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ジョシュアの受難「酒は飲んでも呑まれるな」⑤

「うう、お労しやルチカ様……王都でそのような憂き目にあっておられたとは…やはりあの時、ワシが無理にでも引き取っていれば…ううっ」

「ゲイルさんのせいじゃないですよ! ルッティアさん、ゲイルさんにもエールお願いします~」

「あいよ!」


騒がしい店内に、ゲイルの男泣きが響く。

俺はゲイルにルチカがローレンス家でどのように過ごしてきたかを話して聞かせた。


どこか俯瞰した立ち位置で、ローレンス家でのルチカの話をする事は、俺の心の底に溜まった澱を掻き回していくような、己の醜さを見せつけられる作業だった。


アイツを朝から晩までタダで働かせ、屋根裏部屋に住まわせる生活。母の冷たい仕打ち、そして俺自身もルチカへ当たり散らすのが常だったこと。

それをゲイルに話すことは、俺の心の中の罪がさらけ出されるような気分だった。


「……ゲイルさん。これが私が知っている彼女の全てです。次はあなたの番です」

「うむ……ワシは代々、シュヴァルツェルト家に仕える家系に生まれた。ルチカお嬢様のお祖父様、フェリド様は、わしにとっても恩人だったのだよ」


そう言って語り出したゲイルの表情は、遠い記憶に思いを馳せるかのように曇り、その口から紡がれたのは、悲劇の出来事だった。


「……ワシが語るのは、シュヴァルツェルト家に起こった悲劇の一幕だ。あれは戦争も混乱を極めた頃、国境防衛強化のために王都から騎士団が派遣された。その中にレザト…ヤツはいた」


エールの細かく弾ける泡を見つめながら、ゲイルは静かに語り続けた。

レザトは、ルチカの父親と昔からの友人だったという。獣人の森から怪我を負い逃げ出し、ルチカの父に救われて以来、彼と共に育ったのだ。


「フェリド様とヨハン様は、心優しい方々で……。素性も知れぬ獣人の少年を家に迎え入れるなど、並みの人間には考えられぬことだ。しかし、あのレザトは、そうした予想を覆すような少年だった」


レザトはその後、剣術の才を認められ、騎士になるため王都へ旅立った。獣人が騎士になるなど、当時としては前代未聞の出来事だった。


「奴が王都に行くのは気に食わなかったが、これで厄介者がいなくなったとほっと胸を撫で下ろしたのを覚えている。しかしまさか…レザトが本当に騎士になって帰って来るとは思わなかったがな」


ゲイルの言葉にふと思う。湾岸労働者で獣人を見掛ける事は一般的になったが、確かに俺もレザト以外、獣人が騎士になった話は耳にしたことはない。


せいぜい、魔術院や商人ギルド、冒険者ギルドで見かけるのが関の山だ。

現状でさえこれなのだから、当時の周囲の反応は想像に難くないだろう。


「アイツはシュヴァルツェルト家を守るために騎士になったのだとヨハン様に報告しておった。ヨハン様はひどく喜んでおいでだったよ。ワシもレザトの認識を少しは改めてやるかと思った……だが、その矢先だ」


ぐっとゲイルの声に暗さが増す。話が核心に近づいたのだろう。

腹の底から押し出すような声はふつふつと湧き上がる感情を押し殺し、何とか声としての体裁を保っているように聞こえた。


「アイツは……あの男は…! 屋敷が敵襲にあった際、自らの友人であり、ルチカ様の両親である彼らを見殺しにした上、幼いルチカ様の顔を切り裂いたのだ!!」

「なぜ……どうしてそんなことが……?」


ゲイルから飛び出たショッキングなその言葉に、思わず俺は息をのんだ。


「……敵襲にあった際、ワシもヤツラに襲われ左腕を負傷してな」


ゲイルの視線がおもむろに左手に向かう。

革手袋をした左手は一見、何もなさそうに見えるがその下にはどんな傷が隠されているのだろう。


「しかし、偶然近くに居合わせた獣人の薬師に止血をしてもらい事なきを得た。治療の時から上階のご家族の部屋の方から何か激しく争う物音が聞こえ、一刻の猶予もないことは分かった。そして、恐怖の予感が現実となったのだ。突然、耳をつんざくような獣の咆哮が……」


ゲイルの声は震え、その目には悔恨の色が浮かんでいた。


「急ぎ上階の部屋に駆け込んだワシの目に飛び込んで来たのは……血に染まったレザトが茫然と立ち、その腕の中で無垢なルチカ様が血まみれで抱かれていた姿だった。そして傍らには、すでに息絶えていたヨハン様と奥様の姿が……幸い、ルチカ様にはまだ息があった。ワシと獣人の薬師が必死の治療で、彼女を死の淵から引き戻したのだ」

「ルチカさん……そんな辛い事が…でも、レザト様はどうしてルチカさんに傷を付けちゃったんですか? レザト様はルチカさんたち家族を守るために騎士になったんですよね?」


ゲイルがトビアスの問いを鼻で笑う。


「ふっ……まったくその通りだ。守るために騎士になったというのにな……。ヤツの弁によると、戦闘で深手を負い、獣人の力が制御できずに暴走したという。その強大な力は周囲を巻き込み、無防備な者たちに傷を負わせる。ルチカ様はおそらく、暴走するレザトを止めようとしたのだろう……」


言葉を詰まらせ、ゲイルは静かに沈黙した。

過去を振り返る事は、このじいさんにしても、古傷をえぐる様な行為なんだろう。

守れなかった、自分の不甲斐なさを嫌でも突きつけられる。

苦々しい後悔がじわじわと胃を侵していくようなあの感覚。

ゲイルはやがて何かをぐっと押し込むようにエールを流し込んだ。


「ワシが話せる事は以上だ! やはりワシは獣人を信じられん。レザトを許せん! 全てヤツのせいだとは言わんが、ルチカ様の顔に消せない傷を作ったのは紛れもないレザトだ!」


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