03/02. 謎のエロエロオヤジ
ナコタ村、北側の外れ。
オドニオ森林へと続く小道を背に、一人の男性が立っていた。
使い込まれたローブを羽織っていて、これまた使い込まれた革袋を手にしている。
おそらく旅人なんだろう。
「あの人だな?」
「うん、たぶん」
俺は、リリウに確認しながら近づいていく。
向こうも気づいたんだろう。
何だか大げさな感じで、こちらに呼びかけてきた。
「おぉーっ、ごくろうさん。待ってた、待ってた」
正直なところ、みすぼらしい服装だと思った。
もしかして空腹で弱っているのか――なんて考えたりもしたが、そんな様子はない。
声には、十分な張りがあった。
「どうも、はじめまして」
とりあえず俺は、礼儀正しくあいさつをする。
相手はフードを深く被っているから、その顔を詳細には認識できない。
だが、間違いなく年上だ。
「俺は、ナコタ村の牧師、カッタです。今、この村の村長は外に出ているので、俺が代理のようなものなんですよ。すみません、若輩者で……」
俺は、少し恐縮しながら伝える。
すると、どういうわけか彼は、
「……おっ」
対面した俺に反応して、小さな声をもらした。
「(なるほど、やっぱりな)」
聞き取れないような独り言。
一瞬不思議に感じたが、俺は話を続ける。
「あ、あの……この村に、何かご用ですか?」
わざわざ訪ねてきたんだから、その理由があるはずだ。
「少年」
フードで顔を隠したまま、彼が俺に問いかける。
声色が変化し、ついさっき呼びかけてきた時とは、ずいぶん印象が異なっていた。
「お前、ここの牧師なんだよな?」
「ええ、一応」
だから、そう名乗ったじゃんか。
「年齢は?」
「俺の歳ですか? じゅ、十六ですけど……」
それ、関係ある?
若いから舐められてるんだろうか。
「最近、村から出たことはあるか?」
「え? そ、そりゃあ、まぁ、森に行ったりはしてますよ」
「そうじゃない。ガーシュの王都を訪れているかどうかだ」
なら、はっきりそう言えよな。
「ありませんよ。そもそも王都なんて、ここからずいぶん遠いじゃないですか」
「他の都市部へは?」
「ないですって。ナコタから一番近い大きめな集落へだって、もう二ヶ月は足を運んでいませんよ」
俺は、ちょっといらだちながら答えた。
「先日、村が二体の魔族に襲撃されたんです。何とか討伐できたその魔族たちを投獄するため、王国兵数名が引き取りにきましたが、外部との目立った接触なんて、最近はそれくらいなものですって」
乗り込んできた男女のチノセパリックを、国へ適切に引き渡したときのこと。
俺は、その派遣兵が来るまで、やつらが逃げないよう見張っていただけだ。
村からは出ていない。
「じゃあ、教会本部から召集をくらったり、あるいは、何か連絡が届いたりしているか?」
「……あの、いったい何なんですか?」
「質問しているのは俺だ」
いや、最初に質問したのは俺だっての。
ここに来た用件を尋ねたじゃないか。
自分勝手だな、この人……。
「本部からの呼び出しも連絡も、まったく受けてませんよ。だいたい、小さな村の教会堂を預かっているだけの俺に、教会本部が何か言ってくるわけないじゃないですか」
教会本部は、文字通り『教会』の『本部』。
この国の牧師やその関係者を統べる総本山で、能力や地位の高い上級聖職者によって組織・運営されている。
正式な牧師とはいえ、俺は末端も末端。
教会本部と直接関わる機会なんて、死ぬまでにあるかないかだ。
あえて具体的な接点をあげるとすれば、俺にとってはマルセラ姉さんかな。
そもそも、五年前のケルギジェ討伐の命は、教会本部が中心となって下したもの。
だから姉さんは、組織の幹部に当たる上級聖職者とも対面しているはずだ。
まぁ、とにかくその程度。
俺にとって教会本部は、要するに遠い存在なんだよ。
「…………」
急に黙ってしまった旅人風の男性。
俺は、腹立たしいことが伝わるように言ってやる。
「で、まだ何かありますか?」
すると彼は、ゆっくりとフードをとった。
中年男性。
やや長い、うねりのある茶色い髪。
筋の通った鼻に、無精ひげ。
人間としては高い身長。
想像していた以上に端正な顔立ちだったが、品の良さみたいなものは、少しも感じられなかった。
直後、
「いやぁ、悪い悪い。おじさん、こう見えて心配性だからさぁ。確認しとかないと、いろいろ安心できないわけよ」
「……確認? あの、何をそんなに――」
「いいのいいの、気にするな、少年」
また彼は脳天気な雰囲気になり、俺の肩をバシバシ叩いてきた。
「それにしても、若いのに頑張ってるねぇ。ここの教会堂を切り盛りしてるんだろ? おじさん、尊敬しちゃうなぁ、あははははっ」
「……は、はぁ」
どう対応したらいいのかわからず、俺はあいまいに答えるだけ。
「……何、この人?」
一部始終を見守っていたリリウも、謎の訪問者に対して、ただただ怪訝な表情を浮かべるのみ。
「おっ、少年も隅に置けないねぇ。こんなけしからん胸をしているダークエルフのお嬢ちゃんを、はべらせちゃったりなんかしちゃったりしてさぁ」
「っ!?」
でへへ――と、ゆるんだ視線で鼻の下を伸ばす男性に、リリウが恥ずかしそうに体を引いた。
「こ、この人、すんごいエロエロオヤジだよ、カッタ!?」
言うまでもないな、うん。
「おっ、気が強いのが好みか、少年」
女の子に『エロエロオヤジ』認定されたというのに、彼は少しもたじろがない。
図太い人だな、おい。
「いやはや、いい趣味してるね。彼女だろ、彼女♪」
今度は、俺をひじでつついてきた男性。
マジで何なんだ、この人は。
「んなっ!? も、もう何なの!? さ、さっきからふざけたことばっかりでさっ」
語気を強めてリリウが反論。
言ってやれ言ってやれ。
俺の分も、きっちり文句を言ってやれ。
「あ、あたしとカッタは、その……そういうんじゃ、ない、し」
けれどリリウは、ふわふわした言葉しか返さなくて。
「あ、違うのか? つまんねーなぁ」
その答えに、どことなく不満そうな男性。
いったい何を期待してたんだ、この人は。
「で、でも……あたしとカッタって、そ、そんなふうに見えちゃったり、してるの?」
「見えちゃってる見えちゃってる。おじさんには、よぉーく見えちゃってるぅ――げへへ♪」
あんたが見えちゃってるのは、リリウの胸だろーが。
目線が一直線だっての。
「ま、まぁ、将来は……ど、どうなるかわからないからね、うん」
「いいや、わかるよ、おじさんには。楽しみだよねぇ。将来は、もっとすごいことに――おっ!?」
俺は、さっとリリウの前に。
これ以上、スケベオヤジに目の保養をさせてやる必要はないからな。
「で、この村を訪ねてきた用件は?」
「あっ……そ、そう、その話だったよね」
あらためて、俺が男性に問いかけると、リリウも気を引き締めたように続いた。
「理由があるから、代表者を――俺を呼び出したんですよね?」
この人のおかしなペースに飲まれてしまったが、そもそもの本題はそこだ。
「あらら、怒ったかい、少年?」
「別に」
「ははっ、若いねぇ、うらやましい」
わかったような口振りで、謎の中年男性は笑っていた。
「ほらよ、少年のだろ?」
すると、ローブの影で気づかなかったが、背中に隠れていた何かを、彼が俺に差し出す。
それは見覚えのあるもの。
昨日の騒ぎで、森の中に置き忘れていた、あの野草採取のためのかごだった。
「……どうして、これをあなたが?」
「細かいことはいいじゃないか」
めんどくさそうに手を振りながら、男性が村の中へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと!?」
「俺は『イェルク』」
引き留めようとした俺に、彼が言う。
「俺は長旅で疲れてるんだ。だから、ちょっと厄介になるぜ。ま、よろしく頼むよ、後輩」
「……後輩?」
その聞き流せない言葉を、俺が繰り返すと、
「そう」
さも当然のように、予想通りに旅人だった中年男性――イェルクさんが答える。
「俺も、お前と同じ牧師――ってことで、先輩は十分に敬えよ、カッタ」
振り返ってニヤリとしたイェルクさんは、俺とリリウを待つことなく歩いていく。
…………え?
あの人も、俺と同じ牧師!?




