02/02. 元少年の思い出(2)
「まぁ、歴史とかはよくわからないけど、リリウの言ったことは正しいわね」
ここまでの流れを受けて、フィンネもまた、子供たちに伝える。
やっぱり彼女、ガーシュ建国についての知識が浅いらしい。
「私は私、昔のダークエルフとは違うわ」
うん。
フィンネも、いつものように堂々としている。
あらためて、女の子は立派だよな。
「当時の魔族は失敗しちゃったみたいだけど、私は大丈夫――いつかこの国を、ばっちり支配してやるわ、ふっふっふ」
……おい、俺の感動を返せ、このやろう。
いい感じの空気を、真逆に持っていくんじゃねーよ。
「安心しなさい。あなたたちは、私が女王として君臨する未来のガーシュ王国の国民として、それなりの待遇を与えてあげ――」
「ちょっと黙れ、フィンネ」
「ぁんっ!? んっ、んーんっ、んんっ」
俺は、リリウとは別の意味で心配のいらない彼女の口を、背後からふさぐ。
あきれるほどに、フィンネはフィンネだった。
「ふふっ」
そんな俺の行動に、マルセラ姉さんが吹き出す。
すると、
「「「「「「「「「あははははっ」」」」」」」」」」
子供たちも、大きな声で笑い出した。
「んはっ――何よ、笑うところじゃないんだからっ!!」
俺から逃げ出したフィンネが、ぷんすかご立腹。
ずいぶんな未来の女王さまだよ、まったく。
明るい声が響く中、リリウが俺に視線を向けてきた。
それは、どこか勝ち誇るように。
そして、とても幸せそうに。
だから俺は、小さくうなずいた。
これだけできっと、リリウには届いているだろう。
子供たちを、最初から信じていたはずの彼女には、間違いなく。
「はい、じゃあ、あらためて劇の配役を決めようね」
「「「「「「「「「「はーい」」」」」」」」」」
フィンネのおかげ(?)で雰囲気が和んだところで、アミカちゃんが呼びかける。
元気のいい子供たちの声が、大きく響いた。
直後、教会堂の扉が開き、入ってきたのは、
「やぁ、カッタくん」
「カッタくん、おじゃましますね」
木こりのクレマンスさんと、その奥さん――『ハミーヌ』さんだった。
「どうも」
あいさつを返した俺に続いて、リリウとマルセラ姉さんが会釈。
フィンネだけは、まだムスっとしていた。
「進んでいるみたいだね」
「当日が楽しみだわ」
子供たちの様子を見て、緑草祭の演劇に期待をふくらませてくれたらしい二人。
穏やかな表情で、幼い彼らをながめている。
「少し、いさせてもらってもいいかい?」
「ええ、もちろん」
ここは、村人みんなが自由に集まれる場所。
俺は当然のこととして、クレマンスさんへ返した。
教会堂前方では、アミカちゃんを囲んで、子供たちが劇の配役について話し合っている。
みんな、想像していた以上に積極的だ。
助かる。
「……実はねカッタくん、さっきの話、ちょっと外に聞こえてしまってたんだ」
クレマンスさんの言う『さっきの話』とは、つまり、ガーシュ建国時におけるダークエルフうんぬんについて――だろう。
そうか。すでに扉の前にいたのだとしたら、そうなるよな。
「ごめんなさいね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど……」
ハミーヌさんが、申し訳なさそうに言った。
確かにテーマがテーマだったし、あの一瞬は、訪れるのをためらってしまっても不思議じゃない。
「人間が、ダークエルフ……というか、魔族とどう向き合うべきなのか、俺自身に突きつけられたような気がしてね」
ダークエルフは悪い魔族なのか――その素朴な疑問を、扉の外で耳にしてしまったクレマンスさんは、自分のこととして考えてくれたみたいだ。
リリウとフィンネを一瞥した彼は、彼女たちへ伝えるように話し出す。
「この村は、リリウちゃんとフィンネちゃんを受け入れている。この前の騒ぎの時、体を張って戦ってくれたこと、ナコタのみんなが感謝しているんだ」
「うん、そうよ」
クレマンスさんに応える形で、ハミーヌさんがうなずいた。
「少なくともナコタの村人に、二人のことを誤解しているやつなんていない。リリウちゃんとフィンネちゃんは、もう村の仲間なんだって、そう思っているからね……だけど」
笑顔を見せていたクレマンスさんの表情が、わずかに曇る。
「子供たちがガーシュの歴史を知って、それで、いったいどう反応するのか――俺は恥ずかしながら、ここにいる幼い彼らが、正しくない判断をしてしまうんじゃないかって、すごく不安になってしまったんだよ」
「……クレマンスさん」
彼は、俺と同じだった。
もしかしたら子供たちが、リリウやフィンネのことを恐れたり、嫌いになってしまうんじゃないかと、そんなことが頭をよぎったから。
「不安が的中してしまったとして、その時、俺は、この村の大人として、ここにいる子供たちに、正しい考え方をどう伝えればいいのかと……その答えが瞬時に出せなくて、だから、すぐに扉を開けることができなかったんだ」
「私も、似たようなものだわ。あなたが扉の前で立ち止まった時、同じように足が進まなかったんだもの」
取り繕うことなく告白したクレマンスさんに、妻のハミーヌも従う。
夫だけに罪悪感を抱かさないようにという、彼女なりの優しさなのかもしれない。
「けれど、そんな心配は、まったくいらなかったみたいだね」
子供たちに視線を向け直したクレマンスさんは、再び弾んだ声で言う。
「まだまだ小さな彼らだけれど、俺たち大人以上に、大切なことをちゃんと理解している――なぁ?」
「ええ。私たちより、彼らの方がずっと立派だわ」
クレマンスさんと共に、ハミーヌさんが微笑んだ。
リリウが口を開く。
「ナコタの子供たちは、みんなかわいい子ばかりだもの。私たちを受け入れてくれたナコタ村の大人が、そんなことを心配する必要なんて、全然なかったんだよ」
それは彼女の本心であると同時に、クレマンス夫妻への答えでもあるんだろう。
うれしそうな表情が、それを物語っていた。
「ねぇ、フィンネ?」
「えっ、あ……ま、まぁ、私を恐れない生意気ながきんちょが多いけどね」
リリウにうながされて、フィンネも一言――ってか、お前、まだすねてるのかよ。
「はははっ、違いない」
「ふふっ。でも、それくらいがちょうどいいのよ」
笑い合うクレマンスさんとハミーヌさんを、俺は穏やかな気持ちでながめていた。
クレマンス夫妻は今日に至るまで、子宝に恵まれてはいない。
そういう理由もあってか、子供が大好きな二人は、よく幼い彼らの面倒をみているようだ。
ここは小さな集落だし、村の大人たちからすれば、ナコタの子供はみんなの子供――という意識が、少なからずあるんだ。
優しい二人は、きっと特にね。
ガーシュの歴史についてのデリケートな質問を、まるで自分の問題かのように受け止め、正直な想いをリリウたちの前で話してくれたクレマンスさんとハミーヌさん。
ふと、こちらに微笑んでいたマルセラ姉さんと目が合う。
俺は孤児だった。
そして教会の施設に保護され、今はこの村で牧師をしている。
つらかったことがまったくない――だなんて強がりは言えないけれど、自分が哀れだと考えたことはない。
もしも孤児でなければ、俺は姉さんと出会えなかったし、たぶん牧師にもなっていなかっただろう。
リリウやフィンネ、ナコタ村のみんなとも出会えなかった。
そんな『現在』なんて、まっぴらごめんだね。
でも、一瞬だけ考える。
クレマンスさんと、ハミーヌさん――仮に、こんな両親の元で、ただの村の少年として、のんびり育っていたとしたら……いや、ダメだな。
俺みたいな息子じゃ、彼ら二人を困らせてばかりになっちゃうだろうから。
「ふふっ」
「……ん? どうしたの、カッタくん?」
口元が緩んでしまった俺を、マルセラ姉さんがのぞき込んでくる。
「いや、何でもない」
俺は、ごまかすように笑う。
まぁ、あれだな。
一人息子じゃなくて、上に、面倒をみてくれる姉でもいれば、両親を困らせることも、ちょっとくらいは減るかもしれないな。
「?」
マルセラ姉さんは、不思議そうに首を傾げていた。




