03/07. 幻の魔力(1)
新しい訪問者を迎えることになった夕食だが、普段通りの和やかな時間となった。
イェルクさんは、終始ご機嫌。
俺の料理に、一応は満足してくれたらしい。
最低限のもてなしはできたようだ。
アミカちゃんは帰宅し、どんどんと夜の色が深くなっていく。
リリウと姉さんが目をこすり、フィンネがあくびを始めた頃合いで、俺はイェルクさんを、空いていた客間に案内した。
滞在中は、ここを使ってもらう。
「何もありませんが、掃除は行き届いています。ゆっくり休んでください」
窓から差し込む月明かりで確認できるのは、一つのベッドだけという簡素な空間。
入ってすぐの扉横にある燭台に灯を灯すと、赤い揺らめきが、うっすら周囲を染めた。
「十分だ。感謝するぜ、カッタ」
奥まで進んだイェルクさんは、持っていた革袋を、壁沿いに置いた。
「とはいえ、これで寝酒でも飲めりゃ最高なんだけどな」
「言ったはずですよ。ここに、そんなものはありません」
実は食事中、イェルクさんから『酒は出ないのか?』と聞かれたんだ。
教会の指導により、ガーシュ王国の成人年齢は二十歳。
子供の飲酒は、当然認められていない。
この家で暮らしているのは、みんな未成年だ。
最年長のマルセラ姉さんでさえ、まだ十代。
その手のものを提供できるはずがなかった。
「……牧師なんですよね、イェルクさん?」
「何だよ。牧師の飲酒は、別に禁じられてないぜ。大人のたしなみじゃねーか」
聖職者は、たとえ許されていても、お酒とは距離を保つべきだ――話の流れから、彼は、俺が堅苦しい意見を主張したと受け取ったらしい。
でも、そうじゃない。
「まぁ、あれだ。近々、この村で祭りがあるらしいし、その日は飲めるだろ? 楽しみだ、なははははっ」
「…………」
部屋から去らない無言の俺に、イェルクさんは、何かを察したように答える。
「はいはい、安心しろよ。俺はな、成熟した美しい女性がタイプなの。若いのは、単なる目の保養。そういう趣味はない。だから、お前もさっさと寝ろ」
俺と、イェルクさん。
ここにいるのは二人だけ。
聞くべきことを聞くために、あえて遠回りする必要なんてない。
リリウとも約束したしな。
「……旅の牧師が、どうしてキルムーリの集落を探しているんですか?」
俺は、単刀直入に切り出した。
おそらくこれは、イェルクさんにとって、あまりにも不意な質問のはずだ。
ここまでに、キルムーリの『キ』の字も出ていない。
唐突な展開。
慌てるなり、あるいはしらを切るなり、俺はその手の反応を予想していた。
けれど彼は、
「ふーん、そういうことか」
俺の意図を瞬時に理解したようにつぶやいた。
「だからお前、この部屋から出ていかなかったわけね、はいはい」
「…………」
正直、こっちが戸惑う。
「おいおい、聞いてきたくせに驚くなよ。俺が、テキトーにごまかすとでも思ったか? そんなことしたって、どうせお前は問い詰めてくるだろ? メンドーなんだよ」
気だるそうしながら、イェルクさんはベッドに腰を下ろした。
「俺は夜、男と二人きりになって喜ぶ趣味もないんだ。ここからお前を追い出すには、素直に認めるのが一番楽じゃねーか」
出鼻をくじかれた感じではあるけど、これはこれで話が早い。
さっきの質問に対してイェルクさんは、堂々とした態度で応じてきた。
これはつまり、彼がすべてを肯定したことの証明。
問題となっていた例の旅人は、この人で間違いないってことだ。
「あのキルムーリの少年にでも聞いたのか? 人間も魔族も、田舎の連中はおしゃべりで困るぜ。何かあると、すぐに広まる」
彼の言う『あのキルムーリの少年』とは、きっとウダロのことだろう。
そうか、やっぱり。
「オドニオ森林にいたんですね、イェルクさん。昨日、俺たちがトスロの集団に囲まれていた時の、あの場所に」
「偶然だけどな」
彼は、俺が置き忘れた野草摘みのためのかごを、なぜか村まで運んできてくれた。
『ほらよ、少年のだろ?』
『……どうして、これをあなたが?』
『細かいことはいいじゃないか』
森の中にある誰のものともわからないかごを、俺のものだと知った上で差し出してきたんだ。
そんなことができるのは、俺が、あのかごを放置した場面を実際に見ていた人にしかできない。
簡単な結論だ
「あの時、俺たちを助けてくれたのは、あなたなんですよね?」
「気まぐれだよ、ただの気まぐれ」
俺が、トスロたちのボスであるドムタノンと戦っていた最中に唱えられた、あの呪文――。
『〈魔法の風圧〉』
リリウでもフィンネでも、ウダロでもない誰かが、まるで俺たちを援護するかのような魔法を放ってくれた。
そのおかげで俺たちは、数で負けていた魔族から、無事に逃げることができたんだ。
「わかりませんでした、最初は。でも、あなたの声が、あの場で耳にした呪文詠唱の声と似ていたことに気づいて、それで」
だから俺は、少なくともイェルクさんが、あの魔族たちの仲間ではないことを、話を切り出す前から確信していた。
魔法で俺たちを助けてくれたということは、彼が本物の牧師であることを裏付ける証拠にもなる。
偽者なら、瞬時に適切な呪文を唱えることなんてできないだろうから。
「関わるつもりなんてなかったんだぜ。しかし万が一、お前らがあの魔族の集団に殺されでもしたら、さすがに寝覚めが悪い。だから、とりあえず影からちょっかいだけ出して、それで済まそうとしただけ。恩着せがましいのは性に合わないんでな」
変な人ではある。
けれど、悪い人ではない。
そう思えた。




