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0013 死刑は残虐だから廃止しろと……

↓2012.11.30

   死刑は残虐だから廃止しろと……


 死刑は残虐だから廃止しろと、命令するような調子で主張する欧米の人々がいる。

 残虐な犯罪を起こした人に対して、苦痛を極力抑えて死刑にすることが残虐であるかどうかは、人によってかなり感じ方が違うのではないかと思う。残虐であると感じていても、当然の報いだと思っている人もいるだろう。

 欧米人は観念的な概念を絶対的な基準であるかのように主張することが多いと思っているが、これもその一つではないか。

 私の考えは、国民の大多数が死刑を残虐だと受け止めるようになれば廃止すればよいし、そうでなければ継続すればよい、というものだ。こういった問題で絶対的な基準などありえるはずがないと思っている。だから、国ごとで違っていてもかまわないと考えている。

 欧米の人々には、少し思い出してもらいたい。キリスト教徒でないからといって殺すのはかまわないといっていたことはないか?黒人だからといって奴隷にするのはかまわないといっていたことはないか?そしてそれを、当然の理(ことわり)であるといっていたことはないか。(今もたいして変わってないと思いつつ、あえてこの例を出した。)

 欧米人には、頭の中で考えるだけで、実際に目にしているものをちゃんと判断しようとしない傾向がある。頭の中の観念と現実とは別のものだとちゃんと理解し、常にずれを修正しようとすることが必要であると認識してもらいたい。

 死刑を廃止した国でも(「こそ」か?)犯罪者が犯罪現場で射殺されることが珍しくないが、それは死刑の一種ではないかと思う。それは残虐でないと思っているのなら、説明してもらいたいものである。




↓2012.12.07

   目と絵と写真について(メモ)


 目で見た景色と写真が捉えた景色がかなり違うと感じることがある。どうしてかはよく分からない。写真を撮るとき、なるべく目で見えているように撮ろうと試みるが、なかなか難しい。

 引きつけられた景色が狭い範囲にしかない場合はなるべく拡大して撮ったほうがいいし、広い範囲であれば広角で撮ったほうがいいというのは、何となく身についている。目で何かを見るときは、無意識のうちに注目している範囲を狭めたり拡げたりしているから、見えていても気に留めてないものは写さないほうがいいということなのだろう。

 高い山の頂上で360度の景色を意識して眺めていることがあるが、そんなものは当然、写真には撮れない。パノラマで撮っても、同じようには感じられない。


 以前、博物館かどこかで掲げられていた絵を見た瞬間に、これは写真をもとにして描いた絵だろうと思ったことがあった。よく展示を見ると、写真も脇に掲げられていて、思った通りだったことが確認できた。しかし、なぜそれが分かったかはよく分からない。たぶん、絵が稚拙な割には細かいところまで描けているというようなことを、理屈ではなく印象で把握できたからだろう。それだけではなかったようにも思うが。


 美術館などで絵や写真を見ると、絵の方が写真よりも目で見ている景色に近いと感じることがある。写真ではピントの合っている部分と合ってない部分が同時に写されているが、絵では遠くても近くてもピントは合っており、それは人が目で見るときと同じだからなのだろうと思った。また、目や絵は捉えたいと思ったものだけを捉えるが、写真は枠の中の全てを捉えてしまうからでもあるだろう。


 視力が衰えてからモネが描いた蓮の絵は見ていて苛立たしい。視力0.1で見る世界も似たようなもので、見慣れた世界ではある。しかし、眼鏡をかけても、モネの絵がクリアになることはないので、息苦しいとさえ感じる。


 絵を描くときに、目で見た通りの景色を描こうと試みることがある。しかし、絵を描くときには景色ではなくカンヴァス(画用紙)を見ているわけだから、目で見た通りに描くのはなかなか難しい。カンヴァスが透けていて景色を写し取れれば、それこそが目で見た通りに描くということかもしれないが、それがあまり面白くないのは想像がつく。

 それで、絵を描くときには、景色を記憶する能力が重要であることに気づく。対象をよく見て描けという言い方をされることがあるが、それは対象を記憶するくらい見ろということでもあるだろう。記憶した景色をまぶたに浮かべながらカンヴァスに向かえば、より目で見た景色に近い絵が描けるだろう。

 ただ、絵を描くということは、記憶した通りに描くというだけのものではないとも思う。絵のよいところは、記憶した景色を頭の中で意図的に(あるいは無意識に)加工して表現出来ることだと思う。そして、しばしば自分でも思ってもみなかったような造形をも生み出すことが出来ることだと思う。





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