0027 昔から不思議に思っているが、分からないこと
↓2016.11.14
昔から不思議に思っているが、分からないこと
初めて聴いた曲をすんなり味わえないことがある。何度か聴いているうちに、なじんできて、味わい深いと感じたりする。
初めて聴いても楽しめる曲がある。ただ、ほんの数回聴いているうちに飽きてしまうものもある。
初めて聴いても楽しめる曲がある。なおかつ、繰り返し聴いて楽しめるものがある。
↓2016.12.01
同性愛者が自分の肉体と……
同性愛者が自分の肉体と反対の性を持つ人に特有な言葉遣いに同調する傾向があるように、異性愛者の男女も男女それぞれに特有な言葉遣いに同調している場合が多い。私はそれを社会的なものとは必ずしも考えてない。(以下、男及び女という言葉を使っている場合、心がそうである人という意味に取ってもらいたい。)
もし、男女が変わりない言葉遣いをするように教育された社会があったとしても、放置していれば、男女それぞれに特有な言葉使いを発明して使うようになるだろう、と思っている。そして、それは男女それぞれの特性をある程度反映したものになるに違いない。
例えば、一般的に、男が何かを見て「かわいい!」と奇声を上げたりはしないはずだ。
もちろん、社会的なしきたりで言葉の使い方が男女で分けられる場合があることを否定するものではないが。
男女の言葉の差異を見て、男女の特性を考察することは、ある程度は可能だと考えている。
↓2016.12.26
経験を重ねることで学習し……
経験を重ねることで学習し、少し賢くなったように思えても、生まれ変わったときには記憶をクリアし、一からやり直さなければならないのだから、学習したこと自体は成長のあかしではない、ということなのだろう。
では、経験を重ねることにどんな意味があるのか。来世に残るものは何なのか。(何かもっと根源的なものがあるのだろうか。)
↓2016.12.29
エンターテイメント小説では……
エンターテイメント小説では、物語に意外性や達成感などの読ませる要素があったとしても、喜怒哀楽や行動などは当然そういう反応をするでしょうという常識的な内容であることが多く、それゆえに類型的なのだと否定する人たちがいる。
一方、いわゆる純文学では、登場人物たちがありきたりな反応や行動をするのが不満だという人達が作者であることが多く、突飛で異常な反応や行動を記述して満足していたりする。
しかし、それは奇矯な人間が書いたから奇矯な内容だというだけなのではないか、と私は感じてしまう。
考えてみれば、お笑い芸人の一部に対して私が抱いている感想と同じだな、と思う。




