02/01. 元少年の思い出(1)
オドニオ森林でキルムーリの兄妹と交流した、その翌日。
「――というのが、みんなに演じてもらう、ガーシュ王国はじまりのお話です」
教会堂には、たくさんの村の子供たち。
彼らを前にして、アミカちゃんが優しく語りかける。
「わかってもらえたかな?」
俺は、リリウ、フィンネ、マルセラ姉さんと共に、後ろから静かに見守っていた。
今日は、アミカちゃんが仕上げてくれた脚本を、子供たちに読み聞かせる日。
演じてくれる彼らが理解していないと、どうにもならないからな。
昨日はおおまかなあらすじだけだったらしく、本格的にストーリーに入るのは、本日が初なんだとか。
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
子供たちは皆、アミカちゃんが説明してくれた物語の最初から結末まで、おとなしく耳をかたむけていた。
彼らと共に聞いていた俺は、とてもいい脚本になっていると再認識したんだけど……うーん、なぜか反応がない。
もしかして、よくわからなかったのか?
「あ、あれ、うまく伝えられなかったかな?」
子供たちの態度に、戸惑いを見せるアミカちゃん。
やっぱり、建国の歴史を扱うというのは、幼い彼らには難しかったんだろうか。
今回の発案者である俺も、不安な気持ちになりかけた。
けれど、それは杞憂だったみたいで。
「……僕たちの国って、アミカお姉ちゃんが話してくれたみたいにして出来上がったんだね」
「すっげーよな。俺、ぜんぜん知らなかった」
「私のおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんの、もっと前のおばあちゃんが生きていた時より前の話なんだもんね」
一人の子が口にした感想を皮切りに、みんな、興奮した口調でリアクションをしてくれて。
「俺、王さまの役がいいな」
「私は、王さまの妹役♪」
物語の主要人物である初代国王と、その妹君について言っているんだろう。
彼らは建国の歴史において、事実上のヒーローとヒロイン。
子供たちが憧れるのも当然だよな。
「僕は……は、恥ずかしいから、あまり目立たない役でいいや」
一方で、演じることに消極的な子もいるみたいだけど、そこはそれぞれの個性。
とにかく、ここにいる全員、しっかりと脚本の流れを把握してくれたようだ。
幼い彼らの笑顔に、ホッとした様子のアミカちゃん。
話題にも上がったところで、重要な配役決めへと、子供たちを誘導する。
「じゃあ、誰が何を演じるかだけど、まずはみんな、自分の希望を――」
「あの」
すると一人の男の子が、不意に手を上げた。
アミカちゃんに、聞きたいことがあるみたいだ。
「質問かな? いいよ、何でも」
アミカちゃんが笑顔でうながすと、幼い彼が、静かに口を開く。
「ダークエルフって、すごく悪い魔族なの?」
他意のない無垢な言葉。
けれどそれは、やわらかかったアミカちゃんの表情を強張らせたのと同時に、俺に妙な緊張感を持ち込んできた。
「あ、あの……」
ぎこちないアミカちゃん。
こうなるかもしれないことは、十分に予想できた。
ガーシュの歴史を語る上で、シンプルで素朴なその質問を避けて通ることはできない。
「ダークエルフって、僕たちの国をつくった王さまに、いじわるしちゃった魔族なんだよね?」
この国の成り立ちを考えれば、当時のダークエルフという種族は、人間にとって明確な敵だった――と言える。
これは現代にも伝わる、歴史的な事実だ。
「ダークエルフ、悪いやつだよね」
「俺たちの王さま、そのいじわるに負けなかったからいいけど、もしもやられちゃってたら、この国、なかったかもしれないんだもんな」
「そ、そうだとしたら、すごく怖いね、ダークエルフって」
敵意や恐れが、子供たちに伝播する。
ある程度の覚悟はしていたが、実際に目の当たりにすると、大きく心が揺れた。
俺は、となりのリリウとフィンネに、視線を向けることができない。
この光景を、二人はいったい、どんな気持ちでながめているんだろうか。
胸が痛んだ。
「…………」
無言で固まるアミカちゃん。
マルセラ姉さんも、どうしていいのかわからない様子だ。
ここは、俺が何とかしないと。
別に熱い正義感でも、言い出しっぺの罪滅ぼしでもない。
ただ、大昔の出来事のせいで、俺の二人の友だちが無意味に非難されるような状況が、単純に嫌だっただけだ。
聞いてくれ、みんな――そう呼びかけようとした瞬間、
「でもさ、僕たちの国をつくってくれた王さまは、ものすごい昔の人だから、もう死んじゃってるんだよね」
当たり前のことを、一人の男の子が口にした。
「だとすると、僕たちの王さまにいじわるしちゃったダークエルフも、たぶんみんな生きていないよ――そうでしょ?」
「……あ、う、うん。そう、そうだよ」
急に尋ねられたアミカちゃんが、うなずきながら答えた。
「僕たちは、この国をつくってくれた王さまと同じ種族の人間だけど、この国をつくってくれた王さまとは別の人間だよ。それなら、昔の怖いダークエルフも、今のダークエルフとは違うダークエルフなんじゃないのかな?」
俺は、ハッとさせられた。
そして、恥ずかしくなってしまったんだ。
幼い彼らを信頼していなかった、おろかな自分の浅はかさに。
「うん。確かに、そうだよな」
「私、おばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんとは、まったく別の人間だもん」
「悪い魔族もいるけれど、いい魔族もたくさんいるもんね。僕、ちゃんとわかってるんだ」
すると、子供たちの視線が、一斉にこちらへ――いや、リリウとフィンネに向けられたんだ。
誰からというわけでもなく、ただ自然に。
「僕の知っているダークエルフは、いつもいっしょに遊んでくれる、すごく優しいダークエルフだよ」
この村の子供たちは、みんな理解していたんだ。
大切なのは、人間だ、魔族だという区別じゃなくて、一人ひとり、その相手とちゃんと向き合うことなんだって。
そうだよね、リリウお姉ちゃん、フィンネお姉ちゃん――無数の純粋な瞳が、無言のまま、二人の女の子に語りかけていた。
ちらりと、リリウを見やる。
その表情には、うれしそうな笑みが浮かんでいた。
「そうだよ、当たり前じゃない」
情けなくも俺は、彼女の顔を見ることを恐れていた。
傷ついているんじゃないかと、傷つけてしまったんじゃないかと。
けれど、こいつは――俺のとなりにいるダークエルフの女の子は、きっと最初から、村の子供たちを信じていたんだ。
「この国の歴史がどうであっても、あたしはあたしだよ。昔のダークエルフが何をしてたって、あたしには関係ないもの」
ついさっきの発言に、俺が心を乱していた瞬間でさえ、たぶんリリウは、少しの不安も抱かなかったんじゃないか――そんなふうに思えてくる。
『――あたしはあんたにとって、ただのダークエルフ? それとも、この村にやってきた「リリウ」っていう女の子?』
彼女は強い。
強大な魔力を有するとされるダークエルフとして――じゃなく、一人の女の子として、ものすごく。
『だったら、それでいいんじゃないの? あたしはダークエルフである以上に、あんたにとって、種族なんて関係のない一人の女の子――「リリウ」なんだから』
俺なんかより、ずっとね。




