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0031 洗脳防止方法のようなもの

↓2018.03.25-05.26

   洗脳防止方法のようなもの


 ここで論じているのは、特定の洗脳方法に対する限定的な防止法である。十分な防止法であるとは考えていないし、洗脳の種類によっては全く役に立たないかもしれない。だから、「ようなもの」と表現している。


 私は洗脳技術自体にはあまり興味がない。いくつかの単純な洗脳方法は知っているが、高度な洗脳方法の情報は、関係者以外にはほとんど漏れてこないと想定している。自分のアンテナに引っかかってくるものはチェックしてはいるが、詳細な情報を得ることは難しいだろうと考えている。

 洗脳技術は、洗脳の根本的な原理を承知さえしていれば、いくらでも新規に開発することが可能であると考えている。そのようなものを追いかけていっても、きりがない。

 それに、この世の中にあふれている洗脳行為のほとんどは単純で同じようなパターンのものばかりである。ただ、一般の人々がそれを洗脳と認識していないため、対処するのはむしろ難しい。それについては何度も書いているし、ここでは扱わない。

 以下に取り上げる洗脳技術は、一般の人がイメージするものに近いだろう、と思う。特殊な状況下でしか洗脳出来ないので、不注意な人々を除けば、遭遇する機会が多いとは言い難い。しかし、防止法(のようなもの)を覚えていても損はないはずだ、と考える。


 「セミナー形式」と表現出来るような洗脳方法がある。実際にメンタル・セミナーなどと称している場合もあるし、一部の宗教では修行と称している場合もある。

 やり方は簡単で、朝から晩まで洗脳したい教義などを詰めこみ教育するだけ、である。たとえば一週間とか、長期間休みなく続ける。睡眠時間を十分に与えないようにすると、より効果的である。

 肝心なのは、頭を疲労させ、考えることが困難な状態にすることである。頭が疲労すると、処理負担の大きい「意識」の働きが緩慢になる。そうすると、洗脳したい教義などが「無意識」の領域に直接インプットされるようになり、何度も繰り返すことで、定着するようになる。

 催眠術にかけると暗示にすなおに従うようになるという現象があるが、それと同じような状態を作り出している、ということだと私は考えている。(その辺りのメカニズムはだいたい分かっているつもりだが、ここでは述べない。)

 「セミナー形式」のやり方は、昔の(?)、犯罪の容疑者を尋問するやり方にも非常に似ている。だから、尋問を受けた人の中には、実際にやっていなくても、自分がやったと錯覚したり、自分がやったと自白することがよいことであると思いこんだりする人が出てくるのだろう、と想像している。


 では、どうやって「セミナー形式」の洗脳から自分を守ればいいのか。それは、教義を詰めこまれるときに、しつこいくらいに頭の中でそれを否定することしかないだろう、と考えている。(頭の中に洗脳内容が少しでも照射されたら、しつこく拭き取っていくというイメージ。)

 何も考えず、ただただ機械的に、相手が言っていることを頭の中で繰り返し否定すればよい。相手が言っていることを理解しようとする必要はない。反論しようとする必要もない。疲弊した状態で考えようとしても、頭が混乱して、つけこまれるだけだろう。

 それは決して簡単なことではないだろう。相手はどこまで「理解」したか(洗脳出来たか)しつこく確認しようとするはずだ。「理解」していないと思えば、強迫的な言動で追い詰めてくるだろう。抵抗の姿勢を示し続けるにしろ、「理解」したふりをして追求を避けるにしろ、非常な苦痛がともなうのに違いない。

 結局、最後には、自分の中にどれだけの信念があるかを問われることになると思う。それは自分の考えに固執するということではない。特定の考えを強要されること、つまり洗脳を断固拒否するという信念である。

 とは言え、人間の信念の強さには限界がある。一週間ならともかく、一年をかけてじっくり洗脳されれば、抵抗出来る人間はほとんどいないだろう、と私は考えている。(複合的な洗脳技術を使われれば、さらに抵抗が難しくなるだろう。例えば、心の弱さを責め立てたり、逆に、おだてたり、様々な方法がある。)


 洗脳されやすいタイプの人が存在しているようだ。例えば、いわゆる「IS」で自爆テロにスカウトされるような人は、自暴自棄になっていて自殺志望がある人だという報告がある。自分を大切にすることが出来ない人は、他人も大切にすることは出来ないから、殺すことに抵抗がない。その上、イスラム教徒であれば、子供の頃から植えつけられた宗教的な信念を理由づけに利用することが出来る。(いわゆる「IS」には、洗脳についての高度な知識を持った人物が関わっているはず、というのが私の考え。)


 洗脳されにくい人が存在するとすれば、次のような人なのではないかと思う。それは、「自分の存在を肯定している人」、そして、「人から与えられた考えを受け売りするのではなく、自分でとことん考えることが出来る人」である。

 「自分の存在を肯定している」という条件を入れたのは、真剣に考える気になるためには、それが必要条件となりうると考えたから。(前提となるいくつかの条件あるいは資格があると考えているが、今は、人に説明出来るほどまとまった考えがない。)最終的には、「自分でとことん考える」ということが出来ればいい、と思っている。

 しばしば、人の考えをなぞっただけで「考えた」という気になる人がいるが、私はそれを「とことん考える」の範疇に入れていない。人の考えをなぞるというのは、人の考えた結果(表現されたものは、全体のごく一部でしかない)を受け取っているだけで、自分自身で発想して考えてはいない、ということである。そういう人が、一見もっともらしい他人の判断や思想などを簡単に受け入れてしまうのはごく自然なことだ、と考えている。

 「とことん考える」ということは、例えてみれば、「存在すると思ってない筋肉を動かす」ようなことではないかと思っている。それは、使ってみるまでは、存在することに気づかないような類の能力である。もっともらしい他人の考えに疑問を持ち、検証し、自分で発想し、自身の考えを構築するためには、それなりの訓練と技術が必要だ、と考えている。


 本題から逸脱しているので、この辺りで止めておく。ただ、「洗脳とは「無意識」の領域に干渉することである」、及び「「とことん考える」ためには、「無意識」の領域にある能力もうまく活用する必要がある」、「「無意識」の領域に少しでも自分でアクセス出来れば、洗脳を解くときに役立つ(かもしれない)」、という私の仮説を提示しておく。



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