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第の三 もう、異世界Character



 魔王城近くの街に到着し、飛空車を降りるとエノムは魂が宿ったかのようにして、まるで何もなかったかのようにして、俺に声をかけてくる。




 あ、律臣です。




 宿屋に宛てがあるらしく、率先してそこまで案内をしてくれた。これはエノム自身の思考なのか、それともそういうルートをなぞっているだけなのか。




 宿は割と良い所で鍵も付いてて個室の風呂とトイレがある。こういう異世界でこれは中々に上等な部類なんじゃないか。魔王城近くの街は稼ぎの多い強い冒険者しかいないからこそ、この潤澤した施設なのかな。




 背中に引っさげていた槍を部屋の壁に立てかけて、その他の荷物も近いところへドサッと置く。




 なんかどっと疲れた気がする。




 因みにだが、エノムは別の部屋にいる。……多分、何もしないでストーリーが進むのを待ってるんじゃないかな。確かめたいけど、確かめた結果は真の焦燥だ。認めるよ。俺は焦りに震えている。




 意思を持たない存在となり、死も生も感じ取れない状態を永遠と繰り返すのだと思うとゾッとする。だからこそ、改めて魔王討伐に身がはいる。そして俺は風呂にはいる。




 湯加減は丁度良い。このまま眠ってしまいそうになる程に。いや、ほんと。いい湯だなアハハンって感じなんだ。




 ………明日は魔王城へ乗り込もう。まともな戦闘とかしたコトないけど、なるようになるはず。レベリングなら、魔王戦の道中ですれば解決さ。




 すっかり暗くなった空を窓越しに眺める。




 風呂に浸かりながら、窓の向こうの月を見つめる。




 こんな世界でも、日は昇り、月は沈む。これは、自然現象だから病の干渉とは無関係なんだろうよ。




 もし今後、この世界が晴れで、時間帯も昼で固定されるのなら、それがこの世界の終わりだろーな。病が進み、全人類…いや、全生物が同じ行動をループする進展なき平和な世界。




 くだらねぇクソゲーだ。




 …熱い。長湯しすぎたな。頭もクラっと来る。



「あがるか…」



 部屋に戻りベッドへ横になる。この世界に来ての初めての就寝だ。……正直怖い。このまま起きれないんじゃないかと思うと、死より怖い。明日は我が身という言葉が脳に蠢くのを感じてはかき消すように寝返りを打つ。




 あぁ…何やってんだろ。




 そうこうしてるうちに朝になっていた。寝た気はあまりしない。鏡があれば目の下のくまを確認出来るだろうよ。




 歴代勇者はこんな悩み方してたのか?



「…イカれる前に、魔王倒さねぇと」



 壁に立てかけていた槍を手に持ち、割と近くにある魔王の城を窓から睨む。やけに暗く、やけにおぞましく、そして…やけに規則的なコウモリたち。




 街の中の人間は皆して同じ動きをして。



「………」



 俺の身体の周りをぐるぐるとふよふよとしている羽根の生えた光の玉を見つめて、ため息を。こんなところでぼーっとしてる場合じゃない。エノムを引き連れてさっさと魔王城乗り込むぞ。




 行動に移す。




 部屋で待機していたエノムに声をかけて追従させる。背後を同じ道筋で、通った足跡の上を重ねるようにして。少しそれに吐き気を催して。でも、飲み込んだ。




 街の中を歩き、住人に声をかけてみるが誰も彼もが同じ言葉を繰り返すばかり。人によっては何も喋らないこともある。



「……おあ…なんか風変わりな奴いる。居るよなぁ、NPCの中にも目を引く格好してる奴。……よっ、今日は雨模様で快晴だな!昼メシに野球でも送らないか?なんつって!がははは!」



 とりあえず適当に声をかける。通行人にもこんな感じで適当な言葉で話してるぞ。狂っているわけじゃないぞ。こうでもしないと、バグみたいなセリフじゃないと落ち着かないんだよ。



「リリア……」


「うんうんそっか。んじゃ……って、リリアって言ったか?あんた」


「リリア…」


「リリアって言うと、勇者のリリアか?それとも…そのへんのって言うとアレだが、一般のリリアか?」


「リリア……勇者を呼べ…次へ…繋げ…弱い兄を…許さないでくれ…リリア………会いてぇよ…」



 何かが起因したのかは定かではないが、途端に流暢に語り始める男。この男。この男。俺はたぶん名前を知っている。



「メイガスか?あんた…」


「リリア…」


「そっ……か」



 身体の周りをぐるぐるふよふよしている光の玉。リリアを彼の身体へぐぐいっと押す。譲り渡して、魔王倒して、意識戻って妹と会えでハッピーエンド迎えさそうってね。




 でも、リリアは何回押しても磁石のように戻ってくる。むしろ、リリアを俺から離すと、リリアを俺から離すと……っ…こうなる。




 なるほどな。お前が俺の周り飛んでんのには意味があったんだな。




 ……俺は既に、この世界に侵食されてたんだな。



「生命ある命綱か…趣味が悪いぜ。いや…ほんと」



 これってメイガスの周りを回転させたら、メイガスは復帰するのか?…だが、試そうにも離せそうにない。なんなら、離す途中で意識が、離す途中で意識が、……変になるし、リリアは自動で戻ってくる。



「…行くぞエノム」


「OK、リーダー」



 メイガスから離れ、再び魔王城へ向かい通行人へ挨拶しながら歩く。にしてもまだご存命だったとは。…アレを生きていると言うには残酷かもしれないけど。




 リリアを今までよりも意識しながら進む道は、その前よりなんだか狭く感じる。無いんだろうけど、他の人に移ったらって。ここ、NPCたくさんいるからさ。…伝染ることじゃなく、移ることを気にするなんてな。




 道行く会話に耳を傾けると同じことを繰り返すばかりで、何の生産性も変化も無かった。てか、俺が声をかける以外でも喋るのか。いや…お互いの声がトリガーになってんのか。




 エノムの発言を思い起こすと、記憶が曖昧なようだ。この間は。




 しかも、食事を要さない。生理的な面は全て関係ない。一日という規則的な時間を、彼らは同じ道筋でループしている。故に、病を患う前に行なっていた行動を繰り返している。あぁ、スキルの力です。




 だから、餓死した人も大勢いるんだって。



「…人類を間接的に減らすのなら、大成功だな。じゃあ何なんだ?減らすのが目的なら果たされたはずだ…何でまだ病は治まってないんだ?魔王に訊くしかねーか」



 シンプルに、全人類が己に歯向かわないようにし続けられるってぇのは…それはそれは安泰な日々が待っているのだろう。それが答えかは分からないが、俺ならこうだな。




 

 街並みを越えて、森林地帯へ。…が、地面の色が変わる。毒々しい紫色の地面だ。生えている木々もわずかばかり不気味な雰囲気。虫はいねぇだろうな。




 地面を踏むとぐにゃっと凹み嫌な感覚。魔王城までこの気持ち悪い柔らかさか。因みに、足跡がどうなってるのか振り返ってみると驚き。エノムは沈まず、まるで石のタイルの上を歩くかのように追従していた。あ、俺の歩いた地面は凹みから戻る途中だったよ。




 おいおい、魔王城前の森より味方のが不気味なことあるかよ。まんまモーションだけ貼り付けたキャラだぜ。



「むっ、リーダー!敵襲だ!」


「え?えぇ…!?モンスターが来たか!ど、どこだ…」



 できれば人型じゃないやつ!できれば人型じゃないやつ!あと、ほら、知性ないやつとか!




 初モンスターに胸を高鳴らせつつも、その上で恐怖も覚えている。事故は痛みを感じる間もなくだったから良かった?けど、ヒットポイントとかある世界だからよぉ…ひたすらに痛くても、残りヒットポイントがミリしかなくても、歩けるし生きれるんだよきっと。そう、どれだけしんどくてもよ。




 ダメージは可能な限り負わないようにしないと…いのちだいじに!



「エノムっ!敵はどこにいるんだ…!?」


「はぁっ!うおあああ!」


「………エノム?」


「ふんっ!うりゃあっ!」



 ……まじか。




 空中を剣で斬り、何もない木の上に向かい弓を放っている。当たり前のように誰も居ない。魔物の気配なんざ全くしない。スキルに検知もあるけど…やはりなにも。




 エノムがしているこの行動は、前回のルートをなぞっているとでも言うのだろうか。ここに来て、急に、前回のセーブデータで動き始めたとでも……言うのだろうか。



「ふっ!ぜああー!!」


「………うぷっ…」



 本当に、何だこの嫌悪感は。気色の悪さは。得体のしれなさは。既知への恐怖は。




 あぁ、一日と数時間ちょい。なのに、この世界に来てそれだけなのに。



「ごめん…エノム…お前とは………うっぷ…いたくない」


「っく!しぶとい奴め…!うおおぁー!」


「じゃあな。……うう…」



 気持ち悪い。




 誰かに対してこんな感情を抱くのは間違っている。だけど…流石に嫌だ。俺もああなる…?嫌だそんなの!




 森の中をSAN値を削りながら進む。




 落ちている剣。焚き火跡。戦闘したであろう形跡。そのどれもが鮮明なイメージを脳裏に浮かばせてくる。まずいぞ…精神への侵食が加速している。




 絶対にだ…!絶対!



「俺ってこんなんじゃなかっただろ…!?」



 自分が何者かに変化してゆく感覚が気持ち悪い。




 十七年間生きてきたが、その全てを無かったことにされて、セーブデータを上書き保存されて、また別の誰かにされる。リセットされる。




 俺は外付けの、後付け設定キャラ…いわばMODで追加されるようなキャラだと思いたい。




 解放されてなかっただけで、後々にストーリーに登場するような、そんな未来があらかじめ確定していたキャラじゃない事を、信じたい。




 偶然ではなく必然だったなんて、そんなの、信じたくない。SAN値が削れすぎてちゃんとした思考ができない。俺ってこんな感じだったっけ?あれ?




 あれ?なんでだ?




 あれ?なんでだ?




 あれ?なんでだ?




 あれ?なんでだ?




 あれ?なんてだ?




 あれ?なんでだ?



「俺の名前ってアマツで良いんだよな…?」


『ギェギェギェアアアー!』


「ゴブリンか。なら…」



 一匹でここに来たこいつは囮。ここが見える何処か離れたところ、そこから俺の隙が生まれるのを待っているはず。



「……っぷ…うう…うえぇ……」



 誰だよアマツって…!?誰だったんだよ俺は!今の数秒何だったんだよ…!!ゴブリンなんか居ねぇよ!何なんだ!?何なんだ!俺はリツトミだぞ!




 リツトミって、漢字でどう書くんだっけ?



「う…うえぇぇ…」



 何も出ない。何も出ていない。ステータス異常は何一つとしてない。




 身体の調子が良いことが気持ち悪い。今もなお、アマツに精神が引っ張られている事が気持ち悪い。



「はぁ…はぁ……い、意味…ねぇじゃんかよっ!!」



 身体の周りをぐるぐるふよふよ飛んでいる光の玉を鷲掴み怒鳴りかける。まて、羽根は?ただの光の玉じゃねぇか。




 誰だ…こいつ。




 全身に鳥肌が立つ。鷲掴みしていた光の玉を思わず遠くへぶん投げて、帰ってこない光の玉を尻目に魔王城めがけて走った。



「ぐっ…!?」



 木の根に足を引っ掛けてしまった。そのせいで勢いよく俺はすっ転ぶ。うわ…顔が泥まみれだ。最悪だ…首にまでべっとりついてるぞ。いつの間にか森林地帯を抜けているらしい。




 周囲は泥とうねる木の根。足を取られる湿地帯。




 ……いや待てよ。今どうやって俺は自分の首を見た?




 そんな疑問に答えるように、スキルは律儀に教えてくれる。三人称視点という存在を。俺の視点、俺の背中側から俺の全身を見る視点、俺の腹側から俺の全身を見る視点。



「……あははっ…あひひひ!あははははは!うはっ…!うははは!あーっはははは!嫌だッ!!!」



 もう俺は、この異世界の住人。




 キャラクターになってしまったらしい。



「俺はリツトミ!俺は…!俺はリツトミだ…!嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!俺が俺じゃなくなっていく………!」



 そこで、やっと気がついた。



「うわっ!沈んでる…!沼だからか…!」



 もう足首は完全に埋まっている。引き抜こうと足を引っ張ったが、まるで世界を引き抜こうとしている感覚で、俺には重たすぎた。




 …が、突然沼が引いた。足首が自由になった。




 なんで?



「エクタルが何とかしてくれたってのかよ…」



 背中から槍を手に取り、判明した情報をもとに沼に近づける。スキルが教えてくれた通りだ。するすると沼が無くなっていく。いや、違う。



「ここ…まだ森の中だ」



 どうやら俺は、幻覚を見ていたらしい。




 実績を解除しました。NPC病になる。




 実績を解除しました。自己治療で意識を取り戻す。




 うるさいっ黙れえええぇぇぇッッッーー!



「………ぁぁぁああああアアアアア!アアアアアアアッッッーー!!」



 頭を抱えてうずくまる。自分を抱き締めるように、いなくならないように、自分の存在を失わないように強く強く。




 森の中を木霊する俺の叫び声。反響しては帰ってきて、もはや俺が出している声なのか、なんなのか分からなくなる。俺は今叫んでいるのだろうか?




 嫌だ…!この世界は嫌だ…!




 嫌だ!



「魔王城まであと少しってところか」



 身体を起き上がらせて城めがけて一直線に駆け出す。道中のオークやアラクネ達を槍の穂先で斬り払い、湿地帯の地中から這い出てくるアンデッド共に火炎魔法をばら撒き散らす。




 リリア、よくリツトミを呼んでくれた!




 メイガス、よくリリアを魔王城から生かしてくれた!




 アダロ、よく勇者を二人呼んでくれた!




 エクタル、よくレベリングをして後世を強くしてくれた!




 クェルト、よく魔王城までのルートを開拓してくれた!



「あとは俺が魔王を討つ!」



 勇者アマツがログインしました。



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