ジョシュアの受難「酒は飲んでも呑まれるな」③
「わっ!? ホムズじいさんどうしたんですか? もしかしてシュヴァルツェルト領の出身なんですか?」
「俺はなあ、昔シュヴァルツェルトの領主様の屋敷に使用人として勤めてたんだ。あそこの事ならここにいる誰よりも知ってらあ!」
「わ~すごいです~! ぜひお話聞かせてください~!」
何という僥倖だ! まさか本当にシュヴァルツェルトの関係者に出会えるとは……。
……いや、待てよ。こんな酔っ払いのボケかけたじいさんが、本当にシュヴァルツェルトの屋敷の使用人をしていたのか?
訝しむ視線を送る俺などまったく気付かないまま、ホムズじいさんはデカい声でやたら流暢にトビアスに語っている。
「…そんでよぉ、俺は庭師としてお屋敷で働いてたんだ。俺の働きっぷりに当時の領主様が俺の事を気に入って色々とよくしてくれてよぉ! お前の手入れした庭が一番だとよく褒めて下さったよ!」
「へ~、ホムズじいさんって庭師としても働いてたんですね~! 前にお話聞いた時は、王都で百戦錬磨の博打師をしてたって言ってましたけど、庭師をやってたのはいつの話なんですか?」
「うぐっ……そうそう! 博打で下手打ってよ! 身を隠すために王都から離れて国境近くのシュヴァルツェルト領へ向かったってワケよ。確か戦争が始まる10年前くれえかなあ!」
「えーっと、今はあの戦争から10年は経ってるから…合わせて20年前って事ですね!」
「そーそー! いやあ、しっかし領主様も良い方で俺も幸せもんだと思ってたんだけどよ。その領主様……とんでもねえ趣味してたのよ。トビアス、おめえ何だと思う?」
「え~何だろう、わかんないです! 早く教えて下さいよ~!」
「しょうがねえなあ、じゃあ教えてやるか。実はよぉ、領主様は村の若い娘っ子を屋敷の奥の部屋に集めて、そいつらを死なない程度にナイフで傷つけて、娘どもが血を流して泣き叫ぶのを楽しむ、とんでもねえ趣味があったのさ!」
「ひえ~~~悪魔みたいな趣味!」
……このじじい、トビアスに構ってもらいたくて適当な事を言ってるんじゃないかという疑念が強くなる。やはり、そう簡単には正確な情報は集まらないか。
「いい加減にしろッ!!」
突然、酒場の隅で静かに飲んでいた男が立ち上がり叫んだ。
短く揃えた白髪交じりの頭髪に、顎髭を蓄えた男は酷く苛立った様子で、ホムズじいさんへ向かってくる。
「同郷の者かと耳を傾けてみれば嘘ばかり。この酒場で嘘を吹聴するのは勝手だが、シュヴァルツェルト家の名を汚すような嘘を流すとは何様のつもりだ!」
「あ? 何だよ、てめえはぁ!?」
「ワシはゲイル・シルバーフォージ。シュヴァルツェルト家の家令として長年仕えてきた者だ。お前のような下種が我が主の名誉を傷つけられると思うな。もう一度嘘を吐いてみろ。その舌、引き裂いてやる!」
シュヴァルツェルト家の元家令だと!? まさに求めていた人物の登場に思わず息を呑む。
フォークをホムズじいさんの眼前に突き出して凄む男の気迫に、さすがのじいさんも冷や汗を滲ませ、たじろく様子を見せている。
一触即発の気配に、店の連中の視線が一気にこちらに注がれる。
「お、じいさん同士の喧嘩か~! いいぞいいぞ! 俺はあの短髪のじーさんが勝つにエール3杯賭けるぜ」
「じゃあ、俺も短髪のじーさんが勝つにワイン2杯な」
「おーい、賭けになんねえだろ、それじゃあ」
好き勝手に囃し立てる外野たち。これではあの老人からゆっくりシュヴァルツェルト家の事を聞けないだろうが!
いや、ホムズじいさんと同様、このゲイルとかいうじいさんもホラを吹いている可能性は否定できん。
「お、おめえだって、ほんとにシュヴァルツェルト家で働いてたのかよ!?」
俺と同じ事を思ったのか、ホムズじいさんも負けじと食って掛かる。
ゲイルは何も言わず、おもむろに胸元からペンダントを取り出した。
材質は銀だろうか。シンプルな円形の中心に何やら刻印されている。
ん、あの模様、どこかで見た記憶が……。
「これはシュヴァルツェルト家の紋章。家令としての私の地位を示すものだ。お前のような輩には分からんだろうが、家の名誉とは何か、私は身をもって知っている」
その言葉に、一つの記憶が蘇る。
そうだ、あの紋章はシュヴァルツェルト卿から届いた書状の封蝋と同じ紋章じゃないか!
こいつは、本物だ……!
「ゲイルさん、あなたが家令なら前領主の娘の名前はご存知のはず。彼女の名前を教えて下さい」
俺はあえてゲイルを試すような質問を投げかけてみた。突然の外野からの質問にゲイルの視線が俺に向けられる。




