02/20. 当たり前だろ、そんなの
コーソ村の出入り口――というか、周囲に伸びるシロオドニオバナの茂みの前。
まだ日差しはあるが、これ以上の長居はできない。
俺たちは、ウダロ一家四人の見送りを受けながら、村を発とうとしていた。
『では、お願いできるかな、リリウちゃん』
カデフさんは、大きめのビンを胸に抱えている。
そこから取り出したのは、乾燥させた植物を細かく刻んだものだ。
落ち葉のような枯れ枝のような、一見すると取るに足らないそれを地面に置いた彼は、静かにリリウをうながした。
「〈火の魔力〉」
リリウが呪文を唱えると、小さく抑えられた炎が、その手のひらに昇る。
彼女は火の粉を飛ばすようにして、乾燥した植物に着火させた。
すぐさま発火し、白い煙を吐き出す。
『さぁ』
カデフさんが指示する。
俺たちはその煙を、体で浴びるように手で扇いだ。
これは、シロオドニオバナの花や茎や葉から水分を抜いたもの――から発生した香煙。
その香りの効果同様、煙を身にまとうことで、他者が無意識のうちに離れていくという、一種の人除けアイテム。
コーソ村では、伝統的に使われているものらしい。
ムーボたちの狙いはあくまでこの村みたいだけど、俺たちの安全を考えて、カデフさんが用意してくれたんだ。
とはいえ正直、俺たちが単独で襲われる可能性は低いと思う。
仮に、あいつらがまだ森をさまよっていたとしても、ナコタ村の牧師や、ダークエルフの女の子とやり合うメリットが、特にはないはずだから。
でも、遭遇したら厄介なのは事実。
万が一にでも戦闘になれば、数の不利は覆せないだろう。
そこでふと、俺は先ほどの戦いを思い返す。
あの時、トスロたちの多くは、おかしな音が聞こえると訴え、弱々しくなっていった。
『うわっ、な、何だ!?』
『み、耳がおかしいぞ!?』
『変な音が、頭から離れねぇ!?』
『お、俺の耳がぁ……』
『あ、頭がおかしくなる』
『た、立ってらんないぜ、こんなの』
あれは、風の魔力を操る能力の高いウダロが、その力を――具体的には、風を空気振動である音として活用し、子分のトスロたちの耳に影響を与えたんだと想像できる。
実際に、何か呪文のようなものを彼が唱えたあと、あの現象が起こったからな。
でも、腑に落ちないことが一つ――。
『〈魔法の風圧〉』
子分のトスロにではなく、そのボスであるドムタノンに放たれた、あの魔法。
まだ魔法のこだま風を使っていなかったはずだから、どう考えてもウダロは術者じゃない。
リリウの声でも、フィンネの声でもなかった。
だとしたら、あれは誰が?
あの呪文のおかげで、俺たちは逃げ出すことができた。
それは間違いないけど――。
少し考え込んでいた俺は、フィンネの言葉で我に返る。
「こういうのがあるなら、ウダロも煙を体に浴びて、それから森へ行けばよかったのに」
シロオドニオバナ由来の香煙を指しているんだろう。
まぁ、確かにな。
『あ、あはは……』
ごまかすように笑ったウダロが、そっと俺たちに近づいてくる。
『(これを使うと、僕が森に行くことが親に――特に母さんにばれちゃうからね。堂々と使えないんだよ)』
「「「なるほど」」」
納得の回答に、俺たち三人の声は自然とそろっていた。
一通り煙を受けた俺たちは、あらためてウダロ一家と向かい合う。
「今日は、本当にお世話になりました」
「料理、すごくおいしかったよ」
「特に、あのジュースね♪」
フィンネのやつ、マジで気に入ったんだな、あれ。
『また、いつでも来てくれよ』
『私たちは大歓迎だからね』
『また来てね、カッタお兄ちゃん、リリウお姉ちゃん、フィンネお姉ちゃん』
カデフさん、ナナンザさん、ポポちゃんが、それぞれに別れのあいさつをしてくれる。
その流れでカデフさんが、不意に指先を遊ばせた。
『〈風の魔力〉』
ふわりとした風が、村の木々を揺らす。
すると、あおられた葉が数枚、まるで飼い慣らされた小鳥のように、俺たちの周りを漂い始めた。
『私の魔法で、ナコタ村まで先導するよ。ついていけば、森の中で迷うこともないだろう』
「ありがとうございます、カデフさん」
「あははっ、風の魔力の道案内ね、すごい」
「ほ、本当に器用だわ、キルムーリって……」
俺は感謝を伝え、リリウは感動し、フィンネは驚嘆していた。
そして、
『じゃあね、カッタくん――また、近いうちに、必ず』
ポポちゃんの手前、数日後にナコタ村を訪れることを『口』にはできないウダロ。
けれどその目は、確かな期待で輝いていた。
「ああ、近いうちに」
俺も、シンプルに返す。
それらしいことを言うと、ポポちゃんにばれちゃうかもしれないからな。
手を振り、歩きだそうとすると、
『カッタくん』
ウダロが、強く呼びかけてきた。
『僕たちは……僕たちは、もう友だちだよね?』
それは確認のようでもあり、願いのようでもあり、約束のようでもあり――とにかく、彼の純粋な想いが込められているように思えた。
答えなんて決まりきっている。
「当たり前だろ、そんなの――俺たちは、もう友だちさ」
『……うん♪』
大きくうなずいたウダロと、その家族に背を向ける。
俺とリリウとフィンネは、風の魔力の先導者に従いつつ、シロオドニオバナの茂みを抜けた。




