03/06. そういうの、ちょっとうれしいかも
俺の家、日暮れ前。
「はじめまして、ようこそナコタ村へ。私は、この村の村長の娘、アミカといいます。牧師さまとは親しくさせてもらっているんですよ」
アミカちゃんが自己紹介。
子供たちにつきっきりだった彼女は、例のエロエロオヤジとは、今ここで初対面だった。
「これはこれは、ていねいに。俺はイェルク、旅の牧師だ。しばらく、この村で世話になりたい」
「あいにく父は不在ですが、ゆっくりしていってくださいね」
「村長の娘にそう言ってもらえるとは、いやはやありがたい。よろしく頼むよ、アミカ」
彼としては、一応まともな受け答え。
できるなら、はじめからそうしてくれ。
夕食の準備をしながら、それとなく二人の様子を確認していると、
「ねぇ、カッタ」
心配そうにリリウが聞いてくる。
「いいの、この家に連れてきちゃって?」
「仕方ないだろ」
半分投げやりに、俺は答える。
「ナコタで過ごすって言っている以上、あの人を無理に追い出すわけにはいかない。かといって、村の誰かの家に泊まってもらうのも、ちょっと違うだろ? そう考えると、ここで面倒をみるしかないんだよ」
マイペースなスケベオヤジではあるが、具体的に、何か悪さをしでかしたわけじゃない。
宿屋のない集落では、地域の長、あるいはそこを管轄する牧師が、訪れた旅人をもてなすのが慣習とされているし、例のごとくこの家は、ずいぶんと部屋が余っている。
行くあてのない人を迎えるために、日頃から、その手の準備もしているからな。
「どういうわけか、ナコタのみんなには気に入られている。とりあえず、今はお客さんとして扱うさ」
「まぁ、カッタがそう言うなら、あたしは受け入れるけど」
どことなく不満そうだが、リリウは納得してくれたみたいだ。
「例の件は、夕食後にでも尋ねてみるよ。俺としても、そこははっきりさせたいしな」
「うん、じゃあ任せる」
コーソ村に興味を示していたという、謎の旅人――それが仮にイェルクさんなら、ムーボや、あのトスロたちとつながっている可能性が出てくる。
この国には、悪い魔族と組んで悪事を働く人間もいるだろう。
そういう相手には、牧師として、しっかりと対応しなければならない。
とはいえ俺も、さすがにそこまでの話になるとは考えていない。
ムーボやトスロたちは、とにかく好戦的な魔族だった。
その彼らの仲間だとしたら、集落の代表者を呼びつけた上で滞在許可を求める――なんて回りくどいことはしないはず。
この前のチノセパリックみたいに、いきなり乗り込んできて暴れ出しそうなものだ。
だから少なくとも、あの魔族たちとの接点は薄い――そう考えてもいいんじゃないか。
イェルクさんは、自らを牧師だと言った。
もちろん牧師は聖職者。
俺がそうなれているかどうかは別にしても、この国では一応、周りからの尊敬を集める立場だとされている。
その点を利用して、たとえば田舎の村なんかでは、偽者が牧師を名乗って悪事を働く――という話も伝え聞く。
都市部には、エリート牧師が多く在籍しているけど、地方では、このナコタのように、一つの集落に一人の牧師ということもめずらしくない。
田舎だと、その集落外の情報にうとくなる。
優秀な牧師でも、悪知恵を持つ偽物にだまされちゃったりするんだ。
つまり、自称牧師の旅人を、無防備に信頼するわけにはいかない。
俺は、ナコタの教会堂を預かっている。
だから、警戒心が強くなるのも仕方がないんだ。
そういうわけで最初は、あの人が本当に牧師かどうか、正直半信半疑だった。
ちょっとした昼間の言い合いは、俺が彼を怪しんでいたことが、少し表に出てしまった結果なのかもしれない。
だが、それなりに冷静になってみると、おそらくイェルクさんは本物の牧師なんだろうって、今はそう思っている。
彼がうそつきじゃない根拠も、自分なりには見つけられたしね。
まぁ細かいことは、あの人から聞き出せば済むことだ。
「村民は優しい。宿にも飯にもありつける。まったく、いい村に寄れてよかったぜ、なははははっ」
当の本人はすっかりくつろいだ様子で、テーブルの椅子についている。
あれくらい図太くないと、旅人にはなれないのかもしれない。
「しかも、この家、やたらかわいいお嬢ちゃんが多いしな」
テーブルの周りには、もちろん姉さんとフィンネもいる。
イェルクさんは、その二人を含めて言っているんだろう。
「ダークエルフのリリウとフィンネ、姉のマルセラ、それにこのアミカ――みんな、将来が楽しみな美人さんばかりだ」
具体的に何の将来なのか、あの人の口からだから疑いたくもなるけれど、深くは追求しないことにしよう。
聞き耳を立てていた俺に、イェルクさんが声をかけてくる。
「いいなぁカッタ、うらやましいぜ、なははははっ」
「…………」
考えてみれば、この家には今、四人もの女の子が出入りしているんだ。
夜、アミカちゃんは自宅に帰るけれど、それでも三人が、あのスケベオヤジと一つ屋根の下になるわけで……う、うーん。
「リリウ」
「何?」
「お前、今日からは、部屋の鍵をしっかり閉めて寝ろよ」
一瞬、俺が何を伝えているのか、わからない様子のリリウだったけど、
「……もしかして、心配してくれてる?」
察してくれたのか、きょとんとしながら確認してきた。
「何だよ、悪いか?」
まぁリリウなら、そういう場合、火の魔力で黒こげにしちゃうだろうけど、一応な。
姉さんやフィンネにも、あとで忠告しておこう。
「ううん、悪くない……悪く、ないよ」
そこで、不自然に視線を外したリリウ。
食器をいくつか手にすると、そのまま俺に背を向けてしまう。
「カッタ」
みんなのいるテーブルの方へ行くのかな――と思った瞬間、
「あ、ありがとね。そういうの、ちょっとうれしいかも」
小さな声でつぶやいて、振り返ることなく、そそくさと離れていった。




