03/09. 幻の魔力(3)
「で、何だっけ? あ、ケルギジェだ、ケルギジェ」
話を戻すように、イェルクさんがむくっと起き上がる。
「現在投獄されているチノセパリックは、あくまで体を乗っ取られていただけで、本物は別にいたってことだろ?」
「……本物のケルギジェは、エディンムという霊体魔族だったんです。五年前、聖剣士である姉さんに敗れたケルギジェは、生き残るために姉さんの体に入り込み、復活の機会をうかがっていたようで」
相手は牧師だ。
尋ねられた以上、隠しておく必要はない。
「なるほど。その復活した本物を、お前が倒したってことか」
「俺一人で、やつに勝てたわけじゃありません。マルセラ姉さんはもちろん、フィンネや、何よりリリウがいなければ、俺は確実に殺されていましたよ」
姉さんは『器』として操られ、フィンネは村のみんなのために負傷し、リリウは瀕死の状態にまでなった。
全員が無事でいられたのは、本当に奇跡でしかない。
「それに、姉さんの聖剣が力を貸してくれたんです。半人前の俺に、特別な魔力を分けてくれた――だから俺は、復活したケルギジェに勝てたんですよ」
「聖剣イープノス――邪悪な存在に国の平和が乱されるとき、自らの持ち主となる聖剣士を選び、その聖なる力を与えるという清き刀剣か」
イェルクさんは、イープノスについての情報を、正確にそらんじてみせた。
聖剣と聖剣士の関係については、教会関係者ではない一般の方にも広く知られている。
だからこそ国民は、この地に危機が訪れた時、聖剣士に希望を託すんだ。
「まぁ相手は、本物のケルギジェだったんだ。種族や容姿はとにかく、邪悪な魔族には違いない。聖剣が何らかの助力をするのもうなずける。あれは、意思を持っているとされる武器だからな――それで、どんな力をお前に? まさか、牧師のお前が、聖剣士よろしくイープノスを振るえたわけじゃないんだろ?」
「……信じてもらえないかもしれませんが」
俺は前置きをした上で、イェルクさんに伝える。
「俺は『聖善なる魔力』を宿した魔法の火球で、ケルギジェを倒したんです」
あの日から、実はずっと引っかかっていた。
聖善なる魔力。
それは、他のどの魔力とも違う、非常に特異な魔力――。
「……ほう」
やや間があったものの、イェルクさんは冷静だった。
極端に驚くことも、頭ごなしに否定することもない。
「俺とリリウ――二人で放った魔法ではあるんですが、なぜか自然と俺たちは、聖善なる魔力の呪文を唱えていたんですよ」
魔法効果を発動させる源は、言うまでもなく魔力だ。
その魔力にはいくつかの種類、すなわち属性がある。
たとえば火の魔力、土の魔力、風の魔力、灰の魔力みたいに。
これをベースに、俺たちは定められた呪文によって、任意の魔法を顕現させる。
火の魔力なら魔法の火球、風の魔力なら魔法の突風が、それぞれの属性の代表的な呪文だろう。
もちろん、他にも魔力の属性は存在する。
そういう意味では聖善なる魔力も、魔力属性の一つ、ということになる。
だけど――。
「一応聞くが……お前、過去に聖善なる魔力を使ったことは?」
「な、ないですよ、そんなの。聖善なる魔力なんて、あくまで座学レベルで知っているだけですって」
イェルクさんの問いに、俺は否定で返した。
「まぁ、そうだよな」
予想通りの答えだったんだろう。
イェルクさんは、当然のようにうなずいた。
聖善なる魔力。
その特異な魔力について知ったのは、まだ俺が、魔法の『ま』の字も理解できていなかった頃。
保護された教会の施設での、魔法に関する授業。
そこで聞かされたのが初めてだったはずだ。
当時はやらされてる感が強かったけれど、俺はあの時代に、魔法について一通り学ぶことができた。
少なくとも理論的なことは、恥ずかしくないくらいに理解しているつもり。
だから、嫌々受けていたあの授業も、今になってみれば本当に大切だったなと、しみじみ感じたりもする。
あの頃に得た知識から説明するとすれば、要するに魔法とは、その源である魔力を、術者の望んだように整えて、目的の効果を引き出すもの。
だから火の魔力で火の玉が出るし、風の魔力で突風が吹くんだ。
聖善なる魔力は、魔力属性の一つ――あの頃、何回も読めと指示された教科書にも、そのように書いてあった。
文字通りに受け取れば、火の魔力や風の魔力と、種類は異なるが同列の魔力ということになりそうだ。
でも、魔力属性の一つと考えられる聖善なる魔力には、他の魔力属性と大きく異なっている点がある。
「個別呪文が存在しない属性の魔力なんて、そもそも使い方がわからないもんな」
納得を示すように、イェルクさんが言った。
そう。
聖善なる魔力には、特定の個別呪文がない――とされている。
火の魔力における魔法の火球や、風の魔力における魔法の突風のような呪文がない。
より正確に表現するなら、確認されていないんだ。
これが意味するところは、聖善なる魔力を源とした魔法が、現時点では存在しないということ。
術者が『魔法の火球』と唱えるから火の玉が飛び出すのに、その呪文がないのだから、たとえ王国一の識者であってもお手上となる。
この点、個別呪文なしで、生粋の魔力そのものを顕在化させることは、もちろん可能。
ひょんなことをきっかけに、リリウが俺を脅すべく、手から炎を立ち上らせることがあるが、つまりはあれが生の魔力。
シンプルに『火の魔力』と唱えることで、むき出しの火の魔力が現れるわけだ。
じゃあ、個別呪文が確認されていない聖善なる魔力も、そのまま、単なる裸の魔力としてなら出せる?
残念ながら、それもできないとされている。
この国における魔法のスペシャリストである牧師なら、おそらくは知らない者はいない魔力属性――聖善なる魔力。
教会の施設で、当時の俺のような子供にまでていねいに教え込むくらいだから、嘘やでたらめではないんだろう。
当然、過去に誰かが使った、あるいは明確に認識したから、魔法の基礎知識として残るようになったはずだ。
けれどそれは、確かに魔力属性の一つなのに、個別の魔法が見つけられていない。
とりあえず、現時点では。
それどころか、生の魔力としても顕在化できない。
少なくとも、簡単には。
この妙な事実を、一般的な牧師は、次のように理解している。
聖善なる魔力は、非常に強大な魔力。
ゆえに、特定の誰かが一つの具体的な魔法として使用すると、その個人の能力を著しく超えてしまう。
術者が自分の中で魔力を整えることが不可能であるから、任意の効果を導くための前提条件が、そもそも満たされない。
よって、魔力としては確かに存在しているが、それを源として魔法を発動させることはできない。
細かな表現はとにかく、だいたいこんな具合だった。
その未知なる性質から、聖善なる魔力は、時としてこう呼ばれる――『幻の魔力』と。




