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0062 馬歩したときの痺れについて

↓2024.12.11

   馬歩したときの痺れについて


(以下は私の経験であって、それが普通なのかどうかは分からない。)

 馬歩(ばほ、まほ)の姿勢になって、気を背中から上げて頭のあたりを通過させ腹に落とすように意識しながらふー、ふーと息を吐くと、調子がよければ、腹のあたりと前に突き出した手が痺れているような感覚になる。また、両手が自然にすぼまり、それぞれの指が別々の方角を指すようになる。その感覚は不快ではないし、腕や指が動かなくなるということもない。

 その現象がどういう理由によるものかは分からないし、何かの役に立つのかと言えば、全く何の効果も感じられない。疲れるだけだが、ごくたまにやってみる。




↓2024.12.14

   「アウトサイダー」としてのカフカについて


 カフカの『変身』と『城』という小説を読むと、自分はどういう存在であるかを何とか表現しようとしているという面があるように、私には思える。カフカは自分が比べる相手が存在しない類いの人間であると自覚していた、と私は考えている。

 私はカフカをコリン・ウィルソンが命名したところの「アウトサイダー」の一員であると考えているが、カフカにそのような自覚があったかどうかは分からない。コリン・ウィルソンは『アウトサイダー』という著書で「アウトサイダー」という共通する性質を持った人々が存在することを指摘しており、それは画期的なことだと私は評価している。(ただし、思いこみの強い観念的な人間もその中に含めてしまっているのは、致命的な間違いだと思っている。)そして、カフカが自分はどういう存在であるかを表現しようとしているのは、「アウトサイダー」とはどういう存在であるかを表現しようとしているのと同じであると私は考えている。

 私はカフカの『変身』と『城』が自分はどういう存在であるかを表現しているだけの作品であると言いたいわけではない。例えば、「世の中は不可解すぎるから、その理由を解明すれば納得出来るようになるのではないか」と考えて、何とか謎解きしようとしているという面もあると考えている。ただそれは、「アウトサイダー」から見れば世の中はいい加減すぎる(それゆえ複雑すぎる)と思えてしまい、それが不思議で仕方ないので、何とかもっと筋の通った解釈をしようとして余計に訳が分からなくなっている、ということなのかもしれないと思っている。

 『変身』と『城』で描かれているのがグレゴールとKという「アウトサイダー」から見た世界であるとするなら、グレゴールとK以外の存在は全て「アウトサイダー」ではないだろう。『変身』と『城』を読むほとんどの人は「アウトサイダー」ではないだろうから、その人たちが『変身』と『城』という作品を読むということは、自分達がカフカにどのように思われているかを読んでいるということでもあるのだろう、と私は考えている。




↓2025.01.22

   「たったこれだけの単語を……


 「たったこれだけの単語を知っていれば英語は通ずる」という類いの表現をときどき聞くが、「それだけを覚えればいい」とはならないだろうと私は考えている。

 確かに限られた単語だけで自分の意思を伝えることは出来るのかもしれないが、相手がその単語だけでしゃべってくれるとは限らない。相手が何をしゃべっているかが分からなければ、まともな会話が成り立つはずはない。

 「たったこれだけの単語を知っていれば英語は通ずる」という類いのことを言う人も、それを真に受ける人も、あまり実用的に物事を考えられない人達だと私は思っている。


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