02/13. 言葉を届ける風(1)
『私は「ポポ」。人間のお兄ちゃんたちには、もう前に会ってるよね』
『母親の「ナナンザ」です。子供たちが、たいへんお世話になりました』
ウダロの部屋から離れて、おそらくここは、彼ら家族の食卓の間。
ウダロの妹――ポポちゃんと、母親のナナンザさんが、あらためてあいさつをしてくれた。
「俺はナコタ村の牧師、カッタ。彼女たちは、ダークエルフのリリウとフィンネです」
代表して俺が伝えると、二人は小さく頭を下げていた。
『ほら、ポポもちゃんとお礼を言わなきゃ』
ナナンザさんに応えて、ポポちゃんが伝えてくれる。
『うん――カッタお兄ちゃん、リリウお姉ちゃん、この前は、どうもありがとう』
ポポちゃんは、最初にムーボと遭遇した時、ウダロといっしょだった女の子。
そしてさっき、興奮気味だった村のキルムーリたちを横目に、進んで俺たちに『言葉』を届けてくれた幼い少女だ。
『えーっとぉ、フィンネお姉ちゃんには……助けてもらってないから、お礼はまた今度ね』
「……そ、そうね」
あの日、ポポちゃんとフィンネは顔を合わせていない。
だからこれは、とても真っ当な対応。
その純粋すぎる言動には、未来の女王(自称)も、素直にうなずくしかない感じ。
『こ、こら、ポポったら……もう』
『『「「あははははっ」」』』
困ったようなナナンザさんと、吹き出してしまった俺たち。
一瞬にして、話しやすい雰囲気になる。
『見ての通り、妹は度胸があるんだよ』
ウダロが言う。
『一人で村から出ちゃうし、さっきだって、周りの大人たちなんかお構いなしに、君たちに「声」をかけちゃうくらいだから』
「確か、あの日も、最初に近づいてきてくれたのはポポちゃんだったよね?」
俺は、彼女に問いかける。
ムーボを追い払った後、ウダロは俺たちと関わることに躊躇しているようだった。
もちろん、彼の本音は先ほど聞いたけれど、それでも、村のしきたりみたいなものが、その好奇心を押しとどめていたんだろう。
けれど幼いポポちゃんは、迷うことなく『ありがとう』の態度を示してくれた。
そしてそれが、ウダロの足を重くしていたものを取り除いた。
その結果が、彼ら家族と過ごしているこの時間なんだ。
『うん。私、ウダロお兄ちゃんから「人間は、いい種族だよ」って聞いてたから。カッタお兄ちゃんは、私とお兄ちゃんを、悪い魔族から守ってくれたよね。だから本当だなって、そう思ったの』
つたないながらも、決して嘘のない言葉。
『大人たちは何も知らないから、さっきみたいに怖がっちゃうんだよ。だから私があいさつをして、みんなに教えてあげたかったの――「カッタお兄ちゃんたちは、全然悪い種族じゃないんだよ」って』
そうか。
だからポポちゃんは、あの緊張感の中、一人で俺に――。
『偉いね、ポポは』
穏やかな表情で、ウダロがつぶやいていた。
温かい空気が、この部屋に流れる。
心地よい、ほっこりとした時間。
静かに立ち上がったナナンザさんが、奥から何かを持ってきてくれる。
『よかったらどうぞ』
彼女が出してくれたのは、香りの強い紅茶だった。
「独特だけど……うん、いい香り」
「森の野草を煮出したものかしら?」
リリウとフィンネが、それぞれに一口。
どうやら味もよかったみたいで、さらに飲み進めていく。
よし、俺も――うん、やや濃いけれど、すきっとする感じ。
悪くない。
「おいしいです、すごく」
『あら、よかったわ』
俺が伝えると、ナナンザさんはホッとした様子で。
『私たちキルムーリは、皆さんと「違う」から、ちょっと心配だったのよ』
一瞬、その意味がつかめなかった俺に、
『ほら、私たちには口がないでしょ』
ナナンザさんは、自らの『口元』を指で示した。
『だから私たちは、皆さんにとっての食べ物を食べない。私たちは、香りを食する種族なのよ』
「……香り、ですか」
口を持たない魔族、キルムーリ。
口がない以上、食べ物を食べることはない。
本人が言うのだからそうなんだろうけど、人間である俺としては、どうもぴんと来ない。
『私たちは普段、その紅茶の茶葉の香りをたしなむことはあるけれど、お湯に煮出して飲む――という行為はしないの』
『口で味を確かめることができないから、その紅茶の出来を、私たちは、漂う香りから判断するしかない。だから妻としては、カッタくんが「おいしい」と言ってくれて安心したのさ』
ナナンザさんに続いて、カデフさんが教えてくれた。
「「「…………」」」
俺、リリウ、フィンネは、ただ、お互いを見合わせた。
たぶん二人も、キルムーリの『食事』というものを、いまいち想像できていないんだろう。
『不思議そうな顔をしているね』
『それも仕方ないわ。私たちだって、他の種族が食べ物を「食べる」ということを、ちゃんと理解できないもの』
カデフさんとナナンザさんは、俺たちの内心をすべてわかっているようだった。
そこで俺は、また疑問に思う。
どうしてこの一家は、こんなにも他種族に寛容なのか。
ウダロもポポちゃんも、カデフさんもナナンザさんも、この家族は皆、人間――というか、他の種族を恐れていない。
それは素晴らしいことだし、現在絶賛よそ者状態の俺としては、もちろん非常にありがたい。
でも今まで、近隣のナコタ村との交流さえも避けてきた集落の彼らが、なぜここまで積極的に俺たちを受け入れてくれるんだろう?




