表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/64

0026 途中までだが、仮説として……

↓2016.10.29

   途中までだが、仮説として……


 途中までだが、仮説として、次のようなことを考えている。


 潜在意識の一部は、過去の経験や知識による判断の集合である。一度潜在意識に組みこまれた判断は、無意識かつ自動的に活用され、同じことを毎回検討するという無駄を省かせ、判断速度を向上させる。しかし、間違った判断(洗脳を含む)が潜在意識に組みこまれた場合、いつまでたっても間違いに気づきにくい、という副作用がある。

 潜在意識で働いている判断を意識することは、訓練によって、ある程度までは可能である。そのことによって、判断済のことを何度でも検討し直す習慣をつけると、潜在意識に組みこまれた誤った判断に気づく可能性が高まる。

 脳に障害があって、何らかの誤動作を起こしている場合、潜在意識の機能がうまく働かない場合があるようだ。それが、かえって判断力を高めて、特異な才能を発揮する場合があるかもしれない。

 幼児は、過去の経験や知識が乏しい。そのため、潜在意識での自動的な判断は未熟であると考えられる。幼児の学習能力の高さは、潜在意識の未熟さと何か関係があるかもしれない。

 潜在意識を意識しようと努力していると、潜在意識の誤った判断に気づくだけではなく、それが出来ない人には理解しがたい次元の洞察力が身につく場合がある。コリン・ウィルソンは、そのような能力を身につけた人々を「アウトサイダー」と命名し、その不適切な名称ゆえに、様々な誤解を招いている。




↓2016.11.08

   『途中までだが、仮説として……』の続き(断片)


 潜在意識の過去の経験や知識による判断の集合の最たるものが言語。

 母語を使うときに意識的な努力がほとんど必要ないのは、潜在意識で処理されているから。母語を習得した後に別の言語を習得しようとすると、非常な困難を伴うことが多いのは、母語(として潜在意識で形成された能力)がブロックとなっているから。




↓2016.11.09

   『途中までだが、仮説として……』の続きの続き(断片)


 言語に関する人間の能力には凄まじいものがある、と思う。ほぼ無意識の能力だから気づいてない人が多数派だろうが、瞬時に、一つの一つの言葉を脳に収納されている膨大なデータの中から検索し、文脈を解釈し、それに対応する感情や考えを選択し、表現するための言葉を組み立て発言させている、と考えることが出来る。いちいち意識させないからこそ、高速で処理することが可能になる、ということだろう。




↓2016.11.11

   『途中までだが、仮説として……』の続きの続きの続き(断片)


 ネットで、自分はアスペルガーだと称する人が、「アスペルガーは言語能力が高い」と発言しているのを見て引っかかるものを感じたが、その時は、「そんなものなのかも」で済ましていた。しかし、よくよく考えてみれば、そんなはずはないな、と思う。

 まず、言語能力の基本である言葉について考えてみると、次のようなことが言えると思う。言葉は、それを発する者が表現しようとするもの、感情や意見などの投影である。言葉を発する人ごとに、言葉に投影しきれなかったぶれがある。だから、同じ言葉を使っていても同じ意味であるとは限らない。

 ところが、アスペルガーの人は相手の立場に立って考えることが苦手だとされている。だから、言葉を発する人が、それをどういう意味で使っているかを推測出来ない。同じ言葉であれば、同じ意味しかないと思ってしまうはずだ。

 アスペルガーでない一般の人は、相手の気持ちや考えを読み取ろうとするし、失敗することもあるが、かなりうまく読み取れている、と私は思っている。ただ、それは、ほとんどが無意識の領域で働いている(非常に高度な)機能によるものなので、多くの人が、自分がそういうことをしているということ自体に気づいてない。(だから、アスペルガーの人と自分のどこか違っているのかに気づきにくい。)

 というように考えると、ほとんどのアスペルガーの人が一般の人ほど高度な言語能力を持っているはずがない、と言えると思う。

 では、なぜアスペルガーの人はときどき、一般の人が不可能なレベルの高度な能力を示すことがあるのだろうか。それは、一般の人が無意識の領域の能力を広範囲にぎりぎりまで使い切っているのに対して、アスペルガーの人はごく一部の領域しか使ってないからだ、というのが私の仮説である。つまり、無意識の領域の能力をうまく制御出来ないので、局所的に過剰に能力を発揮してしまうことがある、のかもしれないと考えている。

 そして、幼児が成人には無理な高度な学習能力を発揮するのも、無意識の領域の高度な能力を使い切ってないからであり、使い切るための仕組みを構築するためにこそ活用されているからでもある、というのが私のもう一つの仮説である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ