの世界で魔王を倒す勇者の役をもらっている。だからこそ、俺がやらねばならない。歴代勇者を犠牲にしても。




 今までの勇者もそうしてきた。今回が失敗すれば、またこれからもそうする。魔王は俺にしか倒せないからね。




 俺が死んだら役は別の人に移る。そう願いたいが、死んでも死んでもリスポーンさ。そう、この命は魔王を倒すまでは終われないんだ。役を演じきるまでずっとね。



「勇者め!ここは通さぬ!魔王様に会いたくば…」


「『イグファンタジー』!」


「………モ~…!モ~…!」


「すまない!あんたはもう、ただの牛として生きてくれ…!」



 曲がり角から出てきたイベントモンスター…の、牛の化物。こいつを本物の牛にしてやった。今はタイムアタック中なんで、大人げないとかそんなの知らない。こっちは命かけてんだよ!今回のルートに!




 『イグファンタジー』とは、理想を現実へ置き換える魔法だ。いや…なんて言えばいいのか…まぁ…うーん?リツトミの記憶から抜粋すると、真実の鏡という感覚かな。




 俺たち兄妹のような、この世界に元々産まれ落ちたキャラにはモンスターにしか見えないが、外の世界から来たリツトミや歴代勇者からすれば、あいつらはただの牛やコウモリでしかない。




 厄介だろ?




 ゴブリンに試してみろって?馬鹿か、鬼だぞ変えた先は絶対。もっと強くしてどうする。



「おぉ~!凄いよ凄いよアマツ…!その魔法見たことないや、いつ習得したんだい?」


「……メイガスとリリアのルートで、エノムの首が飛んだあと」


「おおっ…もう少し生きれていたら、あの後も見れたんだもんね。どんな感じだったのか訊きたかったんだ俺!アマツ、教えてよ!」



 …苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。



「…まぁ、全てが終わってから、落ち着いてからでもいいよね。ごめん兄さん、行こう…!」


「おう、すまないなエノム」



 後方の牛がも~も~うるさくて助かっているよ。なんだか少しメルヘンで、シリアスさが減少している気がする。牛さんありがとう。帰ってきたときには皆で分け合うね。




 メイガスとリリア。二名の勇者。俺らと同じ兄妹での勇者。感情移入するには十分すぎる情報だった。




 簡潔にまとめると…俺達は魔王城……いいや、違うね。俺は出来なかったから、居なかったから違う。




 魔王戦を俺は観ていた。霊体で眺めていた。そのまま倒してくれることを、俺以外でも倒せることを願って見つめていた。そうしていたんだ。馬鹿みたいにね。




 けど、やはりというか魔王は勇者役にしか殺せなくて。トドメを刺そうとしても剣が折れ、メイガスも大きくダメージを負わされた。




 メイガスとリリアは命からがら逃げることは出来た。…けど、彼らは思慮深い性格でね。エノムの遺体を外まで持って行ってくれたんだ。勝手に消えて、リスポーンするというのに。




 実績が開かれた。エノムが魔王城から出るという…そんな実績が。役のルール上、俺達は魔王城に入ったら死ぬまで出られない。けど…それを破った。故に実績が解除され、魔法を得た。




 それで知った。実績を解くと強力な力を得られるということをね。余りにも遅すぎるけれど、これも彼ら兄妹勇者のおかげだったよ。




 エノムを弔った後、兄妹は魔王城近くの街まで逃げおおす事が出来たんだ。逃げおおせるまでは出来たんだ。




 けれど、メイガスが病を患った。




 リリアも少し侵された。




 魔王城は病が進行しやすいらしく、勇者だったとしてもソレは例外にはしてくれない。




 で、まぁ、リリアは初めの街まで飛空車で飛び、自らの病を遅らせるために仮死状態となり、持ち前の能力で姿を変えて数十年間をひたすら待った。……で、ご存じさ。



「俺は弱かったな。…最後の一撃の時に、リスク覚悟でメイガスの身体を奪えていたら良かったというのに…」



 情けは人の為ならず……かぁ。使いどころ違うけど、直で読むならそのままだよ。同情で俺は彼らを殺してしまったんだ。悔やまれる。今でも悔やまれる。




 死んじゃうんだ。身体を乗っ取ると、乗っ取られた側の人間は。



「あっ!!兄さ……アマツ!扉だよ、ついに見え…」



 魔王が待機している部屋の扉を指差したエノム。けど、首はいつの間にかスパッときれいに飛んでいる。力なく、走る勢いをなくせず、痛々しい音を立てて、俺の妹はまた死んだ。



「あー……やっぱしんどいな。何回ループしても、俺はお前の死で泪が止まらなくなる」



 お前は、産まれたあの日から…こういう役だったのかもしれないな。




 ふざけんなよ世界。俺は魔王より世界を憎む。俺は病より世界を恐れる。俺は世界の平和なんかより、妹の笑顔を守りたい。




 しかし俺は、勇者だった。



「魔王…あんたを倒した先に、どんな平和があるっていうんだ?」



 また、最後の一撃を叩き込む時に、ループに入ってしまうんじゃないか?



「ふふふっ…勇者病とは言い得て妙だったよね。俺は期待している。俺はリツトミ、君に期待しているよ」



 扉に手をかけて、エクタルを片手に室内へ乗り込む。




 いざ魔王戦。俺の役の最終舞台。



「来たか……アマツよ。………もう………何年ぶりなのだろうな?わからぬ。我にはもう、どうでもよい。またお前を殺し…………ループさせるだけの事よ」


「魔王…!何故ッ!………なぜ…NPC病を放った。その様子を見るに、お前ですら病に侵されつつあるんだろ?」


「お前に答えてやる義理はない。……そんなセリフも、役も、何もない。………我とお前は………死合うのみよ」



 老体に鞭を打って椅子から立ち上がり、椅子に立てかけてあった槍を手に取る魔王。俺もエクタルの穂先を魔王へ構え、戦闘の準備を始めた。




 俺自身が直接魔王と戦うのは百年ぶりくらいだろうか?いいや、もっと近いか。




 …ここで魔王を倒したらエノムはどうなる?



「そんなこと、後で泣いて考えるさ」


「かつての友よ。心苦しいがまだ我も死ぬわけにはいかぬのだ。我の役を果たすまでは…………死ぬことなど、許されぬのよ…!」


「俺を友と呼ぶなッ…!」



 魔王へエクタルを振り下ろすと、対照的に魔王は下から槍を振るいかち合わせて。互いの得物から火花が散り、静寂な空間に風が産まれる。




 魔王は「護り」としての振るいだというのに、どうしてこう重たいんだ。攻められたらたまったもんじゃあない。骨が折れるだけなら上々といったところだな。



「諦めてくれ………天津(アマツ)よ…!」


「うるせぇよ…!門瑠(カトル)ゥッ…!!」



 俺達は親友だった。




 役の効力が、舞台の幕が、前任の魔王と勇者が……〝アガる〟までは。




 俺達は親友だった。



「うおおおおおおおおおぉぉぉッッッ……!!!」



 槍同士が甲高い金属音を奏でる。なぁ神様、これはいったいどちらの鎮魂歌だと言うのだ?誰の魂を鎮めると言うのだ?ぜひとも知りたいものだよ。




 魔法を放ち、エクタルを振りかぶる。一瞬だけ意識がとびかけるも、気合で維持。



「皆に病を流行らせて、あんたはいったい何がしたいんだよ…!役の開示をしろ!」


「それが…それが出来ぬからッ…!!我は…!」



 魔王の顔が哀しみに歪む。




 あぁ…そんな顔するなよ。くそっ…目ぇ合わせなければ良かった。



「我は魔王…!この世界を恐怖で支配し、逆らう者を蹂躙し続ける暗黒の(すめらぎ)よ!」


「言いたくなさそうに言いやがって…!役になりきるなら最後まで全うしろよ!俺はしている!役を与えられて、シナリオが始まって……百数十年間ずっとな!」



 やはり強い!ステータスはかなり上がったし、メイガスもあと一歩まで追い詰めることが出来ていたはずなのに、どうしてこうも差が出てしまうのか。




 ……分かってるさ。ああ、感情が腕を鈍らせる。




 やはり俺は…役を演じきるには無情さが足りない。




 NPCとしての勇者ならば、俺は魔王を簡単に倒せているのだろう。



「どの世界も勇者は魔王を討つのさッ!そういうシナリオなんだよRPGゲームというものは!俺達はその役を与えられ、今日まで全うしている…!」


「ッ…!」



 槍の穂先で魔王の片腹を貫く。かつての親友を、自らの手で傷つける。ジクジクと衣服の上からでも分かるほどに…あぁ、なんで俺がこんな。



「何故、涙を流すのだ…勇者というのならば、喜んで然るべきなのではないか?それに…我には言い聞かせているようにしか聞こえぬ。勇者は魔王を討つ…?ぬかせッ!」


「ゴプォッ……!」



 魔王の槍が俺の胸を通過した。



「さぁ、勇者よ。また繰り返すのだ。今度は数十年先に会えることを願うぞ」


「はぁ…はぁ…はぁ………ガフッ…」



 痛みは昔から感じない。そういうスキルが生まれつき、勇者という役と共に与えられているんだ。でも…心が俺にはあったから。痛いんだ。またコイツに俺を殺させたという事実に痛めつけられるんだ。




 やはり俺は魔王よりも世界を憎む。病より世界を恐れる。俺は勇者だが…役を演じきるには(やまい)の進行が足りてないようで。




 くそ。




 涙なんか流しやがって。



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