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第5話 純白の未来図と、揺るぎない正解

 週末の表参道は、柔らかな春の陽光と、幸せそうなカップルや家族連れの笑顔で溢れていた。

 その中でも、ひときわ目を引く洗練された男女が、並木道を歩いている。結城凛と、橘宗谷だ。

 三十歳の誕生日の夜、オーベルジュでのロマンチックなプロポーズから二ヶ月。

 二人の関係は「完璧な恋人」から「完璧な婚約者」へとステップアップし、その幸福感は日を追うごとに増していくばかりだった。

「凛、疲れてない? ヒールでずっと歩き通しだったから」

「全然平気よ。それより、さっきのチャペル……本当に素敵だったわね。天井が高くて、ステンドグラスから差し込む光がすごく綺麗だった」

 凛の手には、分厚い結婚情報誌と、先ほど見学してきたばかりの高級外資系ホテルのパンフレットが大切に抱えられていた。

 今日は朝から、都内でも有数の格式を誇るホテルのブライダルフェアに参加していたのだ。模擬挙式を見学し、シェフ特製のフルコースを試食し、披露宴会場の装花やテーブルコーディネートの打ち合わせを重ねた。

「君が気に入ってくれて良かった。あそこのチャペルのバージンロードなら、君の美しいウェディングドレス姿が最高に映えると思っていたんだ」

「もう、気が早いわよ。ドレスなんて、まだ何も決めていないのに」

「どんなドレスを選んだって、凛なら世界で一番美しい花嫁になるに決まってる。……ああ、今からその日が待ち遠しいよ」

 宗谷の甘い言葉に、凛は周囲の目も忘れて嬉しそうに微笑んだ。

 結婚式は、半年後の秋に予定している。お互いの仕事のスケジュールを調整し、気候が良く、大安吉日が重なる最高の日取りを宗谷が手配してくれた。

 並木道沿いにある、テラス席の気持ちいいオープンカフェに入ると、二人はこれからの「未来図」について語り合った。

「披露宴の招待客だけど、僕の方は会社の上司や同僚、それから学生時代の友人で、だいたい五十人くらいになりそうかな。凛の方はどう?」

「私も同じくらいになりそう。局長やチームの皆は絶対に呼びたいし、大学時代のゼミの友人たちにも声をかけたいわ。……なんだか、皆に報告するのが照れくさいような、誇らしいような気分」

「誇らしく思っていいんだよ。僕たちは、誰に見せても恥ずかしくない、最高の夫婦になるんだから」

 宗谷が頼んだダージリンティーのカップを置き、真剣な眼差しで凛を見つめる。

「式の準備も大切だけど、新居のこともそろそろ具体的に決めていきたいね。この前カタログを取り寄せた、湾岸エリアの新築タワーマンション。来週、モデルルームの見学予約を入れたんだ」

「本当? あそこ、すごくアクセスが良くて気になっていたの。でも、かなり倍率が高いって聞いていたけど……」

「僕の会社が付き合いのあるデベロッパーの物件だから、少し融通を利かせてもらったんだ。最上階に近い、夜景が一望できる角部屋を押さえてある。……凛の職場にも、僕の会社にも通いやすい最高の立地だよ」

 凛は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。

 タワーマンションの高層階。洗練されたインテリア。完璧なパートナー。

 彼女が思い描いていた「理想の結婚生活」のピースが、宗谷の手によって次々と、そしていとも簡単に嵌め込まれていく。

「でも、あんなに広いお部屋……私、仕事と家事の両立がちゃんとできるかな。宗谷さんにはいつも完璧な奥さんでいたいのに、仕事が立て込むと迷惑をかけちゃうかもしれない」

 ふと漏らした凛の弱音に、宗谷は優しく首を振った。

「凛、僕たちは『パートナー』になるんだよ。家事は僕も半分以上分担するし、お互いのキャリアを一番に尊重し合いたい。君の仕事に対する情熱や、代理店での輝かしい活躍を、結婚を理由に諦めさせたりなんか絶対にしない。……むしろ、君がもっと高く飛べるように、僕が一番の理解者として支えるよ」

 ――なんて、完璧な人なのだろう。

 凛の胸の奥で、彼への愛おしさと尊敬がとめどなく溢れ出す。

 ただ優しいだけではなく、自分の生き方そのものを肯定し、共に歩んでくれる。そんな相手に巡り会えた奇跡に、凛は感謝せずにはいられなかった。

「……ありがとう、宗谷さん。私、あなたと結婚できて、本当に世界一幸せな女ね」

「僕の方こそ、世界一の果報者だよ」

 カフェを出た後、二人はインテリアショップを巡り、新居に置くダイニングテーブルやソファを見て回った。

 どれを指差しても「凛のセンスは素晴らしいね。それにしよう」と笑顔で頷いてくれる宗谷。二人の間に意見の食い違いは一切なく、まるで最初からパズルのピースが完璧に組み合わさっているかのようだった。

 夕暮れ時。

 オレンジ色に染まる街を、二人は手を繋いで歩いていた。

 宗谷の大きく温かい手が、凛の右手をしっかりと包み込んでいる。

(私の人生は、本当に完璧だ)

 凛は繋いだ手から伝わる温もりを感じながら、心の中で静かに反芻した。

 努力を怠らず、常に自分を磨き続け、正しい選択肢だけを選び取ってきた結果が、今のこの圧倒的な幸福だ。

 誰もが羨むような一流企業でのキャリア。

 若くして出世し、優しく、自分を深く愛してくれる非の打ち所がない婚約者。

 豪華な結婚式、都心のタワーマンション、そして彼と共に築く、温かく洗練された家庭。

 すべてが順風満帆。すべてが私の思い通り。

 これから先、何十年と続く二人の人生に、暗い影など一つも落ちるはずがない。

「凛」

「なあに?」

 名前を呼ばれて見上げると、宗谷が愛おしげに目を細めて凛を見下ろしていた。

「愛してる。これからもずっと、君のその美しい笑顔を僕の隣で見せてほしい」

「ええ。もちろんよ、宗谷さん。……私、絶対にあなたを幸せにするわ」

 春の風が、二人の間を優しく吹き抜けていく。

 結城凛の物語は、この上なく甘く、美しく、そして『正しく』彩られていた。

 この完璧なハッピーエンドは、永遠に約束されているのだと、凛は心の底から信じて疑わなかった。

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