01/16. 正しくないかもしれないけれど(後編)
「……ふぅ」
戦闘を終え、俺は呼吸を整える。
チョンチョンのムーボ。
奇妙な魔族だったが、一応は追い払えた。
しかし、何ともすっきりしない相手だ。
その姿かたち以上に、やつの行動と不可解な発言が、どうにも――。
「カッタ」
呼び声に振り返ると、そこにはリリウ。
加えて、二人のキルムーリもいっしょだ。
小柄な、おそらくはまだ幼いだろう一方のキルムーリは無傷。
苦しそうにしていた他方のキルムーリも、ダメージは残っているようだが、もう立ち上がっていた。
よかった、大きなケガにはなっていなくて。
「…………」
それとなく漂う雰囲気からして、たぶん同世代の少年なんだろう。
キルムーリの彼は、俺を見ながら、文字通り口をつぐんでいた。
それでも、何か言いたそうな、伝えたそうな雰囲気は、それとなく感じられる。
もしかしたら戸惑っているのかもしれない。
他の種族とここまで関わってしまった経験が、彼にはない可能性もあるのだから。
落ち着いて確認してみると、少年のキルムーリは、くすんだ茶色のベストを身に着けていた。
「……君は、この前の?」
思わず、俺は尋ねていた。
先日、予想外に遭遇してしまったキルムーリも同じ色かたちのベスト姿だった。
一瞬のことだったとはいえ、それははっきりと覚えている。
この森のキルムーリが、男女問わず全員が同じ服装――じゃないとしたら、同一の相手に間違いない。
「…………」
おそらく向こうもわかっているんだろう。
俺が、先日はち合わせた人間なんだということが。
妙な沈黙の時間が流れたあと、リリウがそれとなく口を開く。
「どういうつもりだったんだろう、さっきの魔族? 彼らの集落がどうとかって……」
リリウも、あのムーボの発言にいぶかしさを感じているらしい。
「わからない。けれど、仲良くできる相手じゃないことだけは確かだな」
「そうだね。あれは、人間や他の種族に、明らかな敵意を持つ魔族だったよ」
俺の意見に、リリウが同意する。
やっぱり危険な魔族は、今もこの国に少なからず存在しているってことだ。
「ナコタ村は大丈夫かな? この前のチノセパリックみたいに……」
「それは心配ないと思う。どういうわけかあいつ、キルムーリたちの集落に執着しているみたいだったから」
リリウの不安はもっともだが、やつは微塵もナコタ村に興味を示してはいなかった。
とりあえずは問題ないだろう。
「ん、んんっ!?」
すると、ここまでだんまりだった茶色ベストのキルムーリが、慌てたように『声』を出す。
どうしたのかと思ったけれど、何てことはない。
気づけば俺たちのすぐそばに、小柄な方のキルムーリが近づいてきていたんだ。
「んーん、んんーん」
手を伸ばし、俺に何かを訴えてくる小さなキルムーリ。
口のない種族だから表情が読み取りにくいんだけれど、ひょっとして――。
「……お礼を言ってくれているのかい? 俺に『ありがとう』って」
「んっ♪」
音だけを聞けば、ただのこもった声なのかもしれない。
けれど俺には、確かに『うん、ありがとね』と、そう聞こえていた。
「間違いない。ぜったいそうだよ、カッタ。この子、あんたに感謝しているんだよ」
リリウが、うれしそうにうなずいていた。
教会堂に来てくれる子供たちより、さらに幼い雰囲気のキルムーリ。
髪が長く優しい顔立ちだから、たぶん女の子なんだろう。
そんな彼女が、おそらく初めて見たはずの人間の俺に、素直な気持ちを伝えてくれているんだ。
「同じ言葉は話せなくてもさ、カッタの誠実な行動は、この子の心に真っ直ぐ届いたんだね、きっと」
リリウを肯定するように、幼いキルムーリの女の子は、かわいらしく微笑むような表情を見せていた。
そうか。
じゃあ、俺からも答えてあげないとね。
「どういたしまして」
少し腰を落とした俺は、彼女に目線を合わせて、優しく告げた。
そこでゆっくりと、茶色いベスト姿のキルムーリも近づいてきた。
どこか緊張しているようだが、そっと、幼いキルムーリの頭に手を乗せた。
「んんっ♪」
「んん、んんん」
弾むような声の女の子キルムーリに、穏やかに返す少年キルムーリ。
やっぱり、この二人は家族――いや、どうやら兄妹のようだ。
「……ん、んん、ん」
何か躊躇しているような態度のあと、
「んん、んん、んんんんん」
少年キルムーリは、俺に深々と頭を下げた。
それは言うまでもなく、確かな感謝を示していた。
「…………」
今まで、こちらには無反応を決め込んでいた彼の行動に、俺は一瞬たじろいでしまう。
けれど、
「んんっ、んんん♪」
無邪気な様子の女の子に、俺は何となく、少年キルムーリの内心を察することができた。
彼らは他の種族との関わりを極端に嫌う魔族。
きっと親などの年長者から、伝統的な慣習に沿う生活が当然だと教えられてきているはずだ。
だとすれば、たとえ感謝を伝えるべき相手に対しても、それが他の種族だったなら、関わることに二の足を踏んでしまうのも仕方のないことだ。
それは彼らにとって正しい――とはならないだろうから。
でも、幼い女の子キルムーリは、そういう規範をすっ飛ばして、素直に、純粋な気持ちを俺に伝えてくれた。
妹の、ある意味当たり前の言動に、兄である彼は、強く何かを感じたんだ――種族の伝統に反するかもしれないけれど、それ以上に大切な何かを。
だから俺は、誠実に応じる。
「俺はカッタ。牧師なんだ。人間でも魔族でも、たとえ相手が誰だろうと、俺のこの力は、自分の信じた正しいことに使いたいし、使うべきだと思っている。俺にとって、これは自然なこと。君が頭を下げる必要なんてないよ――でも、その気持ちは、本当にうれしい。俺の方こそ、どうもありがとう」
おかしいかもしれないけど、俺もまた、彼に向かって感謝を伝えた。
「んんっ♪」
「ふふっ」
幼い女の子と、リリウの笑い声。
もう一度深く頭を下げてくれた少年キルムーリは、妹だろう幼い女の子を連れて、森の奥へと去っていった。




