0032 「平等主義者」について
↓2018.04.09
「平等主義者」について
私は、一部(かなりの割合だが)の思想や宗教を不合理だと考えているが、それについて議論することはあるにしても、重大な利害関係が生じない限り対立するつもりはないし、差別するつもりもない。人々がそれぞれの考え方を信奉すること自体を、私は尊重している。(ちなみに、私の信奉する主義は、一言で言えば「反全体主義」である。)
しかし、「平等主義者」を自称するほとんどの人々は、自分と異なる考え方をしている人々をいちいち罵らずにはいられない、という実態がある。考え方の違いを考慮することはなく(しばしばその能力もなく)、喜々として相手の人格を否定し、相手の行動に干渉しようとする。
「平等主義」という言葉に惑わされてはいけない。彼らは心の底から差別主義者である、と私は考えている。「平等主義」を信奉しない人々を人間でないかのように扱い、そのことに何の疑問も持っていない。
「平等主義」は数ある思想の一つに過ぎない。私は「反全体主義」の立場から一律な「平等主義」に賛同しない。私にとって「平等主義」は、不合理な思想の一つに過ぎない。
↓2018.04.15
洗脳されやすい人の一例
もっともらしく聞こえても、ちょっと考えれば、あまりもっともでない主張が世の中にあふれている。そのような主張にすぐ同調する人たちは洗脳されやすい人たちだ、と私は考えている。自分では考えているつもりだが、実は少しも考えてないことに気づいていない、そういう人たちが多すぎる。
例をあげよう。
蒸気に反応して発熱する衣類が暖かくていいと宣伝されている。それは便利だと単純に思った人は洗脳されている。暖かくなったから汗をかくのに、さらに熱くなってうれしいのか、と少しも疑問に思わなかった人は、考えることが出来ない人だ、と私は思う。
暗証番号は定期的に変更するべきだと主張されていた。その通りだと単純に思った人は洗脳されている。仮に暗証番号が盗まれ場合、定期的な変更では悪用を防げないのではと疑問に思わなかった人は、考えることが出来ない人だ、と私は思う。
もっともらしいが、ちょっと考えれば疑問を感じる程度のことを、多くの人が無条件に真に受けている。巧妙な嘘であれば、全く歯が立たないだろう。多くの人が簡単に洗脳されている、というのが私の考えである。
↓2018.05.19
中学生の頃に、自分にとっては世界が……
中学生の頃に、自分にとっては世界が終わったような気持ちになるような経験をして、精神的に追いこまれて、学校から帰ってきて庭に出て、じっと何か(たぶん草とか虫とか)を見つめていて、自分では10~20分くらいにしか感じないのに、気づくと2時間近くが経っていたということがよくあった。
奈落の底に落ちたような気がする経験をしたとしても、踏ん張っている限り、まだ本当の奈落の底ではないらしい。もがいている最中に、例えて言えば、「ほんのちょっとの間、広い世界が開き、美しい光景を見た」というような経験をした。
自分が見ているものは世界のほんの一部でしかない。もっと美しい光景を見たい。それを追いかけたい。そういうことに気づいたから、落ちこんだ所から抜け出すことが出来たのだろう。
その後いろいろと環境が変わり、高校に入った頃には、かなりその状態から抜け出していた。縮こまった心をストレッチするのにかまけていて、コミュニケーションも限定的にしか取れなかったし、自分の中の足りないものを冷静に見つめる余裕はまだなかったにしろ、もう走り始めていた。
美しい光景を追いかけ、時折それを目にすることを繰り返し、そうやって、もう何十年も生きてきたのだと思う。




