0023 洗脳について(連鎖)
↓2015.08.21
洗脳について(連鎖)
洗脳には連鎖する性質がある、と考えている。それは、洗脳された人が、今度は、他の人を洗脳するようになるからだ。
洗脳された人は、自分がされたことを洗脳だとは気づいてない。(気づくような人を洗脳することは出来ない。)逆に、自分がされたことを正当なことだと受け止めている。だから、洗脳内容を伝えることにためらいがないし、洗脳の仕方によっては、伝えることに強い意欲を持つ場合もある。
洗脳された人は、他の人に対して自分がされたのと同じことを繰り返す。だから、それが洗脳だという自覚がないまま、他の人を洗脳することが可能になる。
ほとんどの洗脳が、洗脳する側の自覚がないまま実行されている、と考えている。自覚しているのは、最初の人だけという可能性もありうる。最初に洗脳を始めた人がパラノイアで、誰も自覚していないという場合もありうる。
高度な洗脳技術によって、強い連鎖反応を引き起こしている場合もある、と考えている。急激に増殖したようなカルトでは、高度な洗脳技術が使われている可能性がある、と考えている。
↓2015.09.10
言葉の主観について
客観的と主観的という言葉がある。より客観的な見方をすることが、より正確に物事を把握するために必要なことは、言うまでもないだろう。
人の物の見方は、その人個人のものであるという意味で、基本的に主観的なものだと捉えるべきだと考えている。ただし、自分自身の既存の判断や習慣的な感じ方などを極力廃することで、客観性の度合いを高めることは出来る、と考えている。
見逃し勝ちなのは、言葉自体に主観的な見方が含まれていることだろう。言葉の概念に主観的な決めつけが含まれていても、それに気づくのは難しい。いちいち使っている言葉の客観性を判断する習慣がなく、無意識の内に当たり前の概念だとしてしまう人の方が多い、と思っている。
一般意味論では、一つの技術として、言葉の抽象のレベルを意識することを提案している。抽象度の高い言葉の場合、えてして、現実と乖離する傾向がある。しかし、現実に当てはめて具体的に説明出来るのかを意識していれば、概念だけが一人歩きすることはないだろう、ということである。
私がよくやるのは、言葉の定義自体を疑うことである。そして、必要だと思えば、自分で言葉をより具体的に定義し直している。他の人には同じ言葉にしか聞こえないので、自分だけが分かっているということも多い。(なるべく説明するが、いちいち説明してられないという場合も多い。)
↓2015.09.29
洗脳について(寓話)
寓話は何かを知らしめようとして謎かけをするが、それが正しいとは限らない。しかし、寓話を読む人は、謎を解いたと喜んで、何か意味のあることを教わったと思いこむ。そこで思考が停止していることに気づかない。
↓2016.03.14
頭の悪い人の英語学習例
英語をヒアリングするとき、各単語の綴りを頭の中で思い浮かべていることが、私は多い。綴りが思い浮かばないと、単語の意味も思い浮かばない場合もある。一応覚えているという程度の単語では、まず綴りを思い出してから意味を思い出すので時間がかかり、その間に、話はどこか遠くに去ってしまっている。
単語を覚えるとき、まず音だけで覚えれば、そのようなことはなくなるのかもしれないが、そうすると、綴りが思い浮かばなくて、文章を読めなかったり、自分で英作文することが出来なかったりするだろう。だから、綴りを覚えないわけにもいかない。
実に頭が悪いな、と我ながら感心してしまう。
↓2016.04.09
洗脳について(言葉)
現実は人を洗脳しようとはしない。人はしばしば言葉によって洗脳される。
↓2016.04.19
民度の違い
日常的に嘘をつく人がいる。嘘をつくことが悪いことだという意識はない。嘘をついているという意識自体が乏しい。まわりの人たちが見え透いていると思っていることにも気づいていない。気づかないから恥ずかしくはない。むしろ、嘘で飾った自分に優越感を抱いている。
まわりの人たちは困惑して受け流している。責める価値すらないと思っている。しかし、相手が嘘をつくことにほとんど無自覚であることには気づいていない。あまりにも見え透いているので、そんなことがありえようとは想像すら出来ないでいる。だから、かえって騙される人すらいる。
<補足>
民度が高いからといって、賢いとは限らない。
↓2016.04.26
思考プロセス
何かを考えるとき、特に文章を書くとき、脳にアプローチするタイミングで微妙に異なった思考プロセスが生じる。だから、何度も繰り返しアクセスして、最善を引き出そうとする。




