02/17. 言葉を届ける風(5)
「じゃあさ、心当たりはあるの?」
しばらく黙っていたフィンネが質問する。
「この村に来たがっている人間や魔族が、なぜだかいるわけでしょ? ここに、ものすごく高価なお宝があるとか、そうじゃなくても、そのありかを知っている老人がいるとか……とにかく、そんなようなことよ」
確かに、ムーボたちがコーソ村に興味を示している以上、その理由が存在するはずだ。
『いや。特別な宝などこの村にはないし、そういったものが隠されている場所を知っているような者もいないだろう。この村の特徴と言えば、外部との関わりを拒んできたという点と、このガーシュ王国が建国される前から、この地にあった古い集落だという点くらいさ』
「なら、どうしてみんな、あなたたちの村に来たがるのかしらね? 不思議だわ」
フィンネからは、こんな森の中の田舎集落、どこがおもしろいのよ――といった雰囲気が漂っていたが、口にしないだけ偉いとしよう。
ナコタも、そう変わらないしな。
「あのさ……大丈夫なの、ここ?」
今度はリリウが、カデフさんに問う。
「わかりやすい原因は思い当たらなくても、旅人っぽい人間や暴力的な魔族が、あんたたちの村を探していることは事実なんだよ。やつらがここを見つけたら、その足で攻めてくるかもしれない」
こちらも、もっともな指摘。
ムーボとトスロたちは、まだコーソ村の位置を特定できてはいないようだった。
緑茂るオドニオ森林内部の集落だから、周囲に明るくない者が、そう簡単にたどり着けるとは思えないけど、可能性としては、この瞬間に襲撃されてもおかしくはない。
だがカデフさんは、
『その心配は少ない』
それを否定する。
『君たちは今日、ウダロの先導に従って、この村まで来たんだよね?』
俺、リリウ、フィンネがうなずく。
『壁のような茂みを強引に抜け、村の中に入ったはずだ。そこに、小さな花が咲いていたことに気づいていたかい?』
「あ、はい」
カデフさんに言われて、俺は思い出す。
確かに、見たことのない小さな花が咲いていた。
『あれは「シロオドニオバナ」という種類の植物。その香りを嗅ぐと、人間も魔族も、無意識にその付近から離れてしまうんだ。花の香り自体は、決して悪いものじゃないんだけどね』
つまり、ある種の人除け効果があるってことか。
『コーソ村は、そのシロオドニオバナに、周囲をぐるりと囲まれている。地面から縦に生え出るのではなく、つる草のように木々などと絡まりながら伸びていく植物だから、いわば天然の結界。そもそも森の中の集落だから、土地勘のない者が村に入ることは難しいし、緑の「壁」に守られていることで、視覚的に中を認識することも普通はできない。さらに、その香りの効力があるから、ちょっとやそっと散策したくらいでは、とても村を発見できないのさ』
『私たちの村が、ナコタ村の人間や、その他の地域の人間や魔族との接触を避けてこられたのは、そういった、この集落の特徴があってのことでもあるのよ』
カデフさんの説明を補足するように、ナナンザさんが教えてくれた。
「でも、だったらあなたたちも、一度この村を出たら、近づくことができなくなっちゃうんじゃないの? その植物の香りの力で」
フィンネの質問に、
『僕たちは、みんなとは違って口がない種族で、香りを食事としている。だから、匂いには敏感なんだ』
今度はウダロが答える。
『シロオドニオバナの香りは、別に毒ではないから、嗅いだ者が状態異常を引き起こす訳じゃない。あくまで「無意識」に遠ざかろうとしてしまうだけ。逆に言えば、意識して認識できれば、シロオドニオバナの効果に飲まれることなんてないんだよ』
もしも、この村を囲っているシロオドニオバナが、たとえば毒草だとしたら、体に何らかの異変を感じてもおかしくはない。
けれど今までに、そんな気配は微塵もなかった。
『僕らキルムーリは、君たちにはわからないような香りも把握できるし、嗅ぎ分けることもできる。シロオドニオバナの香りは、他の花に比べて非常に弱いんだけど、それすら認識できる僕たちからしてみれば、むしろシロオドニオバナの香りが、コーソ村への道しるべになるんだ』
なるほど。
自発的に意識してシロオドニオバナの香りを判断できるキルムーリにしてみれば、人間や魔族の無意識的な行動をうながす香りの効果を、事実上ないものにできる。
だから彼らは、この土地で独自の伝統を守り続けてこられたんだな。
「だとしたら、ここはまさに、あなたたちキルムーリの要塞ね。理由はとにかく、さっきの魔族たちが必死で探しても、ここにたどり着けないわけだわ」
ウダロの説明に納得したんだろう。フィンネがうなずいていた。
「うん。そういうことなら、とりあえずは安心だね。ムーボやトスロたちは、シロオドニオバナの効果で、村に近づけないんだし」
心配していたリリウも、胸をなで下ろしていた。
そんな二人に釘を刺すように、
『だが、やはり絶対ではないよ』
険しい表情で、カデフさんが言う。
『ウダロが伝えたように、シロオドニオバナの香りに毒性はない。私たちがそうであるように、何かのきっかけでこの場所を認識されてしまえば、香りの効果はほぼ無意味になる。フィンネちゃんは、ここを私たちの「要塞」と表現したけれど、そこまで強固なものではないさ』
村長としても、子供を持つ親としても、カデフさんは一抹の不安を覚えているようだ。
『とはいえ、強硬手段に出るほど血眼になって探していても、いまだ、村への直接的被害がないことを考えれば、シロオドニオバナの「壁」を信頼してもいいのかもしれないがね』
カデフさんは、自分に言い聞かせているのかもしれない。
そんなふうに、俺には思えた。
『……おっと、すまない』
どことなく沈んでしまった空気を変えるように、カデフさんが手を叩いた。
『さぁさぁ、つまらない話は終わりだ。私たちや、この村のことをわかってもらえただろうカッタくんたちに、我が妻の手料理を振る舞わせてもらうよ――なぁ、ナナンザ』
『ええ。その……「味見」はできないんだけれど、腕によりをかけて作るからね。いつか、ナコタ村の方をお招きしたくて、実は人間の皆さん向けの料理を練習していたの――食べてもらえるかしら?』
「はい、もちろん」
俺が答えると、
「確かに」
「お腹が空いたわね」
リリウとフィンネが、互いに目を合わせた。
『ダークエルフの二人にも、気に入ってもらえたらうれしいわ♪』
料理の準備をしてくれるのだろう。
ナナンザさんが小走りに、奥の方へ去っていく。
俺たちのことを、心から歓迎してくれているのが、とてもよくわかった。
『じゃあ私も、ちょっと手伝ってくるよ』
一言残して、カデフさんも席を立った。
『せっかく来たんだから、今日はゆっくりしてってね、カッタくん、リリウちゃん、フィンネちゃん』
『してってね♪』
ウダロとポポちゃんの笑顔に、俺たちは、三人そろってうなずいた。




