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ダークエルフの女の子が、聖職者と仲良くしたらダメですか?  作者: 渋谷 恩弥斎
第2章 少年牧師と、風を奏でる森の民
66/114

01/16. 正しくないかもしれないけれど(後編)

「……ふぅ」


 戦闘を終え、俺は呼吸を整える。


 チョンチョンのムーボ。

 奇妙な魔族だったが、一応は追い払えた。


 しかし、何ともすっきりしない相手だ。


 その姿かたち以上に、やつの行動と不可解な発言が、どうにも――。


「カッタ」


 呼び声に振り返ると、そこにはリリウ。


 加えて、二人のキルムーリもいっしょだ。


 小柄な、おそらくはまだ幼いだろう一方のキルムーリは無傷。

 苦しそうにしていた他方のキルムーリも、ダメージは残っているようだが、もう立ち上がっていた。


 よかった、大きなケガにはなっていなくて。


「…………」


 それとなく漂う雰囲気からして、たぶん同世代の少年なんだろう。

 キルムーリの彼は、俺を見ながら、文字通り口をつぐんでいた。

 それでも、何か言いたそうな、伝えたそうな雰囲気は、それとなく感じられる。


 もしかしたら戸惑っているのかもしれない。

 他の種族とここまで関わってしまった経験が、彼にはない可能性もあるのだから。


 落ち着いて確認してみると、少年のキルムーリは、くすんだ茶色のベストを身に着けていた。


「……君は、この前の?」


 思わず、俺は尋ねていた。


 先日、予想外に遭遇してしまったキルムーリも同じ色かたちのベスト姿だった。

 一瞬のことだったとはいえ、それははっきりと覚えている。


 この森のキルムーリが、男女問わず全員が同じ服装――じゃないとしたら、同一の相手に間違いない。


「…………」


 おそらく向こうもわかっているんだろう。

 俺が、先日はち合わせた人間なんだということが。


 妙な沈黙の時間が流れたあと、リリウがそれとなく口を開く。


「どういうつもりだったんだろう、さっきの魔族? 彼らの集落がどうとかって……」


 リリウも、あのムーボの発言にいぶかしさを感じているらしい。


「わからない。けれど、仲良くできる相手じゃないことだけは確かだな」

「そうだね。あれは、人間や他の種族に、明らかな敵意を持つ魔族だったよ」


 俺の意見に、リリウが同意する。


 やっぱり危険な魔族は、今もこの国に少なからず存在しているってことだ。


「ナコタ村は大丈夫かな? この前のチノセパリックみたいに……」

「それは心配ないと思う。どういうわけかあいつ、キルムーリたちの集落に執着しているみたいだったから」


 リリウの不安はもっともだが、やつは微塵みじんもナコタ村に興味を示してはいなかった。

 とりあえずは問題ないだろう。


「ん、んんっ!?」


 すると、ここまでだんまりだった茶色ベストのキルムーリが、慌てたように『声』を出す。


 どうしたのかと思ったけれど、何てことはない。


 気づけば俺たちのすぐそばに、小柄な方のキルムーリが近づいてきていたんだ。


「んーん、んんーん」


 手を伸ばし、俺に何かを訴えてくる小さなキルムーリ。

 口のない種族だから表情が読み取りにくいんだけれど、ひょっとして――。


「……お礼を言ってくれているのかい? 俺に『ありがとう』って」

「んっ♪」


 音だけを聞けば、ただのこもった声なのかもしれない。


 けれど俺には、確かに『うん、ありがとね』と、そう聞こえていた。


「間違いない。ぜったいそうだよ、カッタ。この子、あんたに感謝しているんだよ」


 リリウが、うれしそうにうなずいていた。


 教会堂に来てくれる子供たちより、さらに幼い雰囲気のキルムーリ。

 髪が長く優しい顔立ちだから、たぶん女の子なんだろう。

 そんな彼女が、おそらく初めて見たはずの人間の俺に、素直な気持ちを伝えてくれているんだ。


「同じ言葉は話せなくてもさ、カッタの誠実な行動は、この子の心に真っ直ぐ届いたんだね、きっと」


 リリウを肯定するように、幼いキルムーリの女の子は、かわいらしく微笑むような表情を見せていた。


 そうか。


 じゃあ、俺からも答えてあげないとね。


「どういたしまして」


 少し腰を落とした俺は、彼女に目線を合わせて、優しく告げた。


 そこでゆっくりと、茶色いベスト姿のキルムーリも近づいてきた。


 どこか緊張しているようだが、そっと、幼いキルムーリの頭に手を乗せた。


「んんっ♪」

「んん、んんん」


 弾むような声の女の子キルムーリに、穏やかに返す少年キルムーリ。

 やっぱり、この二人は家族――いや、どうやら兄妹きょうだいのようだ。


「……ん、んん、ん」


 何か躊躇ちゅうちょしているような態度のあと、


「んん、んん、んんんんん」


 少年キルムーリは、俺に深々と頭を下げた。


 それは言うまでもなく、確かな感謝を示していた。


「…………」


 今まで、こちらには無反応を決め込んでいた彼の行動に、俺は一瞬たじろいでしまう。


 けれど、


「んんっ、んんん♪」


 無邪気な様子の女の子に、俺は何となく、少年キルムーリの内心を察することができた。


 彼らは他の種族との関わりを極端に嫌う魔族。

 きっと親などの年長者から、伝統的な慣習に沿う生活が当然だと教えられてきているはずだ。


 だとすれば、たとえ感謝を伝えるべき相手に対しても、それが他の種族だったなら、関わることに二の足を踏んでしまうのも仕方のないことだ。

 それは彼らにとって正しい――とはならないだろうから。


 でも、幼い女の子キルムーリは、そういう規範をすっ飛ばして、素直に、純粋な気持ちを俺に伝えてくれた。

 妹の、ある意味当たり前の言動に、兄である彼は、強く何かを感じたんだ――種族の伝統に反するかもしれないけれど、それ以上に大切な何かを。


 だから俺は、誠実に応じる。


「俺はカッタ。牧師なんだ。人間でも魔族でも、たとえ相手が誰だろうと、俺のこの力は、自分の信じた正しいことに使いたいし、使うべきだと思っている。俺にとって、これは自然なこと。君が頭を下げる必要なんてないよ――でも、その気持ちは、本当にうれしい。俺の方こそ、どうもありがとう」


 おかしいかもしれないけど、俺もまた、彼に向かって感謝を伝えた。


「んんっ♪」

「ふふっ」


 幼い女の子と、リリウの笑い声。


 もう一度深く頭を下げてくれた少年キルムーリは、妹だろう幼い女の子を連れて、森の奥へと去っていった。

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