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0050 それが偽情報であるのかないのかは……

↓2022.05.04

   それが偽情報であるのかないのかは……


 それが偽情報であるのかないのかは、ありていに言って、それを確認する手段も確実な情報源も持ち合わせていない個人に分かるはずがない、と考えている。同時に、これこそが正しいと一般的に認められた情報であっても、実は巧妙に仕掛けられた嘘だったということがありえるし、その場合、そのことに容易には気づけないことが多いだろう、と考えている。

 偽情報には引っかからないと自分では思っているような人たちが、一般に正しいとされる情報に簡単に騙されている例が少なくないと、具体的に例をあげて私は幾度か指摘している。そして、明々白々なことですら判断出来ない人々が決して少なくはなく、かつ、彼らはそのことをほとんど自覚していない、と私は繰り返し主張している。自分も含めて、人は間違えやすい存在だ、というのが私の認識である。

 何をもって、それが正しい、あるいは正しくない、と判断出来るのだろうか。その疑問に対して、どうやっても、完全に間違いないと断定出来るような判断はありえないだろう、と私は諦めている。

 全ては仮説でしかない、と考えている。自分が正しいだろうと考えたことが、実際には間違っている可能性は常にある。また、たとえそれが本当に正しいのだとしても、それが正しい答えであるとどうすれば厳密に証明出来るのかも分からない。

 現時点での暫定的な解決策として、私は以下のように考えている。

 情報を集めれば集めるほど正しく判断出来る可能性は増えるし、その情報をもとにして、考えれば考えるほどより正しい判断に近づくことが出来る可能性は高くなる、はずだと。

 偽情報や欠落している情報ですら全体を構成する一欠片であると考え、集めた情報の全てを「有機的に」位置づけ、組み合わせて、矛盾のない仮説を立てることが出来たなら、それが正しいという可能性はかなり高いはずだ。さらに、その仮説を検証するために、様々な方法で試してみられればもっと良いだろう。

 そこに終点はない、と考えている。どこまで行っても、人の判断に絶対というものはない。それでも、自身の固定観念にとらわれずに追求し続ければ、少しずつだとしても、見えてくるものがあるはずだ、と考えている。




↓2022.05.05

   能は神を感知させるための……


 能は神を感知させるための仕組みだと主張する人がいる。

 仮面をかぶったシャーマンに神が乗り移り、そこに人は神を感じるのだという。

 もしかしたらそれは正しいのかもしれないが、そのように言葉という記号で能を説明した瞬間に、消えてしまうものもあるのではないかと思った。

 言葉にすることで表せることと、言葉にしないことで表せることがあると感じている。

 深くなればなるほど、伝えることは難しくなる。




   「深淵を見た者は狂気に侵される」ということを……


 「深淵を見た者は狂気に侵される」ということをテーマにした物語がある。この世には深い泉があり、人はときたまその泉を覗きこんでしまい、正気を失うのだという。

 私は、様々な深淵が存在するとは思っているが、人がその深淵に耐ええないとは必ずしも思っていない。それでも、はたから見れば狂ってしまったと思うほどに、人に変化をもたらすことはありえるだろう、と考えている。

 よく、「天才と狂人は紙一重」と表現する人がいる。はたから見れば「理解出来ない」という点が一致しているから、天才と狂人が同じであるかのように思えるのだろう。しかし、実際には両者はかけはなれた存在であると私は考えている。

 それと同じことで、深淵を覗いた人が正気を失ったのかそうでないのかは、はたからでは分からないだろうと思う。



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