0037 「俺は文句を言うが、俺に文句を言うな」とか……
↓2019.01.03
「俺は文句を言うが、俺に文句を言うな」とか……
「俺は文句を言うが、俺に文句を言うな」とか、「俺は全部正しい、俺に反対する者は全部間違っている」とか、「俺は好きなようにやるが、お前達は勝手なことをするな」とか、そういうことを疑問にも思わず、平気で言う人たちがこの世の中でははびこっている。
そういう人間は、自分の誤りを認められないし、思いこみが激しく、客観的に物事を見るということを理解出来ないので、洗脳されやすい。というか、不可避的に洗脳された人間ばかりである。
冷静に矛盾を指摘しても、感情的にわめくしか能のない人たちばかりなので、まともな人間は相手にしたがらず、そのため、ますます悪化していく。決してそのことを自覚することが出来ない。
↓2019.01.20
XXXXXやXXXXXのような……
XXXXXやXXXXXのような国際的な機関や団体が、途上国などの貧困国に対してやっている支援を見ると、むしろ貧困を持続しようという意図があるのではないかと疑わしく思う。私は、国力の弱い国々が自立して、貧困から抜け出すことが重要だと考えているが、それを第一に考えているような支援は乏しいようだと思う。
特に、支援の内容が医療に偏りすぎていることが問題だと考えている。医療を支援すると、子供たちの死亡率が減少して、扶養人口が増加して貧困が加速する。親が養うことが出来なくなり、子供たちが幼少期から働かなければならないということにもなる。
その理由を考えてみると、一つには、低賃金の労働力を確保しようという意図があるのかもしれないと思う。かつて植民地から搾取していたヨーロッパ諸国の中には(例えばXXXXX)、今でも植民地から不当な条件で利益を得ているという指摘を読んだことがある。
慈善団体だからといって、無条件に信用するのは危険だと思っている。XXXXXの一員が、幼児に性的虐待を行っていたという報道もあった。世の中には騙そうとする人たちも大勢いることを忘れてはならない。
↓2019.02.22-03.04
洗脳の「直接法」と「間接法」の違いについて
洗脳には、強引に直接的に働きかける方法(以下、「直接法」とする)と、穏やかに間接的に働きかける方法(以下、「間接法」とする)がある、と考えている。その分類は相対的であって、はっきりとした線引きは出来ないだろうが、以下に、一応の分類を示してみようと思う。
まず、「直接法」としては、催眠術を使う方法や麻薬を使う方法などがあげられると思う。いずれも、強引な方法で、人の意識を飛び越えて、無意識の領域に直接的に働きかけて洗脳する方法だと考えている。以前記述した「セミナー形式」もここに分類していいだろう。具体的には分からないが、電磁波を使う方法(幻覚を見せるらしい)もあるそうだし、他にもあるだろうと考えている。
それに対して、「間接法」は、言葉や何らかの表現手段により、特定の考え方に誘導することで洗脳する方法である。例えば、感情的な表現や断定的な表現を使われると、それが論理的な説明であるかどうかには関係なく、かなりの割合の人々が同調してしまうという現象がある。あるいは、本題とは直接的には関係ない事柄に議論をそらし、そらした話題と本題との結論を同一視させて、結論を捻じ曲げるという方法もある。また、単純に結論が出ることについて、複雑な理論を展開してとんでもない結論に誘導するという方法もある。人が言葉に対して持っている無自覚な観念(含み)を利用する方法もある。他にもいろいろとあるだろう。
私は、「直接法」の洗脳に対して長い時間抵抗し続けるのは難しいと考えている。ある程度の抵抗力を身につけるのは可能だと考えているが、限界があるだろうと想像している。
それに対して「間接法」については、ある程度の訓練をすれば、かなりの割合で洗脳されずに済むはずだと考えている。ただし、論理的に考える能力や、感情を制御する能力、言葉を意味論的に(客観的に)解釈する能力、自分の無意識の領域を推理あるいはアクセスする能力などが必要であり、簡単ではないとも考えている。




