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ダークエルフの女の子が、聖職者と仲良くしたらダメですか?  作者: 渋谷 恩弥斎
第2章 少年牧師と、風を奏でる森の民
89/114

03/02. 謎のエロエロオヤジ

 ナコタ村、北側の外れ。


 オドニオ森林へと続く小道を背に、一人の男性が立っていた。


 使い込まれたローブを羽織っていて、これまた使い込まれた革袋を手にしている。

 おそらく旅人なんだろう。


「あの人だな?」

「うん、たぶん」


 俺は、リリウに確認しながら近づいていく。


 向こうも気づいたんだろう。

 何だか大げさな感じで、こちらに呼びかけてきた。


「おぉーっ、ごくろうさん。待ってた、待ってた」


 正直なところ、みすぼらしい服装だと思った。

 もしかして空腹で弱っているのか――なんて考えたりもしたが、そんな様子はない。

 声には、十分な張りがあった。


「どうも、はじめまして」


 とりあえず俺は、礼儀正しくあいさつをする。

 相手はフードを深く被っているから、その顔を詳細には認識できない。

 だが、間違いなく年上だ。


「俺は、ナコタ村の牧師、カッタです。今、この村の村長は外に出ているので、俺が代理のようなものなんですよ。すみません、若輩者じゃくはいもので……」


 俺は、少し恐縮しながら伝える。


 すると、どういうわけか彼は、


「……おっ」


 対面した俺に反応して、小さな声をもらした。


「(なるほど、やっぱりな)」


 聞き取れないような独り言。


 一瞬不思議に感じたが、俺は話を続ける。


「あ、あの……この村に、何かご用ですか?」


 わざわざ訪ねてきたんだから、その理由があるはずだ。


「少年」


 フードで顔を隠したまま、彼が俺に問いかける。

 声色が変化し、ついさっき呼びかけてきた時とは、ずいぶん印象が異なっていた。


「お前、ここの牧師なんだよな?」

「ええ、一応」


 だから、そう名乗ったじゃんか。


「年齢は?」

「俺の歳ですか? じゅ、十六ですけど……」


 それ、関係ある?

 若いから舐められてるんだろうか。


「最近、村から出たことはあるか?」

「え? そ、そりゃあ、まぁ、森に行ったりはしてますよ」

「そうじゃない。ガーシュの王都を訪れているかどうかだ」


 なら、はっきりそう言えよな。


「ありませんよ。そもそも王都なんて、ここからずいぶん遠いじゃないですか」

「他の都市部へは?」

「ないですって。ナコタから一番近い大きめな集落へだって、もう二ヶ月は足を運んでいませんよ」


 俺は、ちょっといらだちながら答えた。


「先日、村が二体の魔族に襲撃されたんです。何とか討伐できたその魔族たちを投獄するため、王国兵数名が引き取りにきましたが、外部との目立った接触なんて、最近はそれくらいなものですって」


 乗り込んできた男女のチノセパリックを、国へ適切に引き渡したときのこと。

 俺は、その派遣兵が来るまで、やつらが逃げないよう見張っていただけだ。

 村からは出ていない。


「じゃあ、教会本部から召集をくらったり、あるいは、何か連絡が届いたりしているか?」

「……あの、いったい何なんですか?」

「質問しているのは俺だ」


 いや、最初に質問したのは俺だっての。

 ここに来た用件を尋ねたじゃないか。

 自分勝手だな、この人……。


「本部からの呼び出しも連絡も、まったく受けてませんよ。だいたい、小さな村の教会堂を預かっているだけの俺に、教会本部が何か言ってくるわけないじゃないですか」


 教会本部は、文字通り『教会』の『本部』。

 この国の牧師やその関係者を統べる総本山そうほんざんで、能力や地位の高い上級聖職者によって組織・運営されている。


 正式な牧師とはいえ、俺は末端も末端。

 教会本部と直接関わる機会なんて、死ぬまでにあるかないかだ。


 あえて具体的な接点をあげるとすれば、俺にとってはマルセラ姉さんかな。

 そもそも、五年前のケルギジェ討伐のめいは、教会本部が中心となって下したもの。

 だから姉さんは、組織の幹部に当たる上級聖職者とも対面しているはずだ。


 まぁ、とにかくその程度。

 俺にとって教会本部は、要するに遠い存在なんだよ。


「…………」


 急に黙ってしまった旅人風の男性。


 俺は、腹立たしいことが伝わるように言ってやる。


「で、まだ何かありますか?」


 すると彼は、ゆっくりとフードをとった。


 中年男性。

 やや長い、うねりのある茶色い髪。

 筋の通った鼻に、無精ひげ。

 人間としては高い身長。

 想像していた以上に端正な顔立ちだったが、品の良さみたいなものは、少しも感じられなかった。


 直後、


「いやぁ、悪い悪い。おじさん、こう見えて心配性だからさぁ。確認しとかないと、いろいろ安心できないわけよ」

「……確認? あの、何をそんなに――」

「いいのいいの、気にするな、少年」


 また彼は脳天気な雰囲気になり、俺の肩をバシバシ叩いてきた。


「それにしても、若いのに頑張ってるねぇ。ここの教会堂を切り盛りしてるんだろ? おじさん、尊敬しちゃうなぁ、あははははっ」

「……は、はぁ」


 どう対応したらいいのかわからず、俺はあいまいに答えるだけ。


「……何、この人?」


 一部始終を見守っていたリリウも、謎の訪問者に対して、ただただ怪訝けげんな表情を浮かべるのみ。


「おっ、少年もすみに置けないねぇ。こんなけしからん胸をしているダークエルフのお嬢ちゃんを、はべらせちゃったりなんかしちゃったりしてさぁ」

「っ!?」


 でへへ――と、ゆるんだ視線で鼻の下を伸ばす男性に、リリウが恥ずかしそうに体を引いた。


「こ、この人、すんごいエロエロオヤジだよ、カッタ!?」


 言うまでもないな、うん。


「おっ、気が強いのが好みか、少年」


 女の子に『エロエロオヤジ』認定されたというのに、彼は少しもたじろがない。

 図太い人だな、おい。


「いやはや、いい趣味してるね。彼女だろ、彼女♪」


 今度は、俺をひじでつついてきた男性。


 マジで何なんだ、この人は。


「んなっ!? も、もう何なの!? さ、さっきからふざけたことばっかりでさっ」


 語気を強めてリリウが反論。


 言ってやれ言ってやれ。

 俺の分も、きっちり文句を言ってやれ。


「あ、あたしとカッタは、その……そういうんじゃ、ない、し」


 けれどリリウは、ふわふわした言葉しか返さなくて。


「あ、違うのか? つまんねーなぁ」


 その答えに、どことなく不満そうな男性。

 いったい何を期待してたんだ、この人は。 


「で、でも……あたしとカッタって、そ、そんなふうに見えちゃったり、してるの?」

「見えちゃってる見えちゃってる。おじさんには、よぉーく見えちゃってるぅ――げへへ♪」


 あんたが見えちゃってるのは、リリウの胸だろーが。

 目線が一直線だっての。


「ま、まぁ、将来は……ど、どうなるかわからないからね、うん」

「いいや、わかるよ、おじさんには。楽しみだよねぇ。将来は、もっとすごいことに――おっ!?」


 俺は、さっとリリウの前に。

 これ以上、スケベオヤジに目の保養をさせてやる必要はないからな。


「で、この村を訪ねてきた用件は?」

「あっ……そ、そう、その話だったよね」


 あらためて、俺が男性に問いかけると、リリウも気を引き締めたように続いた。


「理由があるから、代表者を――俺を呼び出したんですよね?」


 この人のおかしなペースに飲まれてしまったが、そもそもの本題はそこだ。


「あらら、怒ったかい、少年?」

「別に」

「ははっ、若いねぇ、うらやましい」


 わかったような口振りで、謎の中年男性は笑っていた。


「ほらよ、少年のだろ?」


 すると、ローブの影で気づかなかったが、背中に隠れていた何かを、彼が俺に差し出す。


 それは見覚えのあるもの。

 昨日の騒ぎで、森の中に置き忘れていた、あの野草採取のためのかごだった。


「……どうして、これをあなたが?」

「細かいことはいいじゃないか」


 めんどくさそうに手を振りながら、男性が村の中へと進んでいく。


「ちょ、ちょっと!?」

「俺は『イェルク』」


 引き留めようとした俺に、彼が言う。


「俺は長旅で疲れてるんだ。だから、ちょっと厄介やっかいになるぜ。ま、よろしく頼むよ、後輩」

「……後輩?」


 その聞き流せない言葉を、俺が繰り返すと、


「そう」


 さも当然のように、予想通りに旅人だった中年男性――イェルクさんが答える。


「俺も、お前と同じ牧師――ってことで、先輩は十分にうやまえよ、カッタ」


 振り返ってニヤリとしたイェルクさんは、俺とリリウを待つことなく歩いていく。


 …………え?


 あの人も、俺と同じ牧師!?

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