ジョシュアの受難「酒は飲んでも呑まれるな」④
「何だ、貴様は? シュヴァルツェルト伯爵の一粒種。ルチカお嬢様の名前を知らないはずがないだろうが!」
「え~~~!? このおじいさん、ルチカさんの名前を知ってるって事は本当にシュヴァルツェルト家で働いてたってことなんですか?」
アホ面のまま驚くトビアスに、ゲイルが訝しげな視線を浴びせる。
「何だ? お前ら、まさかルチカお嬢様の知り合いなのか……?」
「申し遅れました。私はジョージといいます。こちらはトビアス。共に王都で過ごしたルチカの友人です」
「何だと!? ルチカお嬢様は王都のどこにいる!? 今、どのような暮らしを…」
「残念ながら既に王都にはおりません。彼女は今、現シュヴァルツェルト領主兼騎士団長、レザト・フォン・シュヴァルツェルトの婚約者として領地で生活しています」
「な、なんだとぉ! ルチカお嬢様があの薄汚い獣人と婚約だと!?」
薄汚い獣人?
口汚く罵るゲイルの様子に驚く。
このじいさん、あのレザトと過去に確執でもあるのか?
なら、逆に都合がいいかもしれん。
「おう、俺を置いて勝手に話を進めてるんじゃねえ! まだ……」
「ルッティアさん、ホムズじいさんにエールお願いします!」
「はいよ!」
すかさず、ルッティアがホムズじいさんへ酒を手渡す。
普段の条件反射なのか、じいさんは手渡されたエールをそのままごくごくと飲み干すと、鼻を鳴らしながら席についた。
「へっ、トビアスに免じてここは引いてやるがよ。じじい、てめえの事、許したワケじゃねえからな!」
「ホムズじいさん、さすが出来た人だなあ~~。さ、ゲイルさん。ルチカさんについて聞きたい事、何でも聞いてください! その代わりに僕たちにもルチカさんの故郷のシュヴァルツェルト領の事やご家族の事、教えて下さい!」
「むっ……承知した」
トビアスが席を立ち、一つ隣に移動した。俺たちに挟まる形でゲイルが真ん中に座る。
「ジョージと言ったな。では、私に教えてくれ。なぜルチカ様が、あの獣人…レザトと婚約する運命となったのかを!」
ゲイルは鼻息荒く俺にまくし立てるように聞いてくる。
よほど腹に据えかねてるのだろう。
しかし、このじいさんがレザトを憎む理由は一体何なのだ?
俺はゆっくり息を吸い込むと、商談の時にいつもするような薄っぺらい笑顔を貼りつけて、ゲイルへ向き直った。
「私も詳しい事情は知らないのですが、彼女が世話になっていた商家のローレンス家に、レザト自身から婚約の申し出があったと聞きました」
「レザト本人からだと……?」
ゲイルの声は震えていた。
「あの獣人が自らの罪を忘れて、堂々とルチカ様に婚約を申し込むなど、信じられん!」
ゲイルの感情が爆発するように、カウンターにダン!と拳を叩きつけた。
その音は、酒場全体に響き渡った。
「ゲイルさんは、なんでそんなにレザト様を嫌ってるんですか? 獣人だからですか? でもレザト様って、前の戦争で活躍したすごい人なんですよね? そんな人のお嫁さんなら、別にそこまで悪い話じゃないと思うけどなあ~」
トビアスが何のひねりもない質問を投げかける。
計算や策略などまるで考えてない、単なる自分の感想を連ねたアホの質問だ。
「悪いに決まっとる! あの男はルチカお嬢様の美しい顔に永遠の傷を残し、彼女を深く傷つけた。その上で婚約を申し込むなど、常人の神経ではない!」
「なっ…!?」
トビアスと思わず目配せをする。
単純すぎる質問だからこそ、思いもよらない真実を引き出す事に成功したようだ。
「え~~!? ルチカさんの顔の傷ってレザト様がつけたんですか!? なんで? 本当なんですか?」
「ワシが嘘を吐いてるとでも言うのか!?」
トビアスの言葉にゲイルは再び、青筋を立てて怒鳴りつけた。
二人の間に割って入るように俺は語りかける。
「ゲイルさん、私たちはただ真実を知りたいだけです。ゲイルさん同様、我々もルチカのことを心から気にかけているんです」
冷静な思考を巡らせる中、ルチカの顔がちらつく。
この俺が庶民の格好をして、こんな汚い酒場でじじい相手に熱弁を振るう。
アイツが見たらなんと思うだろう。
「……彼女がなぜ、レザト卿と婚約したのか。その真意を紐解き、もしそれが彼女にとって不幸な未来だとしたら……私達はそれを正したい。そのために、どうか力を貸して下さい」
「……分かった。ワシが知っていること、全て話そう」




