0057 種族が存続しているということは……
↓2023.06.09
種族が存続しているということは……
種族が存続しているということは、種族を残すことが根本的な存在理由の一つであるからなのだろう、と考えている。
そのような理由で、女性は対象が一人いれば十分であるとする傾向があり、男性は対象が大勢いるほどよいとする傾向がある、という解釈もあるそうだ。(実施にそうであるかどうかは、ここでは追求しない。)
その解釈が正しいのであれば、女性は男性より出生率が高くあるべきだというのは、机上の理想論だろう。
たとえ男性が大勢余りものになっても、女性の対象が確保されている限り、種族を残すという点で不都合はないだろう、と思った。
↓2023.07.10
組織内の作業の連携について
組織の中で人々が、その活動を円滑に達成するためには、必要であるとされる作業内容を洗い出し、それを細かく定義し、適切な人材を配置する、だけでは十分ではないと私は考えている。
活動に携わる人々が、それぞれの立場ごとに独立して作業した場合、互いの連携が成り立たたず、思わぬ齟齬を引き起こす可能性が高くなるからである。
連携の不足は様々な障害を引き起こし、活動の遅延や停止を(おうおうにして担当者たちの不満も)もたらす場合がある。
そうならないようにするためには、連携が必要な作業を洗い出し、人々の間でその情報を共有し認識を深め、予め調整しておかなければならない。付け加えれば、何らかの不具合が発生した場合の対応方法や外部(顧客や協力先など)との調整など、広い視野で検討すべきだろう。また、連携を妨げる割りこみを制限することも検討すべきだろう。
しかし、そのような調整は、ごく一部の意識の高い人々の配慮に支えられ、あるいはそれもなく場当たり的に中途半端になされることが多く、その重要さを認識出来ない多数派の人々に軽視されがちである。
そもそも、そのような連携の調整は、問題意識が高くかつ様々な経験を積んできた人でなければ出来ないことである、と私は考えている。誰でも出来ることではないので、それにふさわしい人材を選別することも必要である。
私は、何重にも絡み合う活動の連携に配慮して詳細な作業手順を検討し、それを現場に反映し、必要に応じて改善する、専門の担当者ないし担当部署が組織には必要だと考えている。常設が必須だとまでは思わないが、必要に応じてふさわしい人材と費用と時間を割り当てるべきだろう。
↓2023.07.28
楽器の王様
これは個人的な偏見で、そもそも公平に考えるつもりもないのだけれど、楽器の王様は何かときかれれば、ピアノだと答える。
パイプオルガンだという意見があるかもしれないが、最初は心地いいかもしれないが、甘ったるくて長くは聴いていられない。
もしかしたらギターとかバイオリンとか言う人もいるだろうが、個人的にはかなり無理があると思ってしまう。単体の楽器として聴けば、どちらも音が単純すぎると思っている。ギターはまだしも、バイオリンは飽きる。
それじゃあ、いっそのこと多数の楽器を演奏する交響楽団をひとつの楽器だと見なした場合はどうだろう。確かに豊かな表現力の可能性があることは認めよう。聞く立場の人からすれば、大いに楽しめることも少なくはないだろう。
しかし、演奏する側の立場になったとすれば、自分の感性についてこない楽器群にいらだちを感じることになるだろうと思う。自分がその楽器群をコントロール出来ればそうは感じないかもしれないが容易ではない、というよりほぼ不可能だろう。
唯一ピアノを超える楽器があるとすれば、声楽(歌声)がそうかもしれない。いろいろと検討すると最強のような気もするので、あれは楽器ではない、ということにしておく。他の楽器にはない「言葉」という要素が強い影響力を持ちえるから、同じカテゴリーで比較するのは難しいとも思っている。
↓2023.09.28
平等主義者の多くは……
平等主義者の多くは結局のところ一種の全体主義者であり、自分の言う通りにしない人々はけしからんと怒鳴りつけて、他人を自分の言いなりにしようとしているように見える。個人個人が持っている特性や意思などを尊重する気がないという無神経さがあり、暴力的な言動に訴える傾向がある、と観察している。
自分の頭の中だけに存在する「正しい」とする観念だけを絶対とし個々の現実に目を向けないのであれば、様々な意見を持つ他の人たちと喧嘩になるのは当たり前である。
なるべく多くの人が同意出来るのは望ましいが、議論を通して同意出来ないのなら、争いを終わらせるためには多数決で妥協することも必要だろう。
それさえ受け入れられないのであれば棲み分けて互いに干渉し合わないようにすべきである。自分の主張が通らないからと乱暴な態度で喧嘩を吹っかけないでもらいたい、と切に願う。




