02/05. トゲを持つ魔族と、風の呪文(2)
「ま、マジか!?」
うわさの相手の、あまりに予想外な登場。
側に置いてある野草を入れるためのかごを、ちょっと倒してしまいそうになる。
フィンネの戯れ言だと思っていた俺は、もう驚くばかりだ。
「んんっ、んっ」
しかも、前回と比べて明らかに積極的。
俺との関わりを躊躇していた彼とは、別人のようにすら感じる。
「ほら、本当に来たじゃない」
勝ち誇るフィンネ。
土汚れを落とすように手を払い、そそくさと近づいていく。
「はじめましてよね。話は聞いてるわ。私はフィン――」
「んんっ」
例のスカウトを試みたらしいフィンネだが、キルムーリの彼は、まるで彼女が見えていないかのように、まっすぐ俺のもとへ。
「…………」
きょとんとしている未来の女王を尻目に、キルムーリの彼は、やや興奮気味に、俺に向かって手を上げた。
「んっ」
「あ、お、おう」
とりあえずあいさつだろう。
俺は、流されるままに応じた。
すると、俺のぎこちない反応で我に返ったのか、
「んっ……ん、んん」
彼は急に、先日のように控えめな態度へ。
「…………」
無言のまま固まる。
元気に上げていた手も、すぐに下げてしまった。
何なんだ、これ?
わけがわからないながら、俺は言葉をかけてみる。
「え、えーっと……俺に、何か用だったり?」
彼は、一目散に俺のところへ来た。
フィンネとの話じゃないが、俺を探していた可能性が高い。
この森のキルムーリの慣習としては不可解だけど、そうとしか考えられない。
「……ん、んん」
言いよどみつつも、彼は『そうだよ』――というような肯定の態度を示した。
「カッタ」
「私を無視するなんて、あなた、いい度胸してるわね」
状況を見守っていたリリウと、すっかり無視をくらってしまったフィンネが、俺のとなりに並ぶ。
「ん、んんっ!?」
ぱっと見、人間とダークエルフに詰め寄られているキルムーリ――という状況。
もちろん敵意なんてないけど、他種族との交流がなかったであろう彼にしてみれば、威圧されているような気になったのかもしれない。
怖がるように半歩下がっていた。
「いやいや、怒ってるとか、そういうんじゃないから。ただ、どうして俺を探していたのかを説明してほしいなって、それだけ」
俺は、彼を落ち着かせるように伝えた。
「……ん、んん。んんんんん」
納得してくれたんだろう。そこで彼は、自分の『言葉足らず』を補うように、何やら身振りを始めた。
「んんん、んんんん、んん」
しかし、突然の来訪者によって、それはさえぎられてしまう。
「いた! いましたよ、皆さん!!」
緑茂る枝から、文字通り『顔』を出したのは、あの奇妙な魔族――チョンチョンのムーボだった。
「あいつ、この前の魔族だよ、カッタ」
「ああ、そうみたいだな」
「えっ、な、何? 誰?」
俺とリリウは瞬時に反応した一方、いきなりのことにフィンネは戸惑っていた。
「……おや、またあなたたちですか。しかも、ダークエルフが一人増えていますし」
向こうも、俺たちの姿を認識したらしい。
先日、そして今さっきの発言からすると、
「ん、んんっ……」
目的は、やはりキルムーリの彼か?
それに『皆さん』って――。
「まぁ今回は、数では負けてませんけどねぇ、チェチェチェ」
直後、森の奥から何者かの気配。
一つ二つなんてものじゃないくらいに多い。
「お願いしますよ、偉大なる『トスロ』の方々」
ムーボの声に応えるように、どうにも荒々しい者たちが、隊をなして現れた。
腹がでっぷりと出た、人間の中年男性――一瞬、そんな風にも思えるが、彼らが人間のわけがない。
お世辞にも引き締まっているとは言えない、丸みを帯びた体のライン。
その腕や背中からは、無数のいびつなトゲが生え出ている。
黒光りする鋭利なそれは、明らかに他者を傷つけるもの。
武器を手にしてはいないが、全身が凶器のような存在だった。
「やっとだな、ムーボ」
「てこずらせやがって」
「おっ、人間とダークエルフもいるぞ」
トゲを有するいかつい者たちが、威圧的に俺たちをながめていた。
ムーボの呼びかけから考えるに、彼らは『トスロ』という魔族と理解して間違いない。
この辺りでは見ない種族だが、少なくとも彼らと仲良くはできなさそうだ。
「で、どうするんだっけ? キルムーリを見つけたら、俺たちで殺すんだっけ?」
「バカっ、ちげぇーよ。そんなことしたら、親分に怒られるだろうが」
「キルムーリを見つけたら、たっぷり痛めつけて、それでやつらの集落まで案内させるんだよ――そうだよな、ムーボ?」
「はいはい、その通りです、チェチェチェ」
トスロたちとムーボが、不穏な会話を交わす。
どうやら両者とも、その目的は同じらしい。
「カッタ、数が多いよ」
「わかってる」
「な、何でこいつら、私たちに近づいてくるのよ!?」
俺とリリウは戦闘態勢に。
とても見逃してくれるような相手じゃないだろうしな。
対して、フィンネはまだ戸惑っていた。
「全員を倒すってのは、さすがに難しい。俺たちが道を作るから、そこから逃げよう。お前は、キルムーリの彼を守ることに専念してくれ」
「任せて」
リリウに伝えて、俺は呪文を唱える。
「〈土魔力による具現化――剣〉」
「おわっ!? ど、どうして土の魔力の剣なんて出しちゃってるわけ、カッタ? それにあなた……『俺たちが道を作』って『逃げよう』って言ったわよね?」
「ああ、言った」
視線はトスロたちに向けつつ、俺はフィンネに答えた。
「その『俺たち』に、私も入ってる?」
「当たり前だろ」
言葉にするまでもない。
「だから頼むぜ、未来の女王さま」
「……あーっ、もう、仕方ないわね――〈灰魔力による召喚――マサン〉」
細かいことはおいといて、とにかくやばい状況だってことは理解しているらしいフィンネが、従順な使い魔を召喚。
数で負けている今、彼女の優秀なしもべたちが大きな力になってくれるはずだ。
「あと、野草を摘んでいるマサンも、こっちに集合っ!!」
術者の求めに、我先にと応じる使い魔たち。
「「「ギィーッ」」」
「「「ギギィーッ」」」
もともと働かされていた三体と、新たに加わった三体で、マサンは計六体。
まだまだ相手の方が多いけど、ここはやるしかないよな。
「暴れちゃってください、トスロの皆さん」
「「「「「「「「うぉーっ」」」」」」」」
ムーボの合図で、トゲを持つ魔族たちが襲いかかってきた。




