02/11. コーソ村の伝統(3)
『とにかく、この村はそういう村。他の種族と関わらないことが「正解」で、それが当然。だけど僕は、他の種族のことが、その……すごく気になっていたんだ。僕が、僕の妹くらいの歳から、ずっと』
まるで、隠していた秘密を告白するようなウダロ。
『ナコタ村で暮らす人間のことは、特にね』
彼の視線は、俺に向けられていた。
『父さんから、森を抜けた先の集落のことは聞かされていたんだ。ナコタ村、人間の暮らす土地。近くにいるけど、遠い存在。僕たちの伝統を理解し、それを尊重し続けてくれている方々――関わることを禁じられているのに、そんなことを教えられたら、誰だって興味を持つと思わない?』
当然だよねと、ウダロは言わんばかりだ。
『どんな人たちだろう? 僕と同じ歳くらいの男の子はいるかな? 遊んでくれるかな? 友だちになってくれるかな? それから僕は、ナコタ村の人間と会ってみたいという気持ちを、どうしても抑えられなくなっちゃったんだ』
ウダロは興奮していた。
思い出しているのかもしれない。
ナコタで暮らす人間の話を聞いた日に感じた、幼く純粋な感情を。
『妹が生まれた僕は、当たり前のように、彼女へ人間のことを教えたんだ。すると、やっぱり僕の妹だから、僕と同じような想いを抱くようになっちゃって……』
そこで、彼のテンションが下がる。
『「ナコタ村へ行く、人間と会う」って、村の大人が困るような発言をするようになっちゃったんだ』
「つまり、君の妹が一人で村を出ちゃったのは、ナコタ村に来たかったから?」
俺の問いに、ウダロは力なく、首を縦に振った。
『実は僕、大人たちの目を盗んで、一人でこっそり村を出ることがあったんだ。さすがにその足でナコタ村まで行く勇気はなかったんだけど、森で偶然に出会えることを期待してね。そうしたら、その日がやってきたんだよ』
「もしかして、それが?」
『君とリリウちゃんと、森で初めて会ったあの日さ』
ウダロは再び、うれしそうに語る。
『期待してたくせに、いざそうなったら慌てちゃって、無我夢中で逃げちゃったけど……あの瞬間の僕は、もう言葉にできないくらいにドキドキしていたんだ』
ただ怯えて走り出したんだと思ってたけど、実はそうだったのか。
『家に帰った僕は、興奮のあまり妹に言っちゃったんだ――「僕、森で人間を見たよ」って……まぁ、たぶんそのせいで、妹も同じように』
ウダロの妹は、以前から気づいていたんだろうな。
兄が、こそこそと村を出ていくのを。
その上、実際に人間と会ったなんて聞かされれば、彼女が森に行きたくなるのも仕方がない。
『妹が村の外に出て、それを探していた僕が、妹と二人で悪い魔族に襲われて……事の経緯を知った母さんには、ひどくしかられたよ』
「愛情だよ、それは」
血のつながった親の愛情なんてわからない俺だけど、それは間違いないと思う。
『うん、理解してる』
ウダロは、優しくうなずいた。
『でもね、なぜか父さんは、僕をとがめなかったんだ……僕が人間に興味をもってしまった原因が自分にあるって、そう感じていたのかもしれない』
父親としての責任、あるいは罪悪感か?
他の種族を知りたいと思うことは、決して悪ではない。
しかし、この集落においては、村の平穏を脅かすものだと見なされる。
難しい問題だ。
ウダロの父親が母親同様の態度に出なかったとしても、それは十分に納得できる。
『そんな父さんを見て、僕は何かおかしいなって思ったんだ。妹を危険な目に遭わせてしまったのは全部僕のせいだ。反省している。でも、人間のことを、この村以外で暮らす誰かの存在を子供に伝えること自体を気に病んでしまうなんて、絶対におかしいって……だから僕は、ナコタの人間を、カッタくんを、ここに連れてこようって決心したんだよ』
「俺を?」
『君は、僕たち兄妹を助けてくれた、強くて優しい牧師だ。ナコタ村で暮らす人間のことを、もちろん悪く思ってはいないけど、それでも、ここのキルムーリの多くは、そんなナコタの方々にさえ、恐怖心というか、関わりたくないという気持ちを持っている。けれど、僕たちを守ってくれたカッタくんの誠実さは、必ず村のみんなにも伝わる。ナコタ村の人はこんなに素敵な方なんだよって、頭の固い大人にもわかってもらえる――そう信じて、だからあの日から今日まで、僕は森で君を探していたんだ』
最後まで、ナコタ村まで行く勇気は出せなかったけどね――恥ずかしそうに、ウダロは頭をかいていた。
同時に、俺も照れてしまう。
「…………」
強くて、優しくて、誠実――そんなことを、まっすぐに伝えてくれたから。
「あなた、聞いてたより何倍も積極的じゃない。気に入ったわ。カッタとリリウに次いで、あなたも、私が女王になるための――」
「はいはい。カッタも私もウダロも、あなたの野望に関わるつもりなんてないの」
リリウがフィンネをたしなめる。
加えて、どう返していいかわからず無言だった俺に、彼女が言う。
「よかったね、カッタ。やっぱり、ちゃんと想いは伝わっていたんだよ」
「……リリウ」
ムーボを追い払った後、俺はウダロに告げた。
戸惑いながらも感謝の態度を示してくれた、あの日の彼に。
『俺はカッタ。牧師なんだ。人間でも魔族でも、たとえ相手が誰だろうと、俺のこの力は、自分の信じた正しいことに使いたいし、使うべきだと思っている。俺にとって、これは自然なこと。君が頭を下げる必要なんてないよ――でも、その気持ちは、本当にうれしい。俺の方こそ、どうもありがとう』
かっこつけるつもりなんてないけど、俺は牧師として当然のことをしたまでだ。
何かを期待して行動したわけじゃない。
けれど、それでも心が温かくなる。
こうやって素直に言葉にしてもらえると、本当に。
「種族なんて関係ない。相手が誰でも、正しいことは、正しく受け止めてもらえるんだね」
リリウは笑っていた。
なぜだか、とてもうれしそうに。
だから俺も笑顔で答える。
「ああ、そうだな」
そこで、部屋の扉が開かれる。
『先ほどは、慌ただしい歓迎で申し訳なかったね』
入ってきたのは、あの、毛糸帽子の男性キルムーリだった。




