02/07. 森の中、キルムーリの村(前編)
キルムーリの彼は、迷うことなく進む。
あっちだ、こっちだと、時折俺たちに指示を出しながら、森の奥へと入っていく。
しばらくは後ろを気にしながら走っていたが、誰かが近づいてくる気配はない。
どうやら、上手く逃げ切れたみたいだ。
必死の様子だった彼も、それを認識したらしい。
歩みを緩めて、俺たちを待つような素振りを見せた。
「勢いでついて来ちゃったけど、どこに連れていく気なの、あなた?」
フィンネが、キルムーリの彼に尋ねる。
「んんん、んん、んんんんん」
説明してくれているのか、とにかく従ってくれと伝えているのか、正直よくわからない。
まぁ、さっき以上に厄介な状況にはならないと思うけど。
「今は彼を信じるしかないよ、フィンネ。少なくともあたしたちより、この森には詳しいんだからさ」
確かにリリウの言う通り。
オドニオ森林には、彼らの集落がある。
けもの道しかないようなここも、たぶん自分の庭みたいなものに違いない。
「……大丈夫かしらね?」
「「「「「「ギィ?」」」」」
一応、マサンたちは召喚されたままで、術者のフィンネを守っている。
あいつらが、また襲ってくる可能性もある。
彼女なりに用心しているみたいだ。
もはや、俺も訪れたことのない森のどこか。
ナコタ村からは、ずいぶんと離れてしまったことだろう。
そんなことを考えていると、不意にキルムーリの彼が止まる。
「んんんん」
俺に教えるように、もさもさとした茂みを指さす彼。
「どうした、着いたのか?」
「んんっ」
手招いた彼が、まるで緑の壁のような、その茂みの中に入っていく。
単なるつる草の集まりのように思えたそこには、無数の小さな白い花が。
今まで気づかなかったけど、かすかに甘い香りもする。
こうやって注目しなければ、とうてい感じられないような薄い香りだった。
俺は、リリウとフィンネを一瞥した後、彼に従って、花を咲かせている草木を押し退けながら前に進んだ。
すると、
「おっ、ここは……」
木造の平屋、井戸、それらをつなぐ、ならされた小道――そこにあったのは、生活の呼吸が確かに存在している、のどかな集落だった。
「うわっ、すごい。森の中に、こんな場所があるなんて」
「あらら、ナコタ村以上に田舎ね」
俺に続いたリリウとフィンネが、それぞれの感想を口にした。
「んんんん、んんんんんん」
正確なところはわからないけど、まぁ、そういうことになるんだろう。
「君は、俺たちを案内してくれていたんだな」
ここは、キルムーリの村。
オドニオ森林に古くから住まう、控えめな彼らの生きる場所なんだ。
「ギィ?」
「ギィギィ」
「ギギィ」
「ギギギィ」
「ギ、ギギィ?」
「ギィ」
マサンたちも、興味深そうに周囲を観察している。
戸惑ってるやつもいるみたいだな。
「ここなら安全ってことかしらね、リリウ?」
「あいつらは、この場所を聞き出すためにキルムーリの彼を探していたみたいだし、そう考えれば、ここはまだ見つかってないんだから、たぶん安全なんじゃないの――どう思う、カッタ?」
「そう願いたいよ。あいつら、ずいぶんしつこそうだし」
何はともあれ、俺たちは無事にトスロたちから逃げられたみたいだ。
ちょっとホッとした。
「んんん、んん、んんんんんん」
まずは僕の家に――とでも言っているのだろうか。
彼が、俺たちをうながす。
すると、近くの平屋から、彼ではない別のキルムーリがひょっこり顔を出した。
見た目的には、中年男性といったところか?
「あ、ど、どうも」
とっさにあいさつが出た俺。
術者以上に礼儀正しいのか、
「ギィ」
「「「ギギィ」」」
「「ギィ」」
マサンたちも、それらしく声を出した。
すると、中年男性らしきキルムーリは、
「…………んっ、んんんんんんんんんんんっ!?」
いきなり慌てふためいて、一目散に逃げ出してしまった。
「んんっ、んんんんん!!」
ここまで連れてきてくれたキルムーリの彼が何か伝えようとしたけれど、走り出したあのキルムーリには、きっと届いていない。
「ん?」
「んんんん、んん?」
「んんっ、んんんん」
騒ぎを聞きつけたのか、いたるところからキルムーリたちが。
「んんっ!?」
「んんんんんっ!?」
「「「「「んーっ!?」」」」」
その彼らも、全員が全員、ひどく混乱している様子で。
「……何だか、やばそうじゃない?」
「うるさいわね。いったいどうしたのよ、急に」
普通じゃない集落の雰囲気に、リリウとフィンネが怪訝そうな表情に。
「んんっ、んんんん、んん?」
「え、何、何なのよ?」
キルムーリの彼が、マサンたちを指さしながら、フィンネに何か伝えている。
これは、きっと――。
「彼はマサンを引っ込めてほしいと、そう言ってるんじゃないのか、フィンネ」
「あ、そうなの? まぁ、ここまでくればいいわよね――はい、あなたたち、解散よ」
俺が推測で教えてやると、フィンネはマサンの召喚を解除。
力になってくれた彼らは、一瞬にしていなくなった。
「ほら、望み通りマサンたちを――って、な、何なに!?」
「……っ」
フィンネが驚き、リリウが視線を鋭くする。
無理もない。
慌てふためいていたはずのキルムーリたち。
その彼らが、鋤や鍬などの農具を手に、俺たちを囲み始めたんだから。




