03/03. 疑惑の視線(1)
突然現れた自称牧師の旅人、イェルクさん。
暴力的な魔族とかではないにせよ、いまいち信用できないタイプの男性だ。
どうやら村に滞在するつもりらしいが、図太いエロエロオヤジを、おいそれと受け入れるわけにはいかない。
いくら優しいナコタのみんなでも、ああいう態度の相手には厳しくガツンと――なんて思っていたんだけど、
「いやぁ、奥さんが淹れてくれた紅茶、王国一うまいですねぇ」
「あらやだ、お上手なんだから♪」
村の女性も、
「こちらは見事な舞台だ。こんなものが造れるのなら、王都の大工職人も真っ青ってもんですよ」
「おだてられても、何も出ないよ、あははははっ」
村の男性も、
「それにしても、素晴らしい集落ですねぇ――あ、暮らしている皆さんが素晴らしいから、自然とそうなっちゃうのか」
「「「「「もう♪ ゆっくりしていってね、イェルクさん」」」」」
「「「「「照れるぜ♪ ゆっくりしていきなよ、イェルクさん」」」」」
みんながみんな、すっかり彼を受け入れてしまっていた。
「……うそだろ」
戸惑う俺をよそに、村の広場では、イェルクさんを囲んでのお茶会もどきが開催されている。
それぞれに休憩時間を過ごしていた村の方々を、あの妙に高いコミュニケーション能力で、この場所に集めてしまったんだ。
「何なの、あの人間?」
いきなり現れたイェルクさんを、さすがのフィンネも警戒していた。
俺のとなりで、それとなく彼をながめている。
「気をつけなよ、フィンネ。あいつ、すんごいエロエロオヤジだから」
同じく俺のとなりのリリウが、胸を隠すようにして彼をにらみつけていた。
「ぼ、牧師って、実はみんなエロエロなんじゃないの、カッタ?」
「言いがかりはやめてくれ、リリウ。俺を、その『エロエロ』に巻き込むな」
同じにされたら、他の男性牧師全員が泣くぞ。
「何、胸でも触られたの?」
「さ、触られてなんかないよっ!? じ、ジロジロ見られただけっ」
「それだけ? まったく、子供なんだから、リリウは」
余裕のある大人の女性――的な雰囲気を出してるフィンネだが、なんちゃってビッチの化けの皮、もうすっかりはがれてるんだからな。
「まぁいいわ――それで、どうしてあの人間はナコタ村に来たのよ?」
リリウをあしらいつつ、フィンネが俺に聞いてきた。
「さあな。旅人なのは間違いないはずだが、ここを訪れた理由はよくわからない。普通に考えれば、雨風をしのげる場所を求めて――ってことになるんだろうけど」
「牧師なんでしょ、あの人間も?」
「そうらしい」
だが、口では何とでも言える。
俺としては、半信半疑だった。
「牧師って、みんな教会堂にいるものだと思ってたけど、あの人間みたいに、旅をする牧師もいるのね」
彼女なりの素朴な感想を、フィンネが口にした。
「確かに多くの牧師は、王国各地の教会堂の管理者であり、その地域の安全と、そこで暮らす人々の心の平穏のために働いている。だから、牧師は教会堂にいるっていう理解は、決して間違っているわけじゃない」
その端くれとして、俺はフィンネに説明する。
「だけど、全員が全員、特定の地域や、その教会堂を担当しているわけでもないんだ。上級聖職者の指示を受け、国中を転々としている牧師もいるよ」
たとえば、マルセラ姉さん。
聖剣士である姉さんは、正確には『牧師』ではないかもしれないけど、教会に属する聖職者の一人という意味では同じだ。
もともと、ケルギジェ討伐の命がそうだったし、その後、姉さんが各地を流れていたのも、旅の中で聖職者としての務めを果たすという使命に基づくものだった。
だから、数の上では例外的だけど、旅人の牧師だってめずらしくはない。
別に、聖剣士のように特別な地位でなくてもいい。
俺みたいな若い世代への教育を目的として、ベテラン牧師が、東西南北の教会堂へ赴くことだってあるらしいし。
とはいえ、あのイェルクさんが、そんな目的でナコタ村に来たとは思えないよな。
仮にそうだとしても、リリウにエロエロ認定された人に、俺は指導なんてされたくない。
そんなイェルクさんの、脳天気な笑い声が響く。
「なははははっ」
何か引っかかるな、あの声。
不思議と、どこかで耳にしたような――。
「ふーん、牧師もいろいろなのね」
さして興味もなさそうだが、一応フィンネは納得してくれた様子。
「まぁ、森で夜を過ごすより、村や町で休めた方が楽ってことでしょ、あのイェルクっていう人間も」
「え?」
フィンネには何気ない発言だったんだろうが、俺は不意に聞き返してしまう。
「だから、オドニオ森林よりも、ナコタ村の方が安心して眠れたりするでしょ。牧師だとしても、野犬やタキシムが出てきちゃうかもしれない場所じゃ、追い払うのも面倒じゃない」
「……ああ、うん」
「何よ、オドニオ森林から来たんじゃないの、あの人間?」
当たり前のことを、俺はフィンネによって認識させられた。
イェルクさんは、森へと続く村の北部から、このナコタに入ってきた。
だから当然だけど、あの人はまず、オドニオ森林にいたんだ。
彼が本当に牧師かどうかはとにかくとしても、人間の旅人なんて、この国にごまんといるだろう。
けれど、今の俺にとって、そのありきたりな存在は、おいそれと見過ごせない相手になっているんだ。
「カッタ」
リリウが呼びかけてくる。
彼女も、何か気づいたことがあるみたいだ。
「この前、あたしが森にいたときに使っていた洞窟に連れていったこと、覚えてる?」
「ああ」
思い返せば、ウダロと初めて遭遇した日のことだ。
「あたし、カッタの家で暮らすようになってから、あそこにはまったく行ってなかったのに、なぜか、たき火をした形跡が残っていたじゃない?」
そうだった。
自分じゃない誰かが、確かにそこにいた気配に、リリウは違和感を訴えていたんだ。
「あの森を抜けるため、旅人が一晩を過ごした――あたしもカッタも、あの時はそういうふうに考えたけど……だとしたらさ」
「そうだな、そういうことかもしれない」
どうやらリリウは、俺と同じことを想定しているらしい。
「……な、何、私にも教えなさいよ?」
一方、ぴんと来ていない様子のフィンネ。
悔しそうに俺たちを見ていた。
「昨日、カデフさんに聞いたろ? コーソ村のキルムーリに話しかけてきたっていう、旅人風の人間の話をさ」
「……あっ!」
察しの悪かった彼女も、どうやら理解してくれたようだ。
『少し前の話になるんだが、この村のキルムーリが、森で人間と遭遇してね』
『人間……ナコタ村の人ですか?』
『いや、どうも君の村の方ではないらしい。不意に声をかけられて「あなたの住むコーソ村まで案内してくれないか?」と言われたそうだ。ナコタの人間なら、そんなことを口にしないだろう? こちらの事情も、それとなく理解しているわけだし』
『どんな人間だったんですか? 性別とか年齢とか、服装から読みとれる身分や職業とか』
『旅人風の中年男性だったと聞いている。まぁ、その人間に驚いて逃げ出した者の話だから、どこまで正確かは保証しかねるけどね』
昨日の今日だ。
忘れるはずもない。
「じゃあ、あの人間が、コーソ村に行きたがっていた旅人ってこと?」
「断言はできないけど、その可能性は高い。俺が森に置き忘れた野草の入ったかごも、なぜかあの人が持っていたしな」
笑っているイェルクさんへ、俺は視線を飛ばした。
もちろん、ゆっくりと休める場所を求めて、彼はコーソ村を訪れようとしていたのかもしれない。
あの集落の特殊な伝統を別にすれば、それはおかしな話じゃない。
でも、チョンチョンのムーボや、あのトスロたちの存在を考えると、果たして本当にそれだけなんだろうか。
もしかしたらイェルクさんも、昨日の魔族と同じように、ウダロたちキルムーリを害する相手かもしれない。
怪しくない――とは、とても言い切れなかった。




