0019 洗脳について(初歩)
↓2014.10.26
洗脳について(初歩)
訓練次第で「自分で解くことが出来る洗脳」と、ほとんど「自分で解くことが出来ない洗脳」があると認識している。
洗脳は、基本的には、人の識閾下に植えつけられる。多くの人は自分の表向きの気持ちや考え方しか意識してないが、識閾下にも気持ちや考え方が秘められている。人がはっきりと意識していることは、その人のごく一部でしかない。
なぜ洗脳が識閾下に対して行われるかといえば、そうしないと比較的容易に洗脳が解けてしまうからだ。人は自分が意識していることについては、基本的に、考えることが出来る。不合理な考え方に気づくと、洗脳は解けやすくなる。
洗脳がそういうものであるという前提に立つと、「自分で解くことが出来る洗脳」の解き方も分かってくる。それは、自分の識閾下を常に意識して推理する、ということである。自分の態度や発する言葉には、自然に識閾下の動機から生じたものが必ず含まれているので、それを元にして推理する。ただし、相当な訓練が必要だろう。
そもそも、人は自分の都合にいいように考える癖がある。それは自分自身に対する、一種の洗脳だと言っていい。だから、識閾下の領域について全く推理出来ない人は、無意識のうちに論理を捻じ曲げてしまい、道理に従って考えることなど出来はしない。
ところで、「自分で解くことが出来ない洗脳」については、この方法は通用しない。ヒントだけを示しておく。「ある程度強い精神的外傷では、その傷を癒すよりも、封じこめる方向に力が働くので、状況が改善しても、いつまで経っても傷が癒えることはない。」
↓2014.10.30
洗脳技術の一つとして……
洗脳技術の一つとして、複雑な理論で煙に巻く、というのがある。
例えば、共産主義思想を私は筋が通っているとは全く思わないが、その難解な理論に深く入りこんでしまった人間は、それを理解したことに満足して、あるいは無理やり理解したつもりになったことに満足して、信じこんでしまう。
そういったことは、思想の分野の他に、宗教の分野、科学技術の分野などで、多々ある。
↓2014.11.04
言葉が喚起するものについて
言葉自体は一種の記号であって、厳密に言えば、それで表現出来るものは限定されている。
しかし、言葉が人の脳に入力されると、自動的に、様々な概念や感情などを喚起して、血肉の通った認識(しばしば現実そのもの)として受け取られる。(それが連想であると意識されることは、ほとんどない。)
そのため、同じ言葉が人によって、微妙に、あるいは、根本的に、異なった情報として処理される。
↓2014.12.10
呪術は、経験則と迷信の合成物である……
呪術は、経験則と迷信の合成物である、と考えている。多くは効果があるかどうかが確かでなく、効果があるとしてもその理由が分からない。
経験則の部分については、どんなに荒唐無稽に見えようと、単純には否定出来ない、と考えている。
↓2014.12.20
福島第一原発事故による放射能汚染について
福島第一原発事故による放射能汚染は、放射線量の特に高い地域に行かない限り、恐れる必要はないと思っている。近海の水産物に蓄積される放射性物質は用心する必要があると思うが、検査していれば問題ないだろう。
低レベルの放射性物質でも健康被害があるとの主張もあるが、強迫観念的であったり、プロバガンダであったりするので、どこまで正しいか疑わしく思っている。発癌性が数パーセント高まるという主張もあるようだが、それが正しくても、数パーセントなら気にならない。
某国の過去の核実験でばらまかれた放射性物質は、福島第一原発事故でばらまかれたそれの百万倍だと何かに書いてあった。正確な数値とは思えないが、それが日本に到達していることは間違いない。大阪市で処理した福島県以外の瓦礫物の放射線量が大阪市の土壌より低レベルだったのは、その核実験の影響なのかもしれない、と思った。もし放射性物質は少しであっても危険だという主張が正しければ、もう何十年も前に手遅れだということだろう。




