03/05. 疑惑の視線(3)
「……あれ?」
沈黙を守る相手に、いぶかしさを感じたのかもしれない。
のぞき込むように近づきながら、マルセラ姉さんが呼びかける。
「あの、イェルクさん」
そこで、初めて彼は、姉さんと向き合った。
「どこかでお会いしたこと、ありますか?」
「……いや、そんなわけないだろう」
一瞬の間と、端的な否定。
どこか意を決したように、イェルクさんは答えていた。
「「「「「ん?」」」」」
彼と姉さんのやり取りに、村のみんなは、少し置いていかれたような表情。
「そうですよね。イェルクさんが牧師ということなので、きっと誰かと勘違いしてしまったんだと思います。気にしないでくださいね」
「……俺が、いくら牧師とはいえ、聖剣士であるお嬢ちゃんと関わりを持つなんてことはない――そうだろ?」
イェルクさんのそれは、まるで確かめているようだった。
念を押すように。
そして、間違いないことをはっきりさせるみたいに。
「え、あ、はい……す、すみません、変なことを聞いてしまって」
威圧的な印象すら受けるイェルクさんの発言に、姉さんは申し訳なさそうに返した。
和やかな雰囲気が、かすかにひりついた――ように見えた直後、
「いやぁ、まさか俺が、あの聖剣士と直に会えるなんて。旅もしてみるもんだ――なははははっ」
イェルクさんはまた、あの妙に社交的な雰囲気に変化する。
「何より、こんな美人のお嬢ちゃんが、王国を乱したケルギジェを討った英雄とは、いやはや驚いた――なははははっ」
「で、ですから、そんな英雄だなんて……」
「いいじゃないの、お嬢ちゃん。誇りなさい、誇りなさい。そして、もっと胸を張りなさい――でへへ♪」
なっ!?
あの人、姉さんの胸をスケベな目で――くそっ。
俺は、すぐさま動き出す。
「君は、すでに多くを得ている。まだ若いんだから、将来性もバッチリだ。だから、とにかく胸を張りなさい。いついかなる時も、胸を、強く前に、ぐっ、ぐぐっと――お、おい、見えないじゃないか!?」
「見えなくていいんですよ、イェルクさん」
マルセラ姉さんの胸を――もとい、マルセラ姉さんの尊厳を守るため、俺は素早く割って入った。
「……ちっ、またお前か」
エロエロオヤジが、忌々しそうに吐き捨てる。
姉さんの前に立っている俺が、心底じゃまらしい。
「姉を、変な目で見ないでください」
「お前な、先に言えよ、姉ちゃんが聖剣士ならさ」
まるでこちらに落ち度があったみたいに、イェルクさんが訴えてきた。
ここまでの流れで、俺とマルセラ姉さんが姉弟だってことは、一応伝わっているらしい。
「そんなこと、俺は聞かれていませし、そもそも、あなたに言う義理はありませんよ」
「か、カッタくん……」
言葉の強い俺に、背中の姉さんは少し慌てていた。
「ど、どうしたのさ、カッタくん?」
「い、イェルクさんは、村のお客さんなのよ」
「何か気に触ったのかい? お互い牧師同士なんだし、そういう意味でイェルクさんは君の先輩だ。仲良くした方がいいと思うぞ」
周りにいる村の方々も、それとなく俺をなだめようとしている。
きっとみんなには、俺がイェルクさんにいちゃもんをつけているように見えるんだ。
もちろん俺は、彼とケンカをしたいわけじゃない。
リリウや姉さんに対する言動には目をつぶるとしても、村のみんなほどは、この人のこと信用してはいない――ただ、それだけだ。
とはいえ、穏やかな午後の一時が、俺のせいで、いくぶん刺々しくなったのは確かだ。
その空気を感じとったのか、
「なははははっ、そうかそうか」
何とも大げさに、イェルクさんが笑い出す。
「まったくカッタは、お姉ちゃんが大好きなんだな。シスコン、シスコン。なははははっ」
「えっ!? い、いきなり何を言っ――」
「いいじゃないか、姉弟愛。恥ずかしがることはない。素晴らしい。なははははっ」
話の流れを直角に曲げてきたイェルクさんに、俺は戸惑ってしまう。
けれど彼はおかまいなしに、馴れ馴れしくも俺の肩に手を回してきたんだ。
「はいはい、わかったわかった。カッタにとってマルセラは、ものすごぉーく大切な、自慢のお姉ちゃんってことだな。なははははっ」
何をどうわかっているのか、俺には全然わからないが、勝手に納得し始めたイェルクさん。
すると、
「何だ、そういう話だったのか」
「私、急にカッタくんが入ってきたもんだから、てっきり」
「カッタくんにとってマルセラちゃんは、もちろん自慢のお姉さんだろう。それをイェルクさんにも伝えたかったんだな、うん」
俺からすれば強引な展開なのに、村の方々は、そういうこととして受け入れていた。
しかも、
「もう、カッタくんったら♪ みんなの前でなんて、お姉ちゃん、恥ずかしくなっちゃうよ――うふふ」
後ろのマルセラ姉さんまで、すっかり丸め込まれていた。
「お姉ちゃん大好きなカッタくんのこと、お姉ちゃんも大好きだよ」
「ね、姉さん、今はそういう話じゃな――」
「え、カッタくん……お姉ちゃんのこと、もしかして好きじゃないの?」
「あ、いや……そ、そういうわけじゃないけど」
悲しそうな姉さんに、俺は口ごもってしまう。
「好きだよね、カッタくん?」
「だ、だから、それは――」
「お姉ちゃんのこと大好きだよね、カッタくん?」
「そ、そりゃ……す、好きだけどさ」
本心だけど、半分は仕方なく答えた俺。
ちらりと確認すると、いまだに俺と離れようとしないイェルクさんの、何とも腹立たしいニヤニヤ顔が。
「ほほぉーぅ」
してやったりと言わんばかりに、俺をからかうような目をしていた。
くそう。
どうして俺は、この人の前で、こんな罰ゲームみたいな発言をしなきゃならないんだ。
しかも周りのみんなは、まるですべてを理解しているみたいに、こちらを見ながら『うんうん』とうなずいているし。
完全にペースを乱された俺は、もはや本題を切り出せなくなっていた。
うなだれるしかない俺に、ここまでの流れを見守っていただろうリリウとフィンネが、あきれた感じで近づいてくる。
「もう、カッタってば」
「いきなり飛び出したと思ったら、何で肩なんか組まれてるのよ」
仕方ないだろ、こうなっちゃったんだからさ。
そんなこんなで、いろいろなことがうやむやなまま、
「なはっ、なははははっ」
イェルクさんの笑い声は、一段と強く響いていた。




