青蝶
やけにあらたまった様子のミハイルに、エカテリーナは微笑んだ。
「これほど素敵な場所にご案内くださったのですもの。このうえない贈り物を、すでにいただいた心地でしてよ」
ほんと、『星読みの塔』なんていう、めったに入れないすごいところへ連れて来てくれたんだから、これで十分だわ。
そりゃ君は皇子だけど、まだ学生なんだもの。友達への誕プレとして、これは上等すぎるくらいよ?高価なプレゼントなんて、しなくていいからね?
ミハイルは、苦笑交じりに微笑する。
「ささやかなものなんだ。誕生祝いのパーティーで君が身に着けていたような、高価なアクセサリーは僕には贈れないから……。でも、僕の領地にしか存在しない珍しいものだから、君は気に入ってくれるかと思って」
あ、内心がバレていた。
しかし、さすが王侯貴族の最高峰な皇子。誕生日パーティーで私が身に着けていたアクセサリーが、ブルーダイヤモンドのセットだと気付いてたのね……。そしてそうだよね、あれって、皇子たる君でもそうそうプレゼントできる代物ではないんだよね。
あらためて、私への誕プレの総額が怖い。
だから、高価なプレゼントではないなら、そのほうが嬉しい。お気遣いありがとう!
「そういえばミハイル様は先日、急ぎの用ということでしばらくの間ご領地の『青蝶の領』に滞在しておられましたわね。あの折には、わざわざご連絡をいただきありがとう存じました」
皇子、出かける時に従僕のルカからミナに、しばらくいなくなると伝言をくれたんだよね。災害でも起きたかと心配したけど、実は皇室の行事のようなことだったと話してくれたっけ。
その領地で、私への誕プレを調達してくれたのかあ。
……しかし高価ではないと言いつつ、ブルーダイヤモンド級ではないというだけで、ある程度のものだったりしないかな。皇子の金銭感覚は庶民とは違うだろうし。
『青蝶の領』って、どんなところなんだろう。そこにしか存在しないって、どんなものかな?
ついつい好奇心がうずくエカテリーナ。
そんなエカテリーナに、ミハイルは小さな箱を差し出した。
「どうぞ。開けてみて」
—―いや、待って。
受け取って、開ける前に、エカテリーナはまじまじとその箱を見つめてしまう。
軽い、木彫の箱だ。宝石で飾った金細工とかではないから、高価ではないのは事実、だろう。しかし。
「ああ……その箱も、かなり珍しいと思う。蒼紋樹という木でできていて、もともと木肌が青みがかっているのに加えて、蒼紋樹の樹液を塗ったことでその色になっているんだ。表面の模様は、葉を加工して葉脈だけにしたものを樹液の中に塗りこめてあるんだよ。あまり知られてはいないけど、伝統ある木彫なんだ」
「とても、綺麗ですわ……」
不思議な色をしていた。
全体としては、灰青色。これは、蒼紋樹自体の色なのだろう、箱に触れた感触はとても滑らかで、それが樹液を塗ってコーティングしている効果と思われる。しかし感触だけでなく、その樹液は透明のようなのだが、青みがかった光沢をもたらすようだ。光が当たると表面に走る光が、木製だというのにこの箱を、ブルームーンストーンのように神秘的に輝かせている。
そしてさらに、青い光沢の奥、灰青色の箱自体の表面に、はっきりと青い網目模様が瑞々しく全体を彩っているのだ。しかもよくよく見れば、その網目模様は全体で、星型……五芒星を形作っているようだった。
五芒星の形の葉脈って……葉っぱ自体が星型っぽい形をしているとか?楓に似た感じで。
いやそれより、葉脈が青いって!蒼紋樹の葉っぱは青いの?でも植物の葉の色素は、青になることはあり得ないんじゃなかったかな。
と思って、ミハイルに蒼紋樹について尋ねてみようとしたエカテリーナだったが、ミハイルがそわそわしている様子なのを見て取って、まずプレゼントを確認することにした。
うんうん、気合い入れたプレゼントを喜んでもらえるかどうか気にしている時って、だいぶそわそわするよね。早く喜んでみせなければ。
そう思って、箱を開いたエカテリーナだったが。
「まあ……!」
口からこぼれ出た声は、純粋な感嘆となった。
箱の中にあるのは、蝶を模った髪飾り。
それは、その髪飾りにある蝶の翅は、青い燐光を放っていた。
「……」
その美しさに、言葉も出ない。
天球儀が映し出す、プレアデスに似た青白い星団。その星々のひとつが地上に流れ落ちて、蝶の形をとっている。そう信じてしまいそうなほど、清冽な光だ。
姿は揚羽蝶に似ている。よく見れば翅には銀色の縁があり、揚羽蝶の黒い模様が銀に置き換わって、きらめいているようだ。
細工物だろうか。翅の細部や触角までも、あまりに精緻に再現されている。何で作られているのだろう?光るといえば虹石だが、この光は虹石とはまったく違う。
エカテリーナが不思議に思った時、ミハイルが言った。
「これは、本物の蝶だよ。僕が捕まえた」
「本物……と、おっしゃいまして?」
エカテリーナはあらためて、まじまじと蝶を見る。確かに青白く光る蝶は、白金らしき髪留めに、ただ留まっているように見える。けれど、微動だにしない。
「この蝶は、捕らえられると石化するんだ。石化というより、硬化かな。そうなると、どれほど力がかかっても、割れることも欠けることもなくなる。そうやって身を守る性質を持っている。この蝶が、『青蝶の領』という名の由来だよ」
本物……マジか……。
宝石より綺麗なんですけど……。
しかし身を守る性質って、石みたいになってしまったら、それはもう生きていないのでは?
という疑問がきざしたところで、ミハイルが言った。
「手に取って、魔力を流してみて」
え?
私の魔力は土属性だから、土にしか流れないよ?
という問いをいったん脇へ置いて、エカテリーナはそっと髪飾りを手に取る。
そうっ……と触れてみた蝶は、確かにとても硬質な感触だ。
蝶を手のひらで包むようにして、エカテリーナは微量の魔力を流し込んでみた。
あら。
流れ込む感じがーー。
エカテリーナがそう思った時。
手のひらの中で、蝶が、羽ばたいた。
えっ!?
あわてて手を開く。
蝶は確かに、光る翅をゆるやかに上下させていた。
そしてーー。
わずかに空気を揺らして、飛び立つ。
「あっ……」
「大丈夫。見ていればいい」
ミハイルが言った。その声は普段より低く、なぜか緊張しているようだった。
ひらひらと青白い光をひらめかせて、蝶は飛ぶ。迷い子の星のように輝いて。
その光が彗星のように尾を引いて見えるのは、鱗粉のようなものが舞い落ちて光を散らしているのだろうか。
何かを探すように、蝶は高みへ舞い上がりーー。
けれど、すぐに降下した。
ひらひらと、はらはらと、青白い光を散らしながら、青蝶はエカテリーナの周囲を旋回する。
「ああ、なんて、綺麗な……」
ファンタジックすぎる光景に、エカテリーナは声を震わせた。
妖精が登場するアニメみたいだけど、実写版だよ。それも超美麗!
周囲をめぐる蝶を目で追って、エカテリーナも身をひるがえす。ひらり、ひらりと。
そして、ミハイルもまた、蝶のゆくえを息をつめるようにして見つめているようだった。
やがてーー。
戻って来た。
エカテリーナの手のひらに、手に持つ白金の髪留めに、青蝶は舞い降りる。
そして再び、動かなくなった。
ミハイルが、小さく息を吐く。
「……魔力を与えると、硬化が解けるんだ。不思議と、どんな属性の魔力でも流れ込む。そして魔力を与えられると、飛び立ってもやがては魔力を与えた人間のもとへ戻ってくる……その、基本的には、だけど」
「なんて……なんて素敵なのでしょう」
エカテリーナは声を震わせた。
すごい、これ、すごい!
すごすぎて語彙力が死んだ!頑張れよみがえれ語彙力!
「わたくし、感動いたしました!美しい奇跡のようですわ、このような生き物が存在するとは、存じませんでした!」
「喜んでもらえたかな。なら嬉しいよ」
ミハイルが微笑む。
その微笑みには、何か複雑な影のようなものがあったのだが。
喜んでもらえて嬉しいって、そりゃ喜ぶわ。こんな綺麗で不思議な生き物が自分の手の中にいるなんて、ほんとにすごいもの!
でもあらためて、自分の誕プレがすごすぎて怖い。さすが皇子だよ、高価じゃないのかもしれないけど、レア度がSSR級だよ。
というかこれほんとに高価じゃないの?誰もが欲しがる素敵さよ?
お金を出しても買えないという意味での、『高価じゃない』だったりしないだろうか!
という考えにひたりこんでいたエカテリーナは、ミハイルの微妙な表情には気付けなかった。
お読みくださってありがとうございます。
浜千鳥です。
ここ数話、たくさんのご感想をいただきありがとうございます。反応をいただけるのは、とても嬉しいことです。こうして連載してお声をいただいていなかったら、書き続けていられなかったことでしょう。
次回更新は5月24日とさせてください。
早くも夏日が続いています。皆様、ご自愛くださいませ。




